特集・コラム

映画のとびら

2020年5月15日

コリーニ事件|映画のとびら #057

#057
コリーニ事件
2020年6月12日公開

 

© 2019 Constantin Film Produktion GmbH
『コリーニ事件』レビュー
ドイツ法曹界の闇の向こうに待つ感涙の瞬間

 本国ドイツで50万部を売ったフェルディナンド・フォン・シーラッハによるベストセラー小説『コリーニ事件』を映画化したミステリー。単なる殺人事件の謎解きに終わらず、ドイツの隠された歴史的事実に鋭く斬り込んだ野心作。法廷劇のスリルとともに、心の物語としての温もりを得られる佳作である。

 2001年、ベルリン。ひとりの初老の男が新聞記者をかたり、古い拳銃で銃弾を3発撃ち込んで老富豪を殺害した。被疑者はドイツ暮らしも30年以上というイタリア人ファブリツィオ・コリーニ(フランコ・ネロ)、67歳。被害者はハンス・マイヤーことジョン・B・マイヤー(マンフレード・ザパトカ)。被疑者の国選弁護人となったカスパー・ライネン(エリアス・ムバレク)は弁護士になってまだ3カ月という若手であり、これが初の参審裁判。意気込んで仕事を受けたものの、ほどなく事態の詳細を知り、懊悩(おうのう)する。ハンス・マイヤーはドイツの大手機械工業会社のトップを担う人物であり、同時にライネンにとって育ての父も同然の恩人だったからだ。ハンスの孫ヨハナ(アレクサンドラ・マリア・ララ)とはかつて恋仲だったこともあり、ライネンは国選弁護人を辞退しようとするが、マイヤー家の公訴参加代理人であり、刑法の師でもあったベテラン弁護士リヒャルト・マッティンガー(ハイナー・ラウターバッハ)から翻意をうながされ、裁判への覚悟を決める。しかし、コリーニは事件について頑として何も語らない。コリーニとハンスの接点がまったくわからない上、凶器にしてもなぜ入手困難な古い拳銃ワルサーP38をわざわざ使ったのか。行き詰まったライネンは、イタリア語が堪能なピザ屋の女性運転手ニーナ(ピア・シュトゥッツェンシュタイン)、速読が得意で書店を営む実父ベルンハルト・ライネン(ペーター・プラガー)を伴って、一路、コリーニの生まれ故郷トスカーナ州モンテカティーニに向かうのだった。

 謎をひとつひとつ解き明かしていく構造の作品だけに、登場人物の背景、ドラマ展開については詳述できない。ただ、怨みの根っこを求めて、物語が遠い過去をさかのぼっていくことだけは記してもいいだろう。そこはドイツが今も消し去りがたい「しこり」を残した時代。そして、そこで起こった事件、犯した罪をめぐって、ドイツの人々がどういう道々をたどっていったのか。それらはすべて「是(ぜ)」と評価できるものばかりではなかった。コリーニという男が起こした事件は実話ではないが、観客に新たな視点を持たせる象徴的提言となり、この原作の出版後、ドイツ連邦法務省が事態の精査に動き出したというのは面白い。恐らく、よほどのドイツ法曹事情に造詣が深い人間でなければ、ここで明かされる法律の闇は驚きの対象になるだろう。殺人事件の顛末の先に新たな知識を得られることが、この映画の醍醐味のひとつである。

 人間ドラマの面でも抜かりはない。若き新人弁護士が恩人の過去を暴き、これまでの人間関係を崩してまで事実の究明に向かっていく仕掛けは見応えに事欠かず、痛ましさの一方で、一種の英雄的高揚感ももたらす。そこは、実際にナチスの高官を祖父に持つ原作者の気骨が映えている部分だろうか。

 歴史ということで眺めるなら、被疑者の幼少期にあたる第二次大戦末期のイタリアの状況が垣間見られるのも大きい。ムッソリーニ失脚後のイタリア国内は、ナチスドイツと同盟国だった過去があっという間に消え、全く正反対の気風がみなぎっていた。当時、どんな悲劇が起きたのか。どんな無念がイタリア国民にあったのか。そのことをあらためて教えてくれる作品でもある。

