特集・コラム
映画のとびら
2019年10月31日
マイ・ビューティフル・デイズ|映画のとびら #033
今をときめく若手俳優ティモシー・シャラメが『君の名前で僕を呼んで』(2017)の直前に出演した軽妙な人間ドラマ。ここでは、女性英語教師に思いを寄せる男性高校生を演じている。
金曜日。マーゴット(リリ・ラインハート)、サム(アンソニー・クインタル)、ビリー(ティモシー・シャラメ)というフランクリン高校の生徒3人は、英語教師レイチェル・スティーヴンス(リリー・レーブ)に引率され、週末に田舎町のホテルで開かれる演劇大会に出発した。その夜、レイチェルの部屋の前には先生の帰りを待つビリーの姿があった。翌、土曜日。車のタイヤ交換に出かけようとしたレイチェルに、今度は「一緒に行きたい」と申し出る。「リハーサルはいいの?」と問う彼女に、ビリーは「あとで2度目の機会があるから大丈夫」と答えたが、ホテルに戻ってみるとリハーサル欠席は大問題に。なんとか関係者を取りなしたビリーだったが、今度は食事の席でレイチェルを呼び捨てにし始めるのだった。
「君の名前をファーストネームで呼ばせて」のごとき振る舞いのビリーは小生意気な高校生の風情だが、内実は一途な想いを貫くナイーブな少年。ちょっと眠そうな、でも女心をくすぐる上目使いはここでも魅力爆発で、行動障害を持つという設定も手伝ってか、英語教師を見事に翻弄し、戸惑わせる。同時に、演劇大会の審査ではカメラ目線で思わず息を呑む一人芝居を披露。シャラメ・ファンの女性観客などは、その奔放な言動と高い演技力の数々に、間違いなく熱い胸のときめきを味わうことになるだろう。
男性観客の中にはもしや『青い体験』(1973)のような展開を予想する向きもあるかもしれないが、残念ながら性的局面を助長させる作品などではない。もっと言ってしまえば、少々身勝手で危なっかしいシャラメの恋心を中心に進むストレートな青春映画でもないのだ。この作品における彼の位置づけはあくまでも助演。実質の主人公は英語教師であり、彼女の心の機微を描くことがこの作品の本筋である。
29歳。1年前に女優だった母を失ったレイチェルは、特定のボーイフレンドもなく、ちょっと生活に疲れを感じ始めている印象。車の中で聴く音楽も古めの1970~80年代のポップスばかり。彼女にとって演劇大会の引率は仕事上の「ついで」だったのだろう。しかし、大会で生徒との交流を通じて、悩める英語教師は徐々に迷いから解放され、新たな一歩を踏み出していく。
これがデビュー作となる女性監督ジュリア・ハートは、8年間の教師経験を脚本に刻みながらも、単なる学園ドラマの域に作品をとどめなかった。ここにあるのは教育問題ではなく、もちろん恋愛問題でもなく、ひとりの女性をめぐる普遍的な情感の揺れ。ほどよく笑いを絡めながら、主人公の人格に誠実に向かい合った演出は総じてりりしく、結果、リアルな人間的実感が浮かび上がった。
ティモシー・シャラメの悩ましい魅力に酔いしれながら、リリー・レーブの女性教師にさわやかな等身大の共感を覚える。わずか3日間の物語は小粒ながら二度おいしい。お得でステキな「女性映画」である。
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(C)Frenesy ,La Cinefacture
タイトル | 君の名前で僕を呼んで (原題:Call Me By Your Name) |
製作年 | 2017年 |
製作国 | イタリア・フランス・ブラジル・アメリカ合作 |
上映時間 | 132分 |
監督 | ルカ・グァダニーノ |
出演 | ティモシー・シャラメ、アーミー・ハマー、マイケル・スタールバーグ、アミラ・カサール |
現在、ティモシー・シャラメほど、女性ファンを急増させている若手海外俳優もいないだろう。
米テレビドラマ『ホームランド』(2011-)のシーズン2(8エピソード)に出演した後、2014年、クリストファー・ノーラン監督の『インターステラー』(2014)とジェイソン・ライトマン監督の『ステイ・コネクテッド~つながりたい僕らの世界』(2014)、それにラルフ・アーレンド監督の『Worst Friends』(2014)という3作品が全米で公開され、映画界に進出。ジェシー・ネルソン監督の『クーパー家の晩餐会』(2016)でのダイアン・キートンとの共演、アンドリュー・ドロス・パレルモ監督のファンタジー・スリラー『シークレット・チルドレン 禁じられた力』(2015)への主演を経て、ジェイムズ・アイヴォリー脚本、ルカ・グァダニーノ監督の『君の名前で僕を呼んで』(2017)にたどり着く。
同作でアメリカ人大学院生の24歳男性と恋に落ちるイタリア人少年を演じたシャラメは、作品の興行的成功に伴い、国際的な認知を獲得。その危険な魅力で世界中の女性を一気に虜(とりこ)にした。
2017年にはシアーシャ・ローナンの女子高生を惑わす青年を演じた『レディ・バード』(2017)なる傑作もものにし、まさに順風満帆のシャラメだが、なんと今年2019年は、『マイ・ビューティフル・デイズ』を含め新旧5本もの出演作が日本公開されるというラッシュイヤーとなった。4月にスティーヴ・カレルと親子役で共演した『ビューティフル・ボーイ』(2018)、8月に麻薬売買に手を染める少年役の『ホット・サマー・ナイツ』(2017)、9月に19世紀の米兵を演じた『荒野の誓い』(2017)、そして10月にNetflix製作の史劇『キング』(2019)と、右も左もシャラメばかり。「シャラメ漬けになりたい!」という熱狂的なファンには最高の1年になったのではないだろうか。
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。
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