特集・コラム

映画のとびら

2019年6月7日

スノー・ロワイヤル|新作映画情報「映画のとびら」#012

#012
スノー・ロワイヤル
2019年6月7日公開


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レビュー
スリリングにして、乾いた笑いがにじむ異色の復讐アクション

 麻薬組織にひとり息子を殺された男の復讐劇。

 男の職業は除雪作業員。コロラド州キーホーに在住。町の模範市民賞を受賞するほどの良識人。演じるのはリーアム・ニーソン。息子の死因は麻薬の過剰摂取。しかし、男には納得がいかない。空港で働く息子の同僚によれば、息子は同僚の悪事に巻き込まれて殺されたとのこと。犯人は、若き麻薬王バイキングの配下の者だった。怒りに震える男は、組織の人間をひとり、またひとりと血祭りに上げていく。

 どこか肝のすわっている感触もあるとはいえ、殺しのプロではなく、一般人(たぶん)による手際だけに、鮮やかすぎる瞬殺が描かれるわけではない。その生々しさから来る鈍く重い痛み。一方で、血生臭い殺戮の緊張ばかりかといえばそうでもなく、むしろ折々に正反対の気分がにじむのだから面白い。ニーソンの言葉を借りるなら「想像しにくいかもしれないが、全体にそこはかとないダークなユーモアが漂っている」。

 まさに、この一点において本作品は独自の輝きを獲得しているとしてよく、同時にこれがノルウェー映画『ファイティング・ダディ 怒りの除雪車』(2014)の監督ハンス・ペテル・モランドによるセルフリメイクだと聞けば、腑に落ちる熱心な映画ファンもいるのではないか。ステラン・スカルスガルト主演による同ノルウェー映画は、リメイク版ほど「乾いた笑い」は前面に出てこないが、やはり独特の冷めたトーンが節々に刻まれ、主人公の激情を感情的にうねらせない。オリジナル同様、誰かが殺されるたびに、黒地に十字架付きの死亡通知=「墓標」が画面に登場。これが演出上、ブラックな皮肉の基盤になっている節がある。やがて物語が思わぬ組織抗争に発展する展開も含め、同作品の評価に対してコーエン兄弟の『ファーゴ』(1996)やクエンティン・タランティーノの『パルプ・フィクション』(1994)などが引き合いに出されたのも、ある意味、当然だろう。そもそも、今回のリメイク権を獲得したのは『パルプ・フィクション』のプロデューサーでもあるマイケル・シャンバーグなのだから。

 視点をリーアム・ニーソンに向けるなら、恐らく日頃、彼のアクション作品に溜飲を下げているファンにも無理なく受け入れられる仕上がりなのではないか。意趣違いの部分も当然あるが、無茶な状況に飛び込んでいく人物造形に変わりはなく、彼のファンならずとも心情的に共感する部分は少なくあるまい。淡々と敵(かたき)どもを金網にくるみ、川へ流す姿など、復讐の気骨がクールに伝わって快哉(かいさい)を招きそうだ。

 ピエール・モレルとの『96時間』(2008)の興行的成功以降、何かと復讐アクション、極限アクションへの出演を重ねているリーアム・ニーソンだが、10年以上過ぎた今日でも、その仕事がほとんど「安く」なっていないあたりはさすがである。元CIA、元警官、殺し屋など、ある種のお決まり役をこなしながら、あまたの武闘派俳優とは異なり、最低限の品格を失っていない。やはり、そこは『シンドラーのリスト』(1993)や『ロブ・ロイ/ロマンに生きた男』(1995)、『マイケル・コリンズ』(1996)など、歴史上の偉人を演じてきた実績がものをいっているのだろうか。もしスティーヴン・スピルバーグに招かれていた『リンカーン』(2012)に背を向けなかったら、いったいどのような現在になっていたのだろう。そんなどうでもいい妄想を頭の隅で考えながら見るのも、妙にオツな異色のアクションである。

原題:Cold Pursuit / 製作年:2019年 / 製作国:アメリカ / 上映時間:119分 / 配給:KADOKAWA / 監督:ハンス・ペテル・モランド / 出演:リーアム・ニーソン、ローラ・ダーン、トム・ベイトマン、エミー・ロッサム、ジュリア・ジョーンズ、ウィリアム・フォーサイス
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(C) 1990 Universal City Studios, Inc. All Rights Reserved.
ACTIONHORROR
タイトル ダークマン
(原題:Darkman)
製作年 1990年
製作国 アメリカ
上映時間 96分
監督 サム・ライミ
出演 リーアム・ニーソン、フランシス・マクドーマンド、コリン・フリールズ、ラリー・ドレイク

リーアム・ニーソンと喜劇色

 映画『スノー・ロワイヤル』のオリジナル『ファイティング・ダディ 怒りの除雪車』(2014)は日本での劇場公開がかなわず、テレビ放映ののちにDVD化されている。ラース・フォン・トリアー作品の常連俳優にして、今やマーベル・ヒーロー映画にも顔を出している北欧の怪優ステラン・スカルスガルトが主演というだけで、最初からたまらない毒味が保証されているわけだが、リーアム・ニーソン主演リメイク版との比較を楽しむ意味でも、あらためて再評価をうながしたいところ。

 スカルスガルトにもニーソンにも喜劇のイメージはない。「存在自体がもはや喜劇」などという論調もあるが、強いて言うなら仏頂面の果てに独自のユーモアがにじみ出てくるタイプ、となるだろうか。

 その線で眺めるなら、リーアム・ニーソンの場合、主演デビュー作『ダークマン』(1990)などは参考例としてふさわしいかもしれない。陰謀によって全身火傷を負った科学者が人工皮膚のマスクを使って復讐に奔走する物語。監督のサム・ライミらしいやりすぎ演出がとにかく笑いを誘うが、ニーソンの必死演技がなければそれも無に帰したはず。これが彼の役者人生の出世作のひとつとなっているあたりも意義深い。

 ニーソンに喜劇への出演がないわけではない。サンドラ・ブロックと共演した『ガンシャイ』(2000)ではストレスにあえぐ麻薬取締捜査官役。群像ロマンティック・コメディーの人気作『ラブ・アクチュアリー』(2003)にだって出演している。『愛についてのキンゼイ・レポート』(2003)では、やはり真面目に実在の学者を演じつつ笑いをもたらした。ニール・ジョーダンとの『プルートで朝食を』(2005)でも、キリアン・マーフィー演じる主人公パトリック/キトゥンのためのよき支えになっている。

 新作には『メン・イン・ブラック:インターナショナル』(2019)が待機中。主人公の上司役とのこと。SFコメディーという分野でどういう存在感を見せるのか、注目しておきたい。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。