特集・コラム
映画のとびら
2019年11月29日
ドクター・スリープ|映画のとびら #037
2013年に発表されたスティーヴン・キングの同名小説を実写映画化したダーク・ファンタジー。同じ著者の『シャイニング』(1977年刊行)の後日談を描くものであり、もちろん『シャイニング』といえばスタンリー・キューブリックが演出を手がけた同名映画化作品(1980年公開)も有名。映画『ドクター・スリープ』は、そのいずれの続編でもあろうとする野心作であった。監督・脚本・編集の三役を『オキュラス 怨霊鏡』(2013)、『ウィジャ ビギニング~呪い襲い殺す~』(2016)、『ソムニア 悪夢の少年』(2016)など、恐怖映画のカテゴリーで定評を得ているマイク・フラナガンが務めている。
雪深いコロラド州のオーバールック・ホテルで起きた惨劇から40年。当時6歳だったダン(ダニー)・トランスは心に深い傷を抱えたまま、流れ着いた町で静かに暮らしていた。そんな彼(ユアン・マクレガー)の穏やかな日々も、ある日、ダン同様、強い特殊能力「シャイニング(輝き)」を持った少女アブラ(カイリー・カラン)からの「通信」で壊れ始める。彼女を通じてダンは、謎の女ローズ・ザ・ハット(レベッカ・ファーガソン)率いる狂信的集団「トゥルー・ノット」の存在を感知した。トゥルー・ノットは、子どもを誘拐してはシャイニングを抜き取り、不老不死であろうとする邪悪なグループだったのである。
題名の「ドクター・スリープ」とは、主人公ダンにつけられたニックネームを指す。死期の近い患者を安らかに眠らせる彼の特技(無論、シャイニングを使っている)に周囲が感銘を受けた結果だった。
その特殊能力「シャイニング」が全面的に登場する以上、キューブリック作品の、というより、やはりキング小説の続編的意味合い、色合いの方が強い。シャイニングをめぐる攻防はさながら超能力戦争の様相を呈しており、トゥルー・ノットなどはどこか吸血鬼的な匂いを放つ古典的な悪鬼といえる。恐怖映画の雰囲気は横溢(おういつ)するが、同時にわかりやすい対決構造も打ち出されており、2時間半を超える長尺は作り手の手心がいっぱい。最後の最後まで一定のペースでスリルを途切れさせず、飽きさせない。
キューブリック作品の続編的気分は、アイテムの活用によって補完されているだろうか。ダンの回想場面では、オーバールック・ホテルも、血の洪水も、双子の少女も、斧を振り回す父親(ヘンリー・トーマス)も登場。いずれもキューブリックの映画版『シャイニング』を連想させるものであり、キューブリックを信奉する映画ファンのための親切な措置だろう。映画の冒頭にグレゴリオ聖歌《怒りの日》の旋律が重厚感豊かに響き渡る仕掛けも同様か。とりわけ目を引くのは、キューブリック・ファンを満足させるだろうクライマックスの舞台を用意しつつ、その締め方がキング小説版『シャイニング』のラストを彷彿させる描写となっている部分だ。双方のファンの顔を立てようとした監督フラナガンの配慮は買っていい。
キューブリックが作り上げた映画『シャイニング』は、原作者キングが唾棄するほど嫌ったことで、ある意味、不幸な歴史を刻んできたといえるかもしれない。どこまでも高尚なるキューブリック作品と、人肌に近い娯楽性をまとうキング世界。相容れないと思われていた両者を結びつけようとする動きが出たというのも、一種の時代の流れだろうか。単なる折衷案、あるいは続編製作がはびこる現代映画界のご都合主義などと、簡単に片付けるなかれ。もしや、それぞれの思いはさほど距離は遠くないのかもしれないのだ。
あどけない少年期をそのままにじませるユアン・マクレガーは適役。エンディングに漂うほろ苦くも心温まる風景は、彼の個性によってまぶしくかなえられた節がある。
シャイニングとは単なる特殊能力に過ぎないのだろうか。いや、そうではないだろう。シャイニングはきっと誰もが持っているもの。キューブリックも、キングも。もちろん、この物語に接するどの観客も。その「輝き」を大切にしようという願いは誰も変わらない。そんな声がマクレガーの姿から届くようだ。
公式サイトはこちら
(C)2016 Kinetica-Lock and Valentine
タイトル | キューブリックに愛された男 (原題:S is for Stanley) |
製作年/製作国 | 2016年/イタリア |
上映時間 | 82分 |
配給 | オープンセサミ |
監督 | アレックス・インファセッリ |
出演 | エミリオ・ダレッサンドロ、ジャネット・ウールモア、クライヴ・リシュ |
公式サイト | https://kubrick2019.com/ |
(C)2017True Studio Media
タイトル | キューブリックに魅せられた男 (原題:Filmworker) |
製作年/製作国 | 2017年/アメリカ |
上映時間 | 94分 |
配給 | オープンセサミ |
監督 | トニー・ジエラ |
出演 | レオン・ヴィターリ、ライアン・オニール、マシュー・モディーン、R・リー・アーメイ、ステラン・スカルスガルド、ダニー・ロイド |
公式サイト | https://kubrick2019.com/ |
上記2作品、11月1日(金)より全国順次公開中
スタンリー・キューブリックのファンにとって、『キューブリックに愛された男』『キューブリックに魅せられた男』という2本の記録映画は宝物のような価値を放つだろう。前者はキューブリックの運転手として雇われて以来、日常の雑事を一手に引き受けたイタリア人、エミリオ・ダレッサンドロの、後者は『バリー・リンドン』(1975)への出演を機に俳優業を捨て、キューブリックの助手として献身的な働きを続けたイギリス人、レオン・ヴィターリの声と記録を刻み、在りし日の伝説的作家の横顔を探ったものだ。
映画『シャイニング』については、ダレッサンドロの証言としてジャック・ニコルソンの撮影時の行状が語られ、ヴィターリがダニー役のオーディションや双子少女のアイデアにも大きな関わりがあったことがそれぞれ語られる。特に『キューブリックに魅せられた男』ではヴィターリとダニーの仲むつまじい姿をはじめ、『シャイニング』の舞台裏映像がふんだんに盛り込まれており、映画版『シャイニング』のファンはもちろん、『ドクター・スリープ』を気に入った観客も興味がうながされること間違いなし。ダニーを演じたダニー・ロイドの現在の姿が見られることでも楽しいだろう。
私生活の面におけるキューブリックを知りたい向きには『キューブリックに愛された男』が、仕事面におけるキューブリックの素顔を垣間見たい人には『キューブリックに魅せられた男』が最適。映画作家の人間味にふれたい人には前者が、作家の創作をめぐる鬼人ぶりを目の当たりにしたい人には後者がそれぞれ欲求を満たしてくれるだろう。もっとも、いずれもこれまで日の当たっていないキューブリックの秘話が目白押しであり、できれば両作品に目を通すことを勧めたい。
それぞれ運転手、助手という肩書きに近いものがあったものの、キューブリックにとってダレッサンドロはどこまでも気の置けない友人、ヴィターリはマシュー・モディーンいわく「奴隷のような存在」だった。キューブリックのような人物に付き合うことがいかに強烈ですさまじい体験だったのか。生半可な評伝では決して味わえない醍醐味をぜひ体感してほしい。
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。