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映画のとびら

2020年6月8日

今宵、212号室で|映画のとびら #061

#061
今宵、212号室で
2020年6月19日公開


©Les Films Pelleas/Bidibul Productions/Scope Pictures/France 2 Cinema
『今宵、212号室で』 レビュー
厄介な刺激にあふれた幻想的恋愛騒動

 第72回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で最優秀演技賞を受賞(受賞者はキアラ・マストロヤンニ)した恋愛ドラマ。結婚20年を数える夫婦の揺れる心を独特のタッチで描いた、たった一夜の物語だ。

 物語は基本、妻の視点で語られる。その妻マリア(キアラ・マストロヤンニ)は司法と訴訟史を専門にする大学教授。この日、彼女は教え子で浮気相手のアズドルバル・エレクトラ(ハリソン・アレバロ)の部屋の片隅で、カーテンの陰に隠れていた。アズドルバルのガールフレンドが突然、部屋を訪ねてきたのだ。ほどなく、マリアは隠れることをふいにやめ、2カ月間アバンチュールを繰り返したアズドルバルに別れを切り出して、夫リシャール(バンジャマン・ビオレ)が待つ自宅へとさっさと帰っていく。浮気はすぐにバレた。マリアのスマホにアズドルバルからのメールを目にしたリシャールは憤然。居直って「ただの火遊び。あなただって浮気を楽しむでしょ」と言うマリアに「結婚相手を間違った」と自室にこもる。これを受けてマリアは雪が舞う夜、着替えを持って向かいのホテルへ逃亡。212号室を借りて、ついうたた寝してしまうが、目を覚ますとベッドには25年前の結婚当時の若き夫(ヴァンサン・ラコスト)の姿が。そればかりか、結婚前の夫の元恋人でピアノ教師のイレーヌ(カミーユ・コッタン)までも現れるのだった。

 若き夫に「自由を気取っているが、恥知らずで自己中心的」となじられつつ、その若い夫と体を重ね、ピアノ教師からは「私からリシャールを奪った」となじられるマリアのもとには、マリアの過去の「愛人リスト」を読み上げる母親や祖母、過去のオトコどもが増殖するように登場。さしずめ、妄想による自問自答劇といった趣向か。通常ならマリアの周囲のドタバタだけでお話を進行させ、彼女の反省をもって締めくくらせるところだろうが、この映画はさらにホテルの外で現在のリシャールにピアノ教師と再会させ、若い自分と議論を交わさせるなど、現実と幻想の境目が見えなくなるような展開へと転がっていく。

 ある種の脳内喜劇ともいえるだろうか。形にとらわれない語り口に、のるかそるかを観客に問うている節もちょっとある。結局のところ、恋愛について延々と議論する物語であり、着地はするけど、正解がない。正解を求めていない。どこか議論に愉悦を見いだしているかのよう。恋愛に関する意見をしゃべり倒してぶつけ合うあたり、お国柄がにじんで、まこと「おフランス」な世界観としていい。

 自由恋愛を突き進む奔放なヒロインを、それこそ単なる尻軽女にも映りかねないスリルの中でキアラ・マストロヤンニは体当たりで演じており、その豪胆、毅然に感心させられる向きは多いはず。面白いのは、現在の夫リシャールを演じているのが、そのキアラ・マストロヤンニと2002年から2005年にかけて実際に夫婦生活を送っていた音楽プロデューサーにして俳優のバンジャマン・ビオレだという事実か。もしや部分的に実生活の感情も刻まれているのではないかという邪推が観客の一部に募ることは請け合いで、元妻との共演を受け入れた度量に感心するやらあきれるやら、といったところ。もっとも、そんな虚実入り交じるような錯覚が、この境界線無視の物語においてかなり有効であることも確かで、この設定にしてこの顔合わせと実験精神豊かな作品を実現させた監督のクリストフ・オノレに讃辞を送るのも忘れてはいけない。

 女性観客には、若き時代の夫を演じるヴァンサン・ラコストが目に留まるだろう。ピアノ教師役カミーユ・コッタンには大人の色気がほとばしり、クライマックスではキャロル・ブーケまで登場する。ルイス・ブニュエル監督との『欲望のあいまいな対象』(1977)から43年。ブーケの存在感は揺らいでいない。

