特集・コラム
映画のとびら
2019年11月22日
ファイティング・ファミリー|映画のとびら #036
実在するイングランドのプロレス一家を題材にした人情ドラマ。正確には、アメリカの人気プロレス団体WWE(World Wrestling Entertainment)の人気女子プロレスラー、ペイジのサクセス・ストーリーを軸に、その家族の絆を描くもの。ペイジの一家を描いた英ドキュメンタリー番組を2012年に「ザ・ロック」ことドウェイン・ジョンソンが『ワイルド・スピード EURO MISSION』(2013)を撮影中、たまたまロンドンのテレビで視聴。その内容に感激し、自らプロデュースを買って出て劇場用映画化を進めたという。監督はジョンソンの友人で、これが長編デビュー作となるスティーヴン・マーチャント。
中学1年のときから家族が自主興行するプロレス団体WAWのリングに立っていた18歳のサラヤ(フローレンス・ピュー)は、家族のために入場券を路上でさばき、選手として華麗な技を披露する日々。ある日のこと、WWE宛てに送ったビデオが功を奏してか、ロンドンでのWWEワークアウトに招待される。兄のザック(ジャック・ロウデン)と参加したサラヤは、大好きなテレビ番組『チャームド/魔女三姉妹』(1998-2006)の登場人物から拝借し、リングネームをペイジと改名。WWEトレーナーのハッチ(ヴィンス・ヴォーン)の前で見事なパフォーマンスを披露し、見事、フロリダ行きを獲得する。だが、フロリダでの訓練は厳しく、仲間ともなじめないペイジは徐々に故郷が恋しくなっていくのだった。
登場するペイジの一家は労働者階級。父親も母親も若い頃からすねに傷を負っており、兄も恋人と“できちゃった結婚”をして相手の両親を戸惑わせる有様。近所では悪ガキたちがドラッグに手を染めていたりもする。どこか『トレインスポッティング』(1966)に登場するダメ人間たちの風景、気分を感じる向きもいるだろか。しかし、お金はなくとも直情径行。プロレスに生活の全てを費やし、プロレスで近所の子どもの更正にまで手を差し伸べる一家の姿はどこまでもすがすがしく、その印象は最後まで変わらない。
冒頭、「真実の物語」と堂々と打ち出しているが、無論、すべてが事実通りではない。実際にいるペイジのふたりの兄はひとりにまとめられ、ヴィンス・ヴォーンのコーチにも同様の処理が見える。わけても、ドウェイン・ジョンソンが2011年に行われたワークアウト挑戦前の兄妹にエールを送る描写などあり得ない。ジョンソンは2012年にテレビ番組で初めて一家のことを知るのだから。WWEのリング描写にしても異を唱えているプロレス愛好家もいるという。しかし、そんなことはどうでもいい。恐らく、ジョンソンはプロデュースを引き受けるにあたり、映画会社から自身の出演を必要条件に提示されていたのだろう。映画が始まってすぐ、画面に映し出されるのもWWEのリングで活躍するザ・ロックの姿であり、描写の正誤云々を問う以前に、むしろこの作品をなんとか世に出したいとするジョンソンの思いが炸裂して痛いほどだ。ジョンソンの登場シーンはアーカイブ映像を除けば、都合3回。見方によっては、出演場面をもっと増やして、より作品を劇的に盛り上げてもおかしくないところであり、その意味ではジョンソン、マーチャント監督は賢明であり、決して大袈裟な成功物語におとしめなかった。たとえば仮にペイジがたどる軌跡、クライマックスの「女王対決」などに一抹の燃焼不良を感じたとしても、それこそ逆に映画製作陣が実話の精神にのっとってこの物語を扱った証。実話をドラマ化することに、この映画は十二分に誠実である。
登場人物を演じる役者全員が素晴らしいが、主人公を演じるフローレンス・ピューがやはり、抜群にいい。この映画の成功のあと、『レディ・バード』(2017)のグレタ・ガーウィグ監督が撮る『若草物語』の四女エイミー役、マーベルの『ブラック・ウィドウ』映画化ではエレーナ役に決まっている彼女だが、もしや本物のレスラーなのでは? と疑うほど充実した下半身は、それだけで説得力があり、頼もしい。きっと相応のトレーニングを積んだのだろう。ナイーヴな内面表現とあわせて、思わずため息をもらす観客も多いのではないか。フローレンス・ピューの体躯(たいく)にも心にも「真実の物語」は雄弁に刻まれている。
成功もあれば、その逆もある。夢をつかめない痛みを描くことも、この映画は忘れていない。人生は悲喜こもごも。その中心に家族がいる。兄妹がいる。仲間がいる。普遍的な主題に根ざしたプロレス少女とその一家の物語は、ファイトシーンも、後味もさわやか。エンドクレジットに流れる実際の映像と「彼らのその後」の紹介には思わず涙がにじむだろう。この感動の連続技、だれも立ち上がることはできまい。
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(C)2008 OFF THE TOP ROPE, INC. AND WILD BUNCH.
タイトル | レスラー (原題:The Wrestler) |
製作年 | 2008年 |
製作国 | アメリカ |
上映時間 | 109分 |
監督 | ダーレン・アロノフスキー |
出演 | ミッキー・ローク、エヴァン・レイチェル・ウッド、マリサ・トメイ |
女子プロレスを扱った映画となれば、まず思い浮かぶのがロバート・アルドリッチ監督の『カリフォルニア・ドールズ』(1981)。ピーター・フォーク演じるマネージャーに連れられてヴィッキー・フレデリック、ローレン・ランドンのレスラーが送る奮戦の日々。高揚感みなぎるクライマックスの試合もさることながら、往年の人気レスラー、ミミ萩原が対戦相手として途中で登場するのもお楽しみ。
男性レスラーものなら、ミッキー・ロークの復活作として注目された『レスラー』(2008)、ジャック・ブラックが主演した『ナチョ・リブレ 覆面の神様』(2006)などはまだ記憶に新しいところ。ソル・ギョング主演の日韓合作作品『力道山』(2004)などという作品もあった。
WWE(旧WWF)出身のプロレスラーが俳優として出演した映画も少なくない。ハルク・ホーガンには『ゴールデンボンバー』(1989)、『マイホーム・コマンドー』(1991)があり、ミスター・Tには『D.C.キャブ』(1983)とテレビドラマ『特攻野郎Aチーム』(1983-1987)が有名。ジョン・カーペンター監督作品のアイデア・ホラー『ゼイリブ』(1988)にはロディ・パイパーが主演していた。
ハルク・ホーガンとミスター・Tは『ロッキー3』(1982)にも出演しているが、そのシルヴェスター・スタローンの記念すべき初監督作品『パラダイス・アレイ』(1978)には、テリー・ファンク、ドリー・ファンクJr.らが顔を見せているだけでなく、リー・カナリートが三兄弟のひとりとして鮮やかなリング・パフォーマンスを披露。日本でのテレビ放映時には初代タイガーマスクが声を当てた。そのすさまじいまでの吹き替えの結果は、その目と耳でぜひ試していただきたいところ。
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。
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