特集・コラム

映画のとびら

2019年6月21日

アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場|新作映画情報「映画のとびら」#014【監督インタビューあり】

#014
アンノウン・ソルジャー
   英雄なき戦場
2019年6月22日公開


©ELOKUVAOSAKEYHTIÖSUOMI 2017
レビュー
徹底したリアリズムの中に刻まれたフィンランド兵の戦い

 フィンランド史実に名高い継続戦争(1941~1944)を描いた戦争ドラマである。

 フィンランドは冬戦争(1939~1940)でソ連の侵攻をなんとか退けるも、カレリア地方を含む国土の10分の1を失ってしまう。ほどなく、ドイツがソ連への侵攻を表明。敵の敵は味方。国土回復を求めたフィンランドはドイツの勢いを背に受け、再びソ連と対峙する。その戦いの呼称が継続戦争。「継続」の言葉には「冬戦争は終わっていない」とするフィンランド側の気概、国家の威信が反映されている。

 フィンランド国民の8分の1に当たる兵力が投入されたという大規模な戦いは、1941年7月、フィンランドの優勢で始まる。一時は旧領土を取り戻すほどだったが、それが長期戦となるに及び、どのような変遷を遂げていったのか。映画は、とある機関銃中隊を軸に、過酷な3年2ヶ月の日々を刻んでいく。

 主だった顔ぶれは、冬戦争にも参戦した経験を持ち、農場の奪回に燃える古参兵ロッカ伍長(エーロ・アホ)、婚約者をヘルシンキに残してきた真面目な小隊長のカリルオト(ヨハンネス・ホロパイネン)、部下を第一に考え、最後まで先陣を切って戦い抜く中隊長のコスケラ(ジュシ・ヴァタネン)の3人。いずれも日本では「アンノウンな」兵士であり、俳優である。開巻からしばらく、誰が誰なのか、登場人物を把握できずに不安を覚える観客も多いのではないか。やがて、我々観客の中にボンヤリと漂っていた「映画に対する予定調和の安心」は崩壊し、目前の戦闘がわがごとのように迫ってくる。戦場が押し寄せてくる。

 これは、CG処理の中で光線を飛ばし合うようなヒーロー活劇ではない。宇宙船が星々を華麗に飛び交うファンタジー・バトルでもない。本物の銃器、本物の戦車、本物の森林原野を駆使した重量級編。まやかしゼロ。鳴り止まぬ爆音、銃声にはめまいを覚えるほど。「ワンテイクに使用された爆薬の量がギネス新記録に認定された」との宣伝惹句もダテではない。近年、これほど純粋に現実感を重視した戦争映画もなかったのではないか。実際には、フィンランドでは知らぬ人間がいないほどの同名古典小説の3度目の映画化作品であり、著者の従軍体験をもとにした架空の人物たちの物語である。「ドラマ」なのである。とはいえ、哀しい、つらい、などという感情表現など軽々しく使えない。そんな骨太のリアルがある。それがいぶし銀のように輝く。控えめにいっても、とても気軽に見られる作品ではない。相応の覚悟がいる。

 監督のアク・ロウヒミエスは過去に『4月の涙』(2008)でもフィンランド内戦(1918)を正面から見つめた気骨の人。フィンランドという国は何か。フィンランドに生きるということは何を背負っていくことになるのか。そのさらなる問いがみなぎっているようだ。描かれるのは「アンノウン・ソルジャー」=名もなき一兵卒の姿。すなわち、我々自身の物語。英雄の物語ではない。そもそも戦場に英雄などいるのか。このフィンランド産「歩兵残酷物語」からは、そんな声も聞こえてきそうだ。

 単なる愛国映画などと吐き捨てるなかれ。あの時代、故郷を守るために必死に戦った人間がいた。国の尊厳に巻き込まれ、戦場に駆り出された人間がいた。その意味では、実のところ、フィンランドに限った問題ではない。そこに国境はない。日本にもかつて戦争があった。名もなき兵士や庶民が犠牲になった。忘れてはならない記憶がここにある。語り継ぐべき歴史の一片がここに浮き彫りにされている。

 2017年、本国ではフィンランドの独立100周年を記念して製作・公開された作品だが、それから遅れること2年。偶然にも、今年2019年は日本とフィンランドの外交関係樹立100周年の記念イヤーであった。同じ第二次世界大戦の敗戦国の物語として、見るべきもの、知るべき事実は少なくない。

 2019年6月22日(土)より新宿武蔵野館にて全国順次ロードショー
原題:Unknown Soldier(英語) Tuntematon Sotilas(フィンランド語) / 製作年:2017年 / 製作国:フィンランド / 上映時間:132分 / 配給:彩プロ / 監督・脚本:アク・ロウヒミエス / 出演:エーロ・アホ、ヨハンネス・ホロパイネン、ジュシ・ヴァタネン、アク・ヒルヴィニエミ、ハンネス・スオミ
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インタビュー|アク・ロウヒミエス監督
戦争は兵士にだけ影響を及ぼすものではない