 ナチスという単語が飛び出した段階で、物語に対していろいろな予測も頭をかすめるだろう。きっとそれは間違っていない。しかし、その予測の先にある歴史的発見、さらにもっと先にある人間ドラマの「感動」までは想像できないのではないか。映画の終盤に、我々は人間の澄んだ覚悟を見る。さらに、それぞれの「父と子」の絆を目撃する。父に思いをはせる息子の姿は美しい。その美しさに涙が誘われる。

 役者陣では、なんといってもコリーニ役のフランコ・ネロの存在感が鮮やか。往年のマカロニ・ウェスタンの愛好家にとっては、深い年輪を刻み、ただ黙して裁判を見守る彼の姿にしびれるばかりだろう。

 6月12日(金)新宿武蔵野館ほか全国公開
原題:The Collini Case / 製作年:2019年 / 製作国:ドイツ / 上映時間:123分 / 配給:クロックワークス / 監督:マルコ・クロイツパイントナー / 出演:エリアス・ムバレク、アレクサンドラ・マリア・ララ、ハイナー・ラウターバッハ、フランコ・ネロ
公式サイトはこちら
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(C) 2014 Claussen+Wobke+Putz Filmproduktion GmbH / naked eye filmproduction GmbH & Co.KG
歴史社会派
タイトル 顔のないヒトラーたち
(原題:Im Labyrinth des Schweigens)
製作年 2014年
製作国 ドイツ
上映時間 123分
監督 ジュリオ・リッチャレッリ
出演 アレクサンダー・フェーリング、フリーデリーケ・ベヒト、アンドレ・シマンスキ、ヨハン・フォン・ビューロー、ヨハネス・クリシュ

歴史の暗黒に立ち向かった人々

 以下の関連作品の紹介にあたっては、映画『コリーニ事件』の謎解きのヒントが随所に刻まれていることをまず予告しておかなければならない。いずれも、『コリーニ事件』後の鑑賞を推奨したい。

 ナチスとドイツ法曹界の関係図ということでは『顔のないヒトラーたち』(2014)ははずせないところ。1958年当時、ドイツの一般市民の大半はナチスドイツが行ったユダヤ人大量虐殺を知らなかった。アウシュビッツの生還者の声を知った若い検事はいかに体制に対して立ち上がったのか。俗に言う「フランクフルト裁判」(1963-1965)実現までの経緯を描いた秀作だ。同時代を背景に、主人公が被告に回る姿を描いた作品として、ケイト・ウィンスレット主演の『愛を読むひと』(2008)もある。

 同じくドイツの検事がアウシュビッツの犯罪者を追う姿を描いたのが『アイヒマン ナチスがもっとも畏れた男』(2016)。こちらは、フランクフルト裁判の直前の1961年、アドルフ・アイヒマンが南米からイスラエルに連行されるくだりを描いている。アイヒマンの追及の時期と同じくして、映画『ニュールンベルグ裁判』(1961)が公開されているのも今となっては興味深いかぎりだ。主演の裁判長役スペンサー・トレイシー、バート・ランカスターもさることながら、証言者のひとりとして登場するジュディ・ガーランドの好演も忘れがたい。彼女はこの作品でアカデミー賞の助演女優賞の候補になっている。

 第二次大戦末期のイタリアを舞台にした映画としては、やはりロベルト・ロッセリーニ監督の『無防備都市』(1945)と『戦火のかなた』(1946)あたりは見逃せない。ネオ・レアリズモという映画のあり方があったことを知る意味でも、歴史の勉強になること間違いなし。

 フランコ・ネロといえば、もちろん『続・荒野の用心棒』(1966)のジャンゴ役がピカイチだろう。その後のあらゆる「ジャンゴもの」の原点であり、若い映画ファンにはクエンティン・タランティーノ監督の『ジャンゴ 繋がれざる者』(2012)につながる作品として興味深いのでは?

 『コリーニ事件』の監督マルコ・クロイツパイントナーには『クラバート 闇の魔法学校』(2008)というファンタジー映画もある。魔法学校に迷い込んだ少年の物語で、オトフリート・プロイスラーの同名原作は宮崎駿も愛読した作品。クロイツパイントナーの守備範囲の広さを知る上で一見の価値がある。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 

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