特集・コラム
映画のとびら
2019年5月31日
さよならくちびる|新作映画情報「映画のとびら」#010
インディーズ系女性デュオの解散ツアーの顛末を描いた青春ドラマ。題名の「さよならくちびる」とは、デュオの持ち歌のタイトルを指す。監督を務めた塩田明彦が脚本執筆に際して、デュオが歌いそうな歌の詞を考えているときに浮かんだものだという。奇妙な語感。でも、なんとなく腑に落ちたりもする。
デュオの名は「ハルレオ」。ハル(門脇麦)とレオ(小松菜奈)の名を並べたデュオ名。バイト先のクリーニング工場でハルがレオを誘って結成された。「音楽やらない? あたしと」。
レオはハルからギターを習う。ハルは歌を作った。徐々に埋まっていくふたりの孤独。レオの上達に伴い、路上ライブを始めたふたりは、やがてツアーを計画。世話役のローディーに名を挙げたのは元ホストのシマ(成田凌)だった。そのシマにハルは言う。「言っとくけど、ユニット内、恋愛禁止だから」。でも、恋心は芽生えてしまう。しかも、それぞれ別方向を向いている一方通行の恋だった。こじれた関係は修復できず、ついに解散ツアーを行うに至ったという次第。映画は、解散ツアーに旅立つ3人の姿から始まる。
およそ10日あまりの日々をたどる物語は、静岡、三重、大阪、新潟、山形、青森、北海道というツアーの行程と相まって一種のロードムービー的気分も醸しているだろうか。その現在に、彼らの過去を描く回想が挟み込まれ、解散決意に至る経緯が徐々に明確になる仕掛けがとられている。果たして、ツアー終了後にどんなドラマが待っているのか。我々と3人の感情がラストライブに向けて重なり、高まっていく。
バンド内の揉め事はお決まりの題材であろう。恋愛問題も三角関係もありふれている。決して新しくない。まして、ここに描かれる三者のグズグズした関係図には、どこか1970~80年代の匂いが漂う。過去に『月光の囁き』(1999)、『害虫』(2002)、『カナリア』(2004)といった内省的な作品を撮ってきた塩田明彦の年齢、作家性を思えば、それもやむなしといったところか。しかし、ここに殷々鬱々(いんいんうつうつ)とした負の感情のスパイラルはない。ほんの少し明るく、ほんの少し優しい空気が折々に通り抜ける。誤解を恐れずに記すなら、塩田作品としてフットワークが軽い。描写が重くない。前向きといってもいい。これまでなら相応の体力を必要としたであろう面倒くさい感情のこじれ、ほつれが妙に心地いい。これは同じ塩田監督による『黄泉がえり』(2002)、『どろろ』(2007)、『抱きしめたい 真実の物語』(2013)といったメジャー作品でも感じられなかった軽妙感である。人気若手俳優がもたらす現代性ゆえ、なのか。音楽がひとつのモチーフになっているためか。わからない。ただ、3人の如何ともしがたい葛藤がどうにも切なく、愛おしく迫ってくる。ツアーが進めば進むほど、3人の別れがつらくなってくる。どこまでも3人の生活が続いていってほしい。そんな感情がこみ上げてくる。見事な人間演出、ペース感だろう。ラストに出される「答え」がまた爽快だ。こんな塩田作品があってもいい。
小松、門脇、成田はいずれも適役。ギターを特訓したという小松、門脇の「ハルレオ」パフォーマンスも味わい深い。彼女たちの持ち歌として紹介される楽曲は3曲。秦基博がタイトル曲を、あいみょんが残り2曲を作詞作曲した。すべて、佳曲。彼女たちの歌声がいつまでも耳に残って離れない。
公式サイトはこちら
(C)2004 Rockwell Eyes・H&A Project
タイトル | 花とアリス |
製作年 | 2004年 |
製作国 | 日本 |
上映時間 | 135分 |
監督・脚本・音楽 | 岩井俊二 |
出演 | 鈴木杏、蒼井優、郭智博、相田翔子、阿部寛、平泉成、木村多江、大沢たかお、広末涼子 |
女性デュオを扱った映画は少ない。最近では南沙良、蒔田彩珠の新鮮な存在感が好評を博した『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』(2017)が思い起こされる程度だろうか。しかし、同作品とて、デュオとしての活動のさわりが描かれるだけである。女性デュオではないが、『私の人生なのに』(2017)では知英演じる瑞穂が稲葉友演じる淳之介に声をかけられてギター演奏を試みていた。また、『ONCE ダブリンの街角で』(2006)は、チェコからの移民女性がアイルランドのストリートミュージシャンに誘われてバンド活動を始める物語。ラブストーリーとしても味わい深い佳作である。
バンドを描く作品は多い。『さよならくちびる』の宣伝チームでは山下淳弘監督のガールズ・バンド映画『リンダリンダリンダ』(2005)や同監督、渋谷すばる主演の『味園ユニバース』(2015)が関連作品として検討されたという。ほかに宮崎あおい、高良健吾主演の『ソラニン』(2010)、ジャズバンド仲間の三角関係を描く『坂道のアポロン』(2017)も比較対象作品となった。
女性ふたりの関係図となれば、中島美嘉、宮﨑あおいの顔合わせで描く『NANA』(2005)があり、音楽描写抜きの関係図では市川実日子、小西真奈美主演の『blue』(2003)、岩井俊二監督、鈴木杏、蒼井優主演の『花とアリス』(2004)あたりがヴィヴィッドな心のドラマを味わわせてくれるだろう。
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1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。
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