特集・コラム

映画のとびら

2020年6月4日

君がいる、いた、そんな時。|映画のとびら #060

#060
君がいる、いた、そんな時。
2020年6月13日公開


Ⓒとび級プログラム
『君がいる、いた、そんな時。』 レビュー
だれにも責任を押しつけない誠実な心意気

 出生地・広島は呉にて活動を続ける映画監督・迫田公介の長編デビュー作品。ふたりの小学生、彼らを見つめる女性図書司書の交流をほのぼのと、繊細に描いていく。

 給食の時間。広島・呉のとある小学校の教室では、今日も騒音同然のにぎやかな校内放送が流れている。元気いっぱいにDJを務めているのは小学6年生の香山涼太(坂本いろは)。それを苦々しく教室で聴いているのは涼太と同じクラスの委員長・岸本正哉(マサマヨール忠)。しかし、正哉には涼太のDJ放送よりも嫌なものがあった。正哉のことを「ガイジン」呼ばわりするいじめっ子トリオだ。正哉は日本人の父親とフィリピン人の母親を持つハーフなのである。そんな彼が足しげく通う場所が図書室だった。そこには、いつも正哉を優しく迎えてくれる図書司書・山崎祥子(小島藤子)がいた。お茶を飲みながら、自前の小説を読んでもらったり、雑談にふけったりと、祥子との午後は、彼にとって唯一、心安らぐ時間だったのだ。ある日のこと、正哉が図書室をのぞくと、そこには祥子とお茶を飲んでいる涼太が。涼太は正哉に「英語でDJをやって」としつこくつきまとった揚げ句、「校長先生殺人事件」なるドッキリ・ネタを考案、実行に移すのだが、正哉の代わりに殺人者役を演じた祥子は謹慎処分に。一方、正哉はこの「事件」をきっかけに、涼太と祥子が心に秘めていた秘密を深く知るのだった。

 前半は、喜劇調の学園ドラマの趣向。描かれる対象も小学生だけに、思春期のドタバタ記、のどかで無邪気な友情譚だと、作品の行方を早々に断じる向きが多いかもしれない。実際、全体のトーンとしては、明るい小学生の日常劇の気分を大きく崩すことはない。しかし、映画は主要3人の内に秘めた感情、事情を徐々に明らかにしていくことで、うっすらと彩りを深めていく。それぞれが抱えている「問題」とは何か。その問題のために、どんな「ウソ」をついていたのか。

 傷をさらけ出しても、なめ合うような感傷に溺れない。謎解きのゲーム感覚に陥ることもない。限られた人間関係に限られた撮影場所、限られた物語。たとえば、大作映画などを見慣れた観客などにはつたないものに映るかもしれない技術的、金銭的な諸事が、巧まずして簡潔で素朴な目線、温もりを生んだともいえるだろうか。主演を務める小学生ふたりもこれが演技初体験。地元のオーディションで選ばれた涼太役・坂本いろはなど、実は女性だったりする。そんな「手作り」であるがゆえの予期せぬ新味も影響したかもしれない。それでも、一歩間違えれば鼻につくような心の傷の問題を、この演出家と出演者たちは大仰なメロドラマにすることなく、痛ましい内面描写に酔うこともなく、最小単位、最短距離で見せきった。だれかに頼るわけでもなく、だれかに責任を押しつけるわけでもない登場人物たちの心意気が、最後の最後に吹かせる風の、なんと慎ましく、さわやかなことだろう。前半部で子どもたちの動向にもどかしさ、白々しさを感じていた観客こそ、最後の25分間を瞠目して見つめることになるのではないか。

 デビュー作には作り手の志向と嗜好が凝縮するといわれるが、監督・迫田公介のそれは実に誠実な輝きをもって示されたといっていい。聞けば、迫田は資金集めに奔走する中、心の病にさいなまれ、それを乗り越えて作品の完成にこぎつけたという。その苦悩、苦闘が妙な闇におちいることなく、作家として最良の結果=よき物語を語る強い意志を勝ち得た尽力を素直にたたえたい。その幸運を喜びたい。

 実のところ、優しさだけの演出家ではないのだ。たとえば、ホステス業に就くフィリピン人の母親を正哉が夜の店外で目撃する場面。客のまいたお金に対する彼女の態度、その一見なんでもなさそうな描写が主人公の少年に与える影響の大きさ、重さ。それをこの監督は知っている。その描写を作品に組み入れる必要、クライマックスへのひと押しをわかっている。単なる友情劇に終わらせない。気骨のある采配だろう。

 祥子役の小島藤子もいい。彼女のたたずまい、立ち位置がそのまま作品の品性につながっているかのよう。出しすぎない心の揺れ、やりすぎない表情の変化が、演出の方向と比例して、とても心地いい。

 6月13日(土)より新宿K’s cinema ほか全国順次ロードショー
原題:君がいる、いた、そんな時。 / 製作年:2019年 / 製作国:日本 / 上映時間:85分 / 配給:とび級プログラム / 監督・脚本:迫田公介 / 出演:マサマヨール忠、坂本いろは、小島藤子、おだしずえ、阪田マサノブ、横山雄二
公式サイトはこちら
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(C)2017「氷菓」製作委員会
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上映時間 114分
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呉市と小島藤子が校舎にいる風景

 映画『君がいる、いた、そんな時。』(2020)の舞台となった広島県呉市といえば、近年、アニメーション映画『この世界の片隅に』(2016)の人気でにわかに注目を集めた街。正哉、涼太が通う学校には港町小学校がロケ地に選ばれており、その円筒形校舎など、ちょっと目を引くところ。太平洋戦争時代は造船の街として有名で、その在りし日をしのぶ意味でも、こうの史代の原作世界を見事にアニメーションの形に移し替えた秀作を見直すのも一興だろう。

 素朴なデビュー作など、挙げれば枚挙にいとまがないが、たとえば作曲家・久石譲が映画監督に挑戦した『Quartet カルテット』(2000)などは、やはり演出家の誠実な部分が刻まれていて一見の価値あり。ほとんど劇音楽のたぐいを流さない仕掛けなど、なかなかマネのできない荒技も刻んでいたりする。

 女性が男を演じたピカイチの映画といえば、ピーター・ウィアー監督の『危険な年』(1982)だろう。革命戦士クワンを演じたリンダ・ハントは、指摘されなければ女性だとわからないという意味で涼太役・坂本いろはに重なる。第56回アカデミー賞では助演男優ならぬ助演女優賞を獲得。

 小島藤子の知名度を一気に上げた作品としては、やはりテレビドラマ『ひよっこ』(2017)が挙げられるだろうか。なんだか学校みたいなラジオ工場女子寮のリーダー的存在という役割を、まぶしく見た視聴者も多いはず。長編映画では山崎賢人、広瀬アリスと共演した『氷菓』(2017)なども印象的。「古典部」の部員という役どころは、どこか『君がいる、いた、そんな時。』の図書司書役の気分に通じている。部員といえば、映画『書道ガールズ わたしたちの甲子園』(2010)では書道パフォーマンスに向かう女子高生役も思い出されるところ。舞台は愛媛。『君がいる、いた、そんな時。』同様、瀬戸内海の風が彼女の周りに吹いていた。成海璃子、山下リオ、桜庭ななみ、高畑充希という書道部員を演じる面々も魅力。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 

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