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映画のとびら

2019年9月20日

ホテル・ムンバイ|新作映画情報「映画のとびら」#027

#027
ホテル・ムンバイ
2019年9月27日公開


(C)2018 HOTEL MUMBAI PTY LTD, SCREEN AUSTRALIA, SOUTH AUSTRALIAN FILM CORPORATION, ADELAIDE FILM FESTIVAL AND SCREENWEST INC
レビュー
目を背けたくなる現実から目を離せなくする秀逸な実話の映画化

 2008年11月26日、インド西部のマハラシュトラ州ムンバイにて同時多発テロが勃発した。主な発生場所は、チャトラバティ・シヴァージー・ターミナス(CST)駅、レオポルド・カフェ、オベロイ・トライデント・ホテル、ナリマン・ハウス(ユダヤ教宗教施設)、そしてタージマハル・パレス・ホテル。それらがイスラム過激派組織ラシュカレ・トイバの実行犯10人によって襲撃され、150人近い犠牲者を出したのである。そこには、どのような生死の瞬間があったのか。この作品は、タージマハル・ホテルを主要舞台に、その60時間に及ぶテロ犯籠城事件の詳細に肉薄した人間ドラマである。

 映画は、ムンバイ南部の海岸から船で上陸するテロ実行犯たちの姿から始まる。無線機から伝わる「兄弟」からの指示に従い、彼らはそれぞれの目的地に散開。各地で無差別銃殺を繰り返した後、4人がタージマハル・ホテルに集結し、新たな行動を起こし始めた。容赦なく鳴り響く銃声、追われる人々の悲鳴。唯一、対テロ特殊部隊を持つ都市は、ムンバイから1,300kmも離れたニューデリーだけ。地元の警察の手もほとんど及ばない。事態の悪化に気づいたインド人給仕のアルジェン(デヴ・パテル)は、料理長のオベロイ(アヌバム・カー)ら従業員とともに、アメリカ人建築家夫妻(アーミー・ハマー&ナザニン・ボニアディ)、ロシア人実業家(ジェイソン・アイザックス)ら、宿泊客の安全確保に尽力していく。

 実在の人間を統合しての人物創造こそあるものの、事件の経緯、資料、記録映画などを1年かけて精査して構成された作品は、大筋において事実を反映したものと考えていい。少なくとも、500人以上もの人間が取り残されたホテル内で従業員たちが危険を顧みず宿泊客を守ろうとした事実に関しては、描写としても正しく重きが置かれており、実際、犠牲者の大半が彼ら従業員だったという。

 救出劇というより、ホテル内を基点としたサバイバル・ドラマであり、その点、我が身に置き換えて恐怖を共有できるという醍醐味はもちろん大きい。事件の細部を知らない向きにも、ひとつの歴史的事実をあらためて確認する好機となっていることだろう。ただ、ジャーナリスティックな側面とは別に、作劇という観点から見ても、この緊張感、臨場感の実現はただごとではない。

 どちらかといえば映像の肌触りはドキュメント風。そこへ折々に情感の「息継ぎ」を加えて、リアルをリアルに行きすぎないように仕掛けている、というべきか。殺戮描写の偏重、現実感捻出一辺倒の無味乾燥に終わらせず、鼻白む安い同情や憐憫のメロドラマにも陥っていない。ドラマを無理なくリアルに昇華させつつ、同時に「現実」をほどよく「劇」にしている。目を背けたくなる事件を描きながら、それでいて目を離せなくするこの演出の巧妙、魅力をどうたとえようか。ラストでは温もりのある感動さえ漂わせる。これが長編映画監督デビューとなったアンソニー・マラスという男の名前、記憶に留めておいていい。

 出演陣では『スラムドッグ・ミリオネア』(2008)、『LION/ライオン~25年目のただいま』(2016)の主演俳優テヴ・パテルが感情移入しやすい清貧の給仕役として、まず適役。料理長役アヌパム・カー、ロシア人役ジェイソン・アイザックスらの助演も堅調。ハウシュカなるピアノ奏者としての別名を持つドイツ人作曲家フォルカー・ベルテルマンの音楽は、それ自体で味わいたくなる仕上がりである。