――アク・ロウヒミエス監督は過去に『4月の涙』のプロモーションで日本に招かれている。今回の記事作成に当たり、久々に連絡をとったところ、フィンランドから快活な声が戻ってきたのだった。

ロウヒミエス:日本で『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』が公開されることになってとてもうれしいよ! 『4月の涙』の後、僕は2本の長編映画を撮り、アイルランドでふたつのテレビシリーズを作ってきたが、この『アンノウン・ソルジャー』はそれ以前から、ずっと長い間、僕の中で作りたいと願っていた映画だったんだ。脚本は『4月の涙』でも組んだヤン・ランタリと一緒に書いている。プロデューサーも僕自身が兼ねた。知っての通り、この作品はヴァイニョ・リンナの小説の3度目の映画化作品だ。原作ではさまざまなストーリーが絡み合い、たくさんの登場人物がいる。過去2度の映画化作品を含め、どれも脚色の仕方に大きな違いがあって、芝居やオペラでも同じ原作を元にしていろいろ制作されているんだよ。それだけフィンランド人にとってとても重要な小説だということ。特に、軍の高官ではなく、普通の兵士視点で描かれている点においてね。その先駆的な作品だったんだ。

――脚本制作にはかなりの苦労があったのではないか。登場人物の整理もさることながら、3年あまりの歳月を追わなければならないのだから。

ロウヒミエス:もちろん、我々はある特定のキャラクターに集中しなければならなかったし、どの人物や要素を省かなければいけないかを決めることはチャレンジングだったね。特に強調したかったのは、まるで観客が最前線にいるかのような気持ちになってもらうこと。そして、それが観客にどういう影響を与えるか、だった。

――2016年9月に監督から届いたメールには、本作品の撮影が始まって数カ月とのひと言が添えてあった。続けていわく「国民的に愛されている物語を映画化できることをとても誇りに思っている。この数カ月の撮影は厳しいものだったが、同時にとても報われたものになった。10月の撮影再開に向けて、一息ついているところだ」

ロウヒミエス:そのメールのことは覚えているよ。そう、全ての季節で撮影を行ったんだ。でも、季節の合間には長い休止時間も置かれていてね。延べ日数で、撮影にかかったのは80日間かな。ほぼ、どの撮影も自然光の中で行っている。

――フィンランド映画界では過去最大の製作費がかけられた作品である。普通なら外資を求めて、英語で撮影されてもおかしくない。

ロウヒミエス:そう、この映画はフィンランド史上、最高にお金がかけられた作品になった。ただ、驚くほど資金集めは簡単だったんだよ。僕自身、これは母国語で撮られるべき物語だと感じていたからうれしかった。もちろん、物語自体は全世界共通であってほしいと願っているけどね。

――戦場場面での生々しさは半端ではない。どの場面も、見ていて痛いほどである。

ロウヒミエス:戦争をロマンティックに描こうなんて思ってもいなかった。可能な限り、史実に忠実で、リアルにやりたいと考えていたんだ。撮影中は、歴史監修の人間に現場に常駐してもらった。フィンランドには、いまだに兵役が課せられている。僕自身、予備役将校なんだ。だから、戦争をかっこいいものに魅せようとは思っていないし、一方で、戦争を体験した兵士たちや一般市民の方々には敬意を表したいと思っていたんだ。

――俳優陣の存在感が素晴らしい。いずれも日本では「アンノウン」=知られざる俳優たちだが、そうであることが現実感を重視したこの映画では逆に重要に感じられる。

ロウヒミエス:俳優たちの演技を気に入ってくれてうれしい。彼らは本当に魂を込めて演じてくれた。主人公のロッカ伍長を演じたエーロ・アホは『4月の涙』でハレンベルグ判事を演じてくれた男だ。ラミオ中隊長役のサムリ・ヴァウラモも『4月の涙』に主人公の兵士アーロ・ハルユラ役で出演している。そして『4月の涙』で孤児のエイノを演じてくれた少年で、今回、映画の最後に死ぬアシュマニエミ二等兵で出演してくれたエーメリ・ロウヒミエスは僕の息子だよ! 俳優たちには撮影前にブート・キャンプに参加してもらった。そこで史実や当時の慣習、武器の扱いを会得してもらったんだ。大変だったと思う。驚いたのは、ブート・キャンプを終えた後も、役者たちが撮影中、ずっとテント生活を送る決意をしたことだ。彼らにはホテルは用意されなかった。彼らは毎晩、火を起こし、それをキープし、森の長い夜を過ごしたんだ。

――戦場でのリアルを追求する一方、幕間の家族描写も忘れられていない。兵士たちの家族を描くことへのこだわりには、彼自身が家族思いの人間であることが裏打ちされている。

ロウヒミエス:その意見は正しいと思う。僕には4人の子どもがいる。そして、戦争というものは最前線にいる兵士にだけ影響を及ぼすものではない。僕としては、この社会にいる誰にも戦争の影響があるということを思い出してもらいたかったんだ。

