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映画のとびら

2020年4月24日

イップ・マン 完結|映画のとびら #056

#056
イップ・マン 完結
2020年7月3日公開


(c)Mandarin Motion Pictures Limited, All rights reserved.
『イップ・マン 完結』レビュー
できる人&できた人の美しいフィナーレ

 ブルース・リーの唯一の師匠として名高い詠春拳の達人を描くシリーズ第4弾にして文字どおりの最終章。主演のドニー・イェンを筆頭に、監督にウィルソン・イップ、プロデュースにレイモンド・ウォン、アクション監督にユエン・ウーピン、音楽担当に川井憲次と、黄金の布陣を揺るがせず、イップ・マンの人生のクライマックスを感動的に描出。中国を始めとするアジア圏各地で大ヒットを記録している。

 時代は1964年。イップ・マン(ドニー・イェン)は弟子のブルース・リー(チャン・クォックワン)の招待を受け、アメリカで開催された国際空手道大会の会場にいた。医師からがんの宣告を受けていた彼は、何かと反抗的な息子チンの留学先としてサンフランシスコを考えており、その入学手配を兼ねての渡米であった。だが、中華総会の会長にして、太極拳の達人ワン・ゾンホア(ウー・ユエ)はブルース・リーのアメリカでの活動を問題視しており、入学手続きに必要な紹介状を用意しようとはしなかった。そのワンも娘ルオナン(ヴァンダ・マーグラフ)とギクシャクしている様子。一方、海兵隊に所属するブルース・リーの弟子ハートマン・ウー(ヴァネス・ウー)は中国武術を軍に普及させようと奮闘するが、中国人を蔑視する一等軍曹バートン・ゲデス(スコット・アドキンス)はこれを拒絶。ハートマンが海兵隊施設に持ち込んだ鍛錬用の木人椿(もくじんそう)を撤去させようとするだけでなく、中華総会の一掃をも考え、軍の外部空手教官コリン・フレイター(クリス・コリンズ)を中秋節祭りの会場へ送り込むのだった。

 ブルース・リーの影をチラつかせながら、直接的な指導や深い交流のドラマをあえて避けてきたかに見える同シリーズは、この完結編においてもその姿勢を変えていない。ブルース・リーはすでに独り立ちをしており、師匠はその活躍に目を細めるのみ。中心に置かれるのは、例によって「人間」としての主人公だ。老いが始まり、ケガの治りは悪く、不治の病も発覚。学校で問題ばかりを起こす息子をこのまま後に残せるのか、どう残していけばいいのか。言葉少なに、ただ人事を尽くすイップ・マンの姿は、そこにいるだけで胸を熱くさせる。夫として、父として、家族のために生きてきた武道家の物語を堅実につづってきたシリーズが、長きにわたって幅広い観客に受け入れられたのも当然だろう。人として心が温かい、人として生き方が潔い。そんな人物造形なくして、この完結編へと至る道はなかった。

 もちろん、アクション面での不備など皆無である。中華総会の会長との中国武術対決を入口に、空手を信奉する海兵隊員との一騎打ちをドラマの山場に巧みに配置して、これまた見る者の手に汗を握らせる。あくまで事件や騒動に巻き込まれての衝突。すべて、やむなき防衛戦。「私は武術家だ。不公正には立ち向かう。武術を始めた初心を捨てるわけにはいかない」との信念には、人道主義者としてのイップ・マンの人間性がいよいよ強くにじんだ。正義の連打が熱い。これで見納めという思いがその熱を否応なく高まらせる。

 ブルース・リー役は前作『イップ・マン 継承』(2015)に続いてチャン・クォックワンが登板。ただでさえ顔が似ているということで、テレビシリーズ『ブルース・リー伝説』(2008)でもジークンドーの達人を演じている彼だが、今回は弟子に嫌がらせをする白人相手に華麗なヌンチャク技&怪鳥音も披露。ある瞬間にはブルース・リー本人に見間違うほどの激似ぶりを見せて、思わず吹き出すような昂揚を呼ぶ。そのキレのある動きこそ、シリーズで描写を得る機会がなかったイップ・マンからの武術指南を裏打ちするものだった。シリーズとシリーズの間でさりげなく刻まれる「時間の飛躍」があらためて心地よい。

 語り口のうまさ、ドラマの緩急を心得た演出は今回も堅調。物語の組み立て、映像の構成、いずれも過不足なく、1時間45分という尺の中に見事に作品を着地させる。どこか地味に映るほど手堅い。シリーズ4作のすべてで香港電影金像奨監督賞にノミネートされたのも当然だろう。

