特集・コラム

映画のとびら

2020年6月2日

ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語|映画のとびら #059

#059
ストーリー・オブ・マイライフ
  わたしの若草物語
2020年6月12日公開

 

『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』 レビュー
強く、しなやかな意志を持った作家の後ろ姿

 世代と国境を越えて読み継がれている米作家ルイーザ・メイ・オルコットの小説『若草物語』(1868年発表)の最新映像化。監督と脚本は長編デビュー作『レディ・バード』(2017)で一躍脚光を浴びたグレダ・ガーウィグ。主演は『つぐない』(2007)、『ブルックリン』(2015)に加え、ガーウィグとの『レディ・バード』と本作品で通算4度、アカデミー賞候補となっているシアーシャ・ローナン。第92回アカデミー賞では、ローナンの主演女優賞に加え、作品賞、脚色賞、助演女優賞、作曲賞、衣裳デザイン賞の6部門で候補となり、衣裳デザイン賞(受賞者はジャクリーン・デュラン)を獲得している。

 お話自体は大きく原作を逸脱していない。北軍の従軍牧師として出征した父親の留守を、母親と守るマーチ家の4人の姉妹。彼女らが歩む人生の行方を作家志望の次女ジョーの目線で描くというもの。

 小説では四姉妹の姿が少女期から順を追って描かれるが、すでに社会人となったジョー(シアーシャ・ローナン)を活写するところから物語を始めるあたりがガーウィグ流というべきだろう。その1868年を時代の基点として、四姉妹の過去のエピソードが折々に挟まれていく構成をとっている。成長した長女メグ役はエマ・ワトソン、三女ベス役はエリザ・スカンレン、四女エイミー役はフローレンス・ピュー。母親役にローラ・ダーン、ジョーの幼なじみローリー役にティモシー・シャラメ、そして叔母役にメリル・ストリープ。また、ジョーの作品を誠実に見つめ、支えていく男性フレデリックを『パリの恋人たち』(2018)などの優れた映画監督作品も発表しているルイ・ガレルが演じている。

 導入部から印象的だ。映し出されるのは、出版社の扉を前に立つひとりの女性=ジョーの後ろ姿。緊張と決意にみなぎるこの鮮やかなワンショットこそ、作品の精神すべてを象徴しているといっていい。

 教師を生業(なりわい)にしていたジョーは作家を夢見て、自作を書き上げてはニューヨークの出版社に持ち込む日々を送っていた。しかし、出版社の責任者は彼女の小説を無残なまでに添削し、素っ気ない言葉で安く買いたたくだけ。いわく「短くしろ」。当時のアメリカは南北戦争(1861-1865)が終結したばかり。ジョーの書く小説は時代にそぐわないと判断され、「戦時には道徳より娯楽」「女性の登場人物は結婚させるか死なせるか、どちらかにしろ」などと、にべもない。そもそも、常識として女性の稼ぎで家族を養うなど不可能と思われていた時代だったのである。結婚とは、すなわち経済問題。安全な型にはまった人生を女性は強いられていたといっていい。しかし、ジョーは違った。決めつけの常識に納得がいかない。そして、そんな進歩的で活発なヒロインに少女時代から憧れていたのが監督のガーウィグであった。

 処女作『レディ・バード』でも自身の十代を田舎の女子高校生(シアーシャ・ローナン)に託し、どうしようもない思春期の衝動を描いていたガーウィグにとって、再びローナンを主人公に据えた古典文学の映画化作品は「女性の自立」を描くという一点で発展的続編、あるいは姉妹編的な意味合いを持っていないだろうか。女性にとって安住の場所や時代などなかった。どの瞬間にも「もがき」があり「戦い」がある。それをわがごとのように斬り込んでいくガーウィグの作家的自我の発露は見事で、『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』という邦題も、巧まずして的を射たといっていい。

 ひとことで言えば、女性映画だろう。ただ、女性の主権をキリキリと訴えるだけのメッセージ映画に終わっているかといえば全くそうではなく、これは心のひだを漏れなく汲み取った繊細な人間ドラマであり、病弱な三女の行く末も優しく見つめた感動作であり、何より躍動感と軽みに満ちた青春映画であった。すでに『レディ・バード』で明らかなとおり、ガーウィグは喜劇センスに長けた語り手である。台詞の卓抜を挙げるに及ばず、映像的な組み立て、ストーリーの語り口は常に軽快で、主人公がどんなに女性としての可能性を強く叫ぼうとも、その気概に鼻白むことなどまずない。実際、ドラマの端々に喜劇的瞬間を見つけることは難しくなく、明らかに男性の登場人物が脇に回っている物語において、その感性は有効な薬味になる。果たして、この映画を見て疎外された意識を持つ男性観客はいるだろうか。まさか。そんなつまらないことに拘泥する以前に、どんなタイプの人間も物語に引き込む力がこの作品にはあり、だれもがジョーとその家族、仲間の一挙手一投足を見逃すまいと目を凝らすだろう。見て楽しい、見てうれしい。「女性映画」などという60年代に朽ちたであろうカテゴライズも必要ない。ここには映画としての確かな醍醐味がある。