――製作にあたって、同じ原作を映画化した古い2作品を気にかけることはあったのだろうか。その作風の違いも観客には気になるところではある。

ロウヒミエス:僕の祖父母があの戦争の経験者だったんだ。彼らからよく話は聞いていたよ。けれど、僕の子どもたちにはそういう話を聞く機会がない。だから、今、この映画が作られることに意味があると思うんだ。以前の2作品については「前の世代のための映画」だと考えている。我々には今回、リアルであることが何より重要だったんだ。うれしかったことに、フィンランド全人口の20%の人たちがこの映画を劇場へ見に来てくれた。90歳代の戦争経験者に加え、10代の若者たちからも称賛の声をもらえたんだよ! 思うに、歴史を知るということは現在を理解することでもある。いい物語は語る価値があるし、歴史にはそういった物語がふんだんに刻まれているんだ。『アンノウン・ソルジャー』は長い間、僕の夢の企画だった。でも、個人的には古い歴史だけにこだわるのではなく、現代の問題も描いてみたいと思っている。たとえば、環境破壊についての映画とかね。そういう作品は撮ってみたいな。

――アク・ロウヒミエスという人は熱心な親日家でもあった。言葉の端々に日本への愛情がほとばしる。

ロウヒミエス:日本はとても素晴らしい場所だ。去年も日本に行ったよ。できるだけ早くまた行きたいと思っている。日本には豊かな歴史と文化があるからね。日本の観客のみなさんにも、フィンランドに対して同様のことを僕の映画から見てとってもらえたらと思っている。この映画について、どのような感想を持ってもらえるのか、楽しみで仕方がないね!

アク・ロウヒミエス監督 プロフィール
1968年7月3日、ヘルシンキ生まれ。アメリカで高校生活を送り、ヘルシンキ大学、ヘルシンキ芸術でアイン大学で学ぶ。『Restless』(2000)で長編監督デビュー。フィンランド・アカデミー賞には第3作『Frozen Land』(2005)で8部門、『Frozen City』(2008)で5部門、受賞している。フィンランド内戦を題材にした『4月の涙』(2008)が2011年に日本公開された。本国で空前のヒットを飛ばした『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』(2017)が2本目の日本公開作品となる。
あわせて観たい!おすすめ関連作品

(C)1989 Finnkino
WARSUSPENSE
タイトル ウィンター・ウォー 厳寒の攻防戦
(原題:Talvisota )
製作年 1989年
製作国 フィンランド
上映時間 197分
監督 ペッカ・パリッカ
出演 タネリ・マケラ、ヴェサ・ヴィエリッコ、チモ・トリッカ、ヘイッキ・パーヴィライネン、アンチ・ライヴィオ

フィンランドの戦争を考える

 アク・ロウヒミエス監督の『4月の涙』(2008)は、『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』(2017)を考える上で、必要不可欠な作品である。フィンランド内戦は、ドイツがバックについた右派の白衛軍と左派の赤衛軍のふたつの勢力がぶつかった戦い。日本でいえば、戊辰戦争みたいなものだろうか。わずか4カ月あまりで決着したこの内戦は結局、白衛軍の勝利で終わるが、映画は白衛軍の優勢が目立ってきた1918年4月末が舞台。白衛軍が赤衛軍の残党狩りをしていく中、赤衛軍の女性兵士たちを追いつめていく。白衛軍の捕虜となった女性兵士ミーナ・マリーン(ピヒラ・ヴィータラ)は惨殺を逃れ、なんとか生き残るが、理想主義の若い白衛軍兵士アーロ・ハルユラ(サムリ・ヴァウラモ)に判事のところまで連行される、というもの。ふたりの間で芽生える恋がどんな末路をたどるのかが見どころで、ドラマ的には一種の『ロミオとジュリエット』風に感じる向きもあるだろうか。もっとも、描写そのものはリアルを超えて苛烈で、ニーナが白衛軍兵士から受ける仕打ちは思わず目を背けたくなるほど生々しく、残酷。ヘタなロマンティシズムなどカケラもない。これまた戦時の現実感を標榜するロウヒミエスの骨頂であろう。

 継続戦争の前日譚に当たるのが冬戦争だ。第二次大戦の勃発とともにソ連がフィンランドに攻め入ったことに端を発しており、フィンランドにとってはまさに国防戦争。この時代を描いたものとしてはペッカ・パリッカ監督による『ウィンター・ウォー 厳寒の攻防戦』(1990)がいい教材。『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』における兵士の感情、動機の根っこがこの戦いにある。『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』の配給会社・彩プロが2017年にオリジナル完全版を劇場公開させたことも記憶していい。

文・インタビュー/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


【小田急沿線での上映予定】

あつぎのえいがかんkiki(2019/10/12~10/25)

*『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』は、TOHOシネマズ海老名、イオンシネマ、ユナイテッド・シネマでの上映はございません。(2019年6月21日現在)