 女性観客にはハートマン役に台湾のアイドルグループ「F4」のヴァネス・ウーが当たっていることに目がいくはず。一方、男性観客はワンの娘役ヴァンダ・マーグラフの溌剌(はつらつ)とした美貌から目が離せまい。今年17歳。シリーズはここへ来て、将来有望な新人をぶち込んできた。

 ドニー・イェンは本作品をもってクンフー映画への出演を今後、見送る決意をしたという。シリーズへの確かな手応えがそうさせたのだろう。このシリーズでクンフーを封印したい。そんな達成感。思えば、実際のイップ・マンの来歴と照らし合わせるなら、このシリーズは決して事実を正確に踏襲しているわけではない。あくまでウィルソン・イップがドニー・イェンらとともに作り上げた、ドニー・イェンならではのイップ・マン。家庭人としての面が強調されたその人物像は、ドニー・イェンの個性、アクションと重なることで初めて実体化したといっていい。ウソを見事に本物にしたドニー・イェンは生涯、この役を背負っていくことになるだろう。当たり役を得るということは長短、両方ある。ただ、それが重荷になることは恐らくあるまい。武術家として「できる人」、一個の人間として「できた人」。11年をかけて積み上げてきたそのふたつの「人徳」は、史実以上の重みをもってイップ・マンを一般に知らしめ、同時に俳優ドニー・イェンを鮮やかに屹立(きつりつ)させた。英雄美談の見本のような麗しい結実がここにある。

 7月3日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開
原題:葉問4 完結篇(英題:Ip Man4) / 製作年:2019年 / 製作国:中国・香港 / 上映時間:105分 / 配給:ギャガ・プラス / 監督:ウィルソン・イップ / 出演:ドニー・イェン、ウー・ユエ、スコット・アドキンス、ヴァネス・ウー、チャン・クォックワン
公式サイトはこちら
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(C)2008 Mandarin Films Limited. All Rights Reserved
ACTION
タイトル イップ・マン 序章
(原題:葉問|英題:Ip Man)
製作年 2008年
製作国 香港
上映時間 108分
監督 ウィルソン・イップ
出演 ドニー・イェン、サイモン・ヤム、池内博之、リン・ホン

イップ・マン映画、いろいろ

 ドニー・イェン主演の『イップ・マン』シリーズは2008年、映画『イップ・マン 序章』をもって始まった。日本では第2作『イップ・マン 葉問』(2010)の劇場公開が前作より先んじるというユニークな事態となったが、その確かな完成度は着実にファンを集め、第3作『イップ・マン 継承』(2015)を経て、最終作『イップ・マン 完結』(2019)へとたどりついた。

 1938年、イップ・マンの中国・沸山在住時代から始まる物語は、一家の香港移住、新規武館の開設などを描きつつ、計26年の歳月を追ったことになる。実際のイップ・マン自身の歴史を眺めるなら、香港への移住ひとつとっても単純なことではなかったらしく、家族と分断された時期もあったとか。没年は1972年。79歳で世を去っている。そういった沿革をなぞるのではなく、イップ・マンの性格や信念に焦点を当てようとしたことが成功のひとつだったかもしれない。結果、興行の成功も手伝って、あたかもこのシリーズがイップ・マンの正伝のごとき印象の中に存在することになった。

 無論、ヒット作には相応の類似作品がついて回ってくる。『イップ・マン外伝 マスターZ』(2018)は、レイモンド・ウォンがプロデュース、ユエン・ウーピンが監督、『イップ・マン 継承』のチョン・ティンチ(マックス・チャン)を主人公にしたスピンオフ。ウーピンが演出を担っているだけあって、『マッハ!』(2003)のトニー・ジャーも顔を出すなど、アクション面の見どころが多い作品になっている。

 シリーズと関係ないところでは、ハーマン・ヤウ監督による『イップ・マン 誕生』(2010)、『イップ・マン 最終章』(2013)の2作品が目立つ。前者の青年時代のタイトルロールを本家にも出演しているデニス・トーが、後者の晩年期を『淪落の人』(2018)のアンソニー・ウォンが担っている。

 ウォン・カーウァイが監督、トニー・レオンが主演に当たった『グランド・マスター』(2013)もイップ・マンの生涯に焦点を当てた作品だが、中国拳法の南北統一をめぐる争いが中心で、イップ・マンの物語を描く前に、映像様式第一の姿勢が顕著な一本となった。『恋する惑星』(1994)監督&主演コンビの顔合わせもさることながら、音楽担当に梅林茂が登板しているのもミソ。梅林が過去に手がけた日本映画『それから』(1985)の主題曲が一部場面でまんま流用されている。香港、中国圏の映画界で『それから』の音楽は今もって大変な人気で、それをあらためて裏付けるような作品でもあった。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 

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