特集・コラム
映画のとびら
2019年11月15日
決算!忠臣蔵|映画のとびら #035
山本博文による新書『「忠臣蔵」の決算書』を映画化したコミカル時代劇。有名な赤穂浪士による吉良邸討ち入り事件を経済面から眺めた異色作。堤真一が大石内蔵助、岡村隆史が大石の幼なじみの勘定方・矢頭長助を演じる。監督は『アヒルと鴨のコインロッカー』(2006)、『チーム・バチスタの栄光』(2008)、『殿、利息でござる!』(2016)など、デビュー以来、秀作を連発している名手・中村義洋。
時に元禄14年(西暦1701年)3月14日。江戸城にて吉良上野介に斬りかかった赤穂藩主・浅野内匠頭(阿部サダヲ)は即日、切腹。赤穂藩はお取り潰しの処分になる。筆頭家老の大石内蔵助(堤真一)は、籠城による徹底抗戦を叫ぶ配下の気持ちを察しつつ、親類筋の顔も立てお城の開城を決定。以後、お家再興の道を探ることになるが、先立つものがなければそれも無理。幼なじみの長助(岡村隆史)に相談すると、内匠頭の正室・瑤泉院(ようぜんいん/石原さとみ)の嫁入り時の持参金が手に入ることが判明。その額、しめて800両(現在の価値にして約9,500万円)。しかし、お家再興の道は険しく、なんやかんやと懐はどんどん寂しくなっていく。一方で一部赤穂浪人から「吉良、討つべし!」との気炎は消えず、幕府密偵だけでなく、江戸庶民までもがその動向を刮目する有様。大石の頭からは湯気が上がるばかりであった。
大石自身が遺した赤穂藩改易後の収支決算報告書「預置候金銀請払帳」。これをもとにまとめられた原作新書には無論、物語など書かれていない。そこから人物像、関係図を新たに開発し、ひとつの浪人騒動記として仕上げた中村義洋の脚本力は実に見事。ほぼ史実通りの展開ながら、金銭事情をめぐる大石内蔵助の右往左往を滑稽に刻み、従来の「情と義の英雄譚」とはひと味もふた味も異なる世界観を生み出した。
出費がいちいち画面の隅に数字としてテロップ表示されるあたりは秀逸な演出。赤穂から江戸への旅にひとり頭32万円ほどかかっていたことなど、初めて知る向きも多いのではないか。そりゃ、お金が減る、減る。たった1万5千円程度の新幹線代で、3時間で移動できる現代の、なんと便利でお得なこと。その赤穂は現在の兵庫県に位置している。堤(兵庫出身)、岡村(大阪出身)を筆頭に、関西弁がこれだけ全編にみなぎっている「忠臣蔵」作品もなかなかない。
中村自身が語るとおり、ポイントは討ち入り直前の最終会議「深川会議」を山場に持ってきていること。その会議で行われたのは、赤穂浪士たちの実務確認、意思確認だけだったのか? 違うだろう、と。お城を明け渡したあと、当然、赤穂の浪士には武器も武具もなかった。寄付でも募ったのか? まさか。買うしかなかったのだ。討ち入りは志だけではできない。お金がかかる。会議中、ジェットコースターのように討ち入り予算が破綻していく際の描写は喜劇としてすさまじい。気が動転する大石は最高の笑いのネタだ。
恐らく「忠臣蔵」について深い知識を持っている人ほど面白く見られる作品だろう。大石と長助が腹を割った会話ができる幼なじみという設定など、ある意味で大ウソなのだが、同時に作品を喜劇に昇華させた粋な発想でもある。史実との「答え合わせ」に奔走する好事家にも、この凸凹コンビは微笑ましく映るのではないか。女好きで雑な大石=堤真一はさておき、生真面目で寡黙な長助=岡村隆史の新味は「忠臣蔵」ファンでなくとも楽しめるはず。何より、そんな幼なじみの存在があったればこそ、大石の中で討ち入りのモチベーションも高まった。そんな「思い」の深み。この映画は経済観念だけに縛られた乾いた喜劇ではない。