 「愛は思い出の上につくられる。過去こそ愛に自信を与える」との名言も夫リシャールから飛び出す映画は、愛の「貞節と自由」を結論の出口なく対決させた物語ともいえる。マリアが「212号室」に飛び込む「隠れた意味」も、劇中で示唆されて思わず、なるほど。とはいえ、ある意味、生真面目な観客ほど忍耐力が必要な作品だろう。どれだけこの堂々めぐりの物語に振り回されるのか。どこまで振り回されることを楽しむことができるのか。フランス映画のエスプリはいつも厄介な刺激に満ちている。

 6月19日(金)より、Bunkamuraル・シネマ、シネマカリテ他全国順次公開
原題:Chambre 212(英題:On A Magical Night) / 製作年:2019年 / 製作国:フランス・ルクセンブルク・ベルギー / 上映時間:87分 / 配給:ビターズ・エンド / 監督・脚本:クリストフ・オノレ / 出演:キアラ・マストロヤンニ、ヴァンサン・ラコスト、カミーユ・コッタン、バンジャマン・ビオレ、キャロル・ブーケ
公式サイトはこちら
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© 1970 – COMPAGNIA CINEMATOGRAFICA CHAMPION(IT) – FILMS CONCORDIA(FR) – SURF FILM SRL, ALL RIGHTS RESERVED.
ROMANCEDRAMA
タイトル ひまわり 50周年HDレストア版
(原題: I Girasoli)
製作年 1970年
製作国 イタリア
上映時間 107分
配給 アンプラグド
監督 ヴィットリオ・デ・シーカ
出演 ソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニ、リュドミラ・サベーリエワ
公式サイト http://himawari-2020.com/

6月1日(月)より全国順次公開

正攻法で涙をしぼる不朽の名作

 映画『今宵、212号室で』(2019)の主演女優キアラ・マストロヤンニは、イタリア出身の名優マルチェロ・マストロヤンニとフランスの人気女優カトリーヌ・ドヌーヴの間に生まれた人。その父マルチェロがソフィア・ローレンの相手役として出演した名作『ひまわり』(1970)が今年、公開50周年を記念し、HDレストア版として日本のスクリーンによみがえった。

 第二次世界大戦を背景に、ナポリで恋に落ちたイタリア人カップル、ジョバンナ(ローレン)とアントニオ(マストロヤンニ)が時代の波にのみ込まれる悲恋ドラマ。東部戦線へと送り込まれたまま行方不明となったアントニオを追って、ローレンのヒロインが冷戦下のソビエト連邦をさまよう。ついに直面する非情な現実と、そこで下される結論には、きっと現代の観客も涙を誘われるだろう。

 本国イタリアでもネガフィルムが消失してしまっており、作品そのものが悲劇となっている『ひまわり』だが、今回は現存するポジフィルムから作成したHDマスターをもとに日本独自で修復作業が行われたという。その尽力の結果もさることながら、冒頭に画面いっぱいに現れるひまわり畑の輝き、あのまぶしさはいつ見ても不変であり、鑑賞回数を重ねた観客ほど、その情景の美しさに痛みを覚えるだろう。枝葉の描写にばかり気を取られ、太い幹を獲得できずにいる現代の作品にはない語り口、真正面からメロドラマに向き合った堂々たる演出、演技には、本当に修復が必要なものをあらためて教えられる気分だ。

 音楽担当のヘンリー・マンシーニは1960年代にジャズ味をにじませた仕事で評価を得てきた作曲家だが、『ひまわり』の頃は前後にマーティン・リット監督との骨太ドラマ『男の闘い』(1969)があり、ラズロ・ベネディク監督のサスペンス『ナイトビジター』があり、ポール・ニューマン監督との『オレゴン大森林/わが緑の大地』(1971)がありと、新たな音楽的側面を打ち出していた時期。弦楽器を豊かに束ねて刻まれる『ひまわり』の主題曲などはその象徴たる美旋律といえるだろうか。

 1970年代初頭、マルチェロ・マストロヤンニは正妻を持ちながら、カトリーヌ・ドヌーヴと恋愛関係にあった。娘キアラが生まれたのは『ひまわり』の最初の公開から2年を過ぎた1972年のことである。イタリア屈指の名優は正攻法の作品に出演しながら、ある意味『今宵、212号室で』のヒロインのごとく変化球的な恋愛事情の直中にあったともいえ、さらに半世紀を経て娘が自由恋愛を謳歌するような人妻を演じ、その作品が日本人気の高い『ひまわり』とこの日本で上映時期を同じくしているのも、何やら運命的な感触がなくはない。大輪の花を咲かせた親子は今日も映画ファンの心をざわめかせている。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


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