 9月27日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国順次公開
原題:Hotel Mumbai / 製作年:2018年 / 製作国:オーストラリア、アメリカ、インド合作 / 上映時間:123分 / 配給:ギャガ / 監督:アンソニー・マラス / 出演:デヴ・パテル、アーミー・ハマー、ナザニン・ボニアディ、アヌパム・カー、ジェイソン・アイザックス (R15+)
公式サイトはこちら
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(C)2017 STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights Reserved.
DRAMAACTIONSUSPENSE
タイトル エンテベ空港の7日間
(原題:7 Days in Entebbe)
製作年 2018年
製作国 イギリス、アメリカ
上映時間 107分
配給 キノフィルムズ/木下グループ
監督 ジョゼ・パジーリャ
出演 ロザムンド・パイク、ダニエル・ブリュール、エディ・マーサン、リオル・アシュケナージ、ドゥニ・メノーシェ
公式サイト http://entebbe.jp/

10月4日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開

一面的には語れないテロ事件の新たな検証

 1976年6月27日、テルアビブ発パリ行きのエールフランス旅客機がハイジャックされた。犯人はパレスチナ解放人民戦線のパレスチナ人メンバーと、ドイツ左翼急進派メンバーの4人。乗客の命と引き替えに500万ドルの身代金、および世界各国の50人にのぼるパレスチナ過激派の解放を要求する彼らに対し、イスラエル政府は旅客機が着陸したウガンダのエンテベ空港へ特殊部隊を派遣するのだった……。

 イスラエルの特殊部隊が行った「サンダーボルト作戦」は、テロ行為への英雄的活躍と映ることになり、過去に『エンテベの勝利』(1976)、『特攻サンダーボルト作戦』(1977)、『サンダーボルト救出作戦』(1977)という3本の映画化、テレビドラマ化がなされている。これらの作品になじんでいる映画ファンには、少なくともこの新たな「エンテベ事件」の映画化に対して驚きを隠せないだろう。

 大きな特徴としては、まずハイジャックに参加したドイツ人男女の背景、感情が丁寧に掘り下げられていること。これまで通り一遍の過激な犯罪者でしかなかった彼らに、いわば「人間的な彩り」が加えられたのである。どこかでそれは詩的でもあり、明らかに過去作品との決別が謳われていた。

 もうひとつの特徴は、事件の背後に見えるイスラエル首脳陣の描き方で、具体的には第四次中東戦争以後に発足したラビン政権内の確執が明確に映し出されていることだろう。パレスチナとイスラエルの問題を念頭に置かねば語りきれない同事件だが、パレスチナ・ゲリラを生んだ土壌、彼らにロマンを覚えた若い急進派の内面を考えるとき、一見、何でもないラビン政権の描写は必然であり、思いのほか重要だったりする。サンダーボルト作戦が発案された経緯をあらためて知る意味でも、その情景はやはり捨て置けない。

 端的に言えば、非常に現代的な俯瞰的視点で事件を見直し、細部を検証して洗い直した作品である。善悪の線引きについて考える観客もあれば、歯止めのきかぬほど狂信的に先鋭化している現代テロと比較して眺める向きもあるだろう。いずれにしても、相応の体力を使う覚悟を持って鑑賞に臨むべき作品であり、一方で、前向きに臨めば臨むほど得られるものが大きい作品であることに間違いはない。

 ブラジル出身のジョゼ・パジーリャは、かねてより問題意識の高い映画監督であり、リメイク版『ロボコップ』(2014)も例外ではなかった。今回の『エンテベ空港の7日間』では、登場人物の背景に配慮するばかりでなく、映画の随所にバットシェバ舞踏団による自由を主題にした舞踊場面も絡めている。そんな実験性もあふれる気骨の作家性をより深く知りたい向きには、リオデジャネイロのバスジャック事件の記録映画『バス174』(2002)、リオデジャネイロの軍警察を描く『エリート・スクワッド』(2007)なども勧めておきたい。いずれも、「物事は一面的ではない」という作家性が際立った力作である。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


【小田急沿線での上映予定】

*『ホテル・ムンバイ』は、TOHOシネマズ海老名、ユナイテッド・シネマでの上映はございません。(2019年9月20日現在)

*『エンテベ空港の7日間』は、TOHOシネマズ海老名、イオンシネマ、ユナイテッド・シネマでの上映はございません。(2019年9月20日現在)