念入りに事実関係を刻んだ物語は、喜劇であると同時に濃厚な歴史譚でもある。それなりに体力を要する部分があることも覚悟していただきたいところ。とりわけ、お家再興の道を探る大石がついに討ち入りを決意するまでの中間部の描写は、浪士たちの状況が一種、足踏みとなる。それをもたもたした重みに感じるのか、深川会議へ向けての懇切丁寧な筆致ととるか。自身の感性を問う意味では、いい機会かもしれない。
吉良邸に討ち入った浪士たちが皆、割腹して果てたことは歴史の事実。悲劇の赤穂義士伝である。普通なら笑っていられない。それを喜劇に転換して清々しいおかしみを捻出させた荒技はダテではない。「忠臣蔵」にはきっとこんな影の苦労があった。赤穂浪士の人間味と実情が笑って味わえる貴重な機会だろう。
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(C)1994 東宝・日本テレビ・アドギア
タイトル | 四十七人の刺客 |
製作年 | 1994年 |
製作国 | 日本 |
上映時間 | 129分 |
監督 | 市川崑 |
出演 | 高倉健、宮沢りえ、中井貴一、岩城滉一、宇崎竜童、松村達雄、井川比佐志、山本學、小林昭二、今井雅之、塩屋俊、西村晃、小林稔侍、坂東英二、中村敦夫、石坂浩二、浅丘ルリ子、森繁久彌 |
歌舞伎、浄瑠璃、講談、落語、それに小説などで古くから親しまれてきた「忠臣蔵」の物語は、映画の世界でもサイレント期から数多くの作品が遺されている。
英雄譚としての王道作品となれば、ふたつの東映作品、片岡千恵蔵が大石内蔵助を演じた『忠臣蔵 櫻花の巻・菊花の巻』(1959)、もしくは市川右太衛門が大石をやった『赤穂浪士 天の巻 地の巻』(1956)あたりが単純に面白いだろうか。八代目松本幸四郎が主演した稲垣浩監督『忠臣蔵 花の巻・雪の巻』(1962)も東宝オールスター映画として華やかに楽しめる。
登場人物の情のみを追ったという点では、溝口健二監督の『元禄忠臣蔵 前篇・後編』(1941/1942)はかなりの異色作。刃傷事件が起きる江戸城・松の廊下を実寸で再現しようとしたセットは素晴らしく、それでいて肝心の吉良邸討ち入りを全く描かないという切り口は、どこか『決算!忠臣蔵』の大胆さに通じているかも。ちなみに、松の廊下のセットを作ったのは後の大脚本家/監督の新藤兼人である。新藤は後々までこのときの経験を熱く語っていた。
変化球作品としては、古川緑波主演の『珍説忠臣蔵』(1953)、森繁久彌主演『サラリーマン忠臣蔵』(1960)、片岡千恵蔵主演『ギャング忠臣蔵』(1963)、アニメーション『わんわん忠臣蔵』(1963)、萬屋錦之介主演『赤穂城断絶』(1978)、佐藤浩市主演『忠臣蔵外伝・四谷怪談』(1994)、キアヌ・リーヴス主演『47RONIN』(2013)などが楽しいだろう。
大石内蔵助が策略家として暗躍する市川崑監督、高倉健主演の『四十七人の刺客』(1994)なども一種の変化球作品だが、ある意味、『決算!忠臣蔵』と正反対の様相を呈しているかもしれない。高倉の大石は塩相場で潤沢な資金を稼ぎ、とにかく主君の敵討ちのために冷徹な作戦を練る。中井貴一の色部又四郎がまた絶妙な存在感。リアリズム重視の異色作として目にしておきたいところだ。
ちなみに、中村義洋監督は今回、自身の脚本をもとにノベライズも書き下ろしている。大高源吾(濱田岳)の目線で描かれたそれは、映画鑑賞の際の予習・復習テキストとして最適な一冊。こちらもお試しあれ。
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。