 100年以上も前の物語は一種の時代劇なのだが、主題といい語り口といい、どこまでも現代的である。したがって、堅苦しい衣裳劇かと身構える必要もない。いみじくもガーウィグが音楽担当のアレクサンドル・デスプラに「モーツァルトとデヴィッド・ボウイを掛け合わせたような音楽」を依頼したことにもひとつの指針を見ていいだろう。伝統のよさをにじませながら、新しい時代の感覚も忘れない。サラリと問題意識を掲げ、さわやかに人間愛を謳歌する。そんな奥義を簡単に成し遂げているのだからかなわない。

 ガーウィグの演出家としての才気はいよいよ磨かれており、この監督第2作においてさらなるのびしろを見せた。アカデミー賞6部門候補の実績はダテではない。これからのアメリカ映画をさらに面白くするであろう作家の強く、しなやかな意志、それをたたえた後ろ姿を決して見逃してはならない。

 6月12日(金)より、全国ロードショー
原題:Little Women / 製作年:2019年 / 製作国:アメリカ / 上映時間:135分 / 配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント / 監督・脚本:グレタ・ガーウィグ / 出演:シアーシャ・ローナン、ティモシー・シャラメ、フローレンス・ピュー、エリザ・スカンレン、エマ・ワトソン、ローラ・ダーン、メリル・ストリープ
公式サイトはこちら
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あわせて観たい!おすすめ関連作品

(C)日活株式会社
DRAMAROMANCE青春
監督森永健次郎

タイトル 若草物語
製作年 1964年
製作国 日本
上映時間 84分
出演 芦川いづみ、浅丘ルリ子、吉永小百合、和泉雅子、浜田光夫、杉山俊夫、和田浩治、山内賢、伊藤雄之助、東恵美子

さまざまな「若草」の物語

 ルイーザ・メイ・オルコットの小説『若草物語』はアメリカだけにとどまらず、古今東西、世界中のどの時代にも映像化の機会を持ってきた。

 わが国でもその翻案はたびたび行われており、1964年にはそのものズバリ『若草物語』と題した劇場映画が日活で作られている。長女に芦川いづみ、次女に浅丘ルリ子、三女に吉永小百合、四女に和泉雅子が当たっており、まさにアイドル映画的美女共演作。表面的には題名と、個性豊かな四姉妹という設定を原作からもらってきただけという印象が強く、そもそもオルコットの名前もクレジットに記されていないが、女性の社会進出、自由意志の謳歌という点で原作の影響下にある作品といえるだろう。登場人物としては、一途に愛する人を追いかけようとする吉永小百合が特に目立っている格好か。

 同じ日活では、正面からオルコットの小説を原作に掲げてのテレビドラマも製作された。その『若草物語』(1968)は、これまた芦川いづみが長女を演じ、次女に山本陽子、三女に伊藤るり子、四女に川口晶を配した作品。四姉妹の父親に佐分利信、母親に加藤治子を添えて、次女がカメラマンの男性(川治民夫)と結婚するまでを30分×13回の放送枠で描いた。次女の恋人候補役で藤竜也が出演しており、後に夫婦となる芦川いづみとのツーショットも拝めるあたりが見どころのひとつか。同年に女優引退をした芦川にとってはキャリア最終期のテレビドラマであり、その清楚な美貌を見るだけでも一見の価値がある。

 もちろん、母国アメリカでは折々に原作の映像化は果たされており、有名なところでは名匠ジョージ・キューカーの監督、キャサリン・ヘプバーンのジョー役で製作された1933年版、マーヴィン・ルロイ監督、ジョー役にジューン・アリスン、エイミー役にエリザベス・テイラーの1949年版がある。

 クラシカルな作風ながら、現代人の目から見ても見やすいのは1994年に製作された『若草物語』だろう。グレタ・ガーウィグと同じく、女性監督のジリアン・アームストロングが丁寧に描いた青春映画となっており、ジョーにウィノナ・ライダー、メグにトリーニ・アルヴァラード、ベスにクレア・デインズ、エイミーにサマンサ・マシス(少女時代はキルスティン・ダンスト)と、女優陣も豪華。トーマス・ニューマンによる音楽も旋律美に輝いており、見逃したままにするには惜しい佳作だ。ちなみに、プロデューサーのひとりはガーウィグ版のプロデュースも兼ねているデニース・ディ・ノーヴィである。

 グレタ・ガーウィグの処女作『レディ・バード』(2017)の予習も当然、欠かせないところ。こちらには『ストーリー・オブ・マイライフ 若草物語』同様、シアーシャ・ローナンの相手役でティモシー・シャラメが出演。彼が注目されて間もない時期の作品として押さえておきたい作品だ。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 

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