特集・コラム

映画のとびら

2020年6月19日

MOTHER マザー|映画のとびら #062

#062
MOTHER マザー
2020年7月3日公開


ⓒ2020「MOTHER」製作委員会
『MOTHER マザー』レビュー
母と子の間に横たわるのは、光か、闇か

 2014年に埼玉県で発生した17歳の少年による祖父母殺害事件。懲役15年の刑に処された少年の背後には、いったいどんな物語があったのか。これは、実話をモチーフに、少年とその母親の姿をフィクションとして描いた、重く、切ない人間ドラマ。タイトルロールとなる母親役に長澤まさみ、少年にこれがデビュー作となる奥平大兼、そして母親の恋人に阿部サダヲが当たる。監督は『まほろ駅前多田便利軒』(2011)、『さよなら渓谷』(2013)、『日日是好日』(2018)などで知られる大森立嗣。

 定職も持たず、自堕落な生活を送っているシングルマザーの三隅秋子(長澤まさみ)は、息子の周平(郡司翔)を連れて、今日も実家へ金の無心に来ていた。しかし、度重なる借金にすっかり愛想を尽かしている母(木野花)や妹(土村芳)に、すげなく追い返されるだけ。ふてくされ、ゲームセンターで時間をつぶしていると、そこで出会った男・川田遼(阿部サダヲ)と意気投合。すぐにアパートで同棲を始め、時には周平ひとりを置いて、遼とどこかへ消えてしまう有様。やがて、遊ぶ金が尽きると、秋子に思いを寄せていた市役所職員の宇治田守(皆川猿時)に難癖をつけて金をせびろうとするのだが、もみ合いになった際に遼が宇治田を誤ってナイフで刺してしまい、3人は逃亡生活を余儀なくされることに。やがて、秋子は遼の子どもを妊娠。責任を逃れたい遼はひとり、秋子と周平の前から姿を消す。5年後、秋子は17歳になった周平(奥平大兼)、幼い娘(朝田芭路)とともに路上生活者同然の日々を送っていた。

 ダメ母に翻弄されるという点で、是枝裕和監督の『誰も知らない』(2004)を連想する向きもあるだろうか。しかし、母親に突き放され、捨てられる少年(柳楽優弥)の物語と異なり、ここでの長澤まさみの母親は息子をなじりはしても、自身の懐に抱え、決して離さない。

 当座の生活費、遊興費を捻出するためには子どもに嘘をつかせ、泣き落としの道具にまで使う。庇護という発想もない。教育も将来も考えない。自分は好きな男との快楽的な生活に溺れるまま。息子がすぐ横で寝ていようが、お構いなし。平気でオトコに性行為を求める。常識的な見地で眺めるなら、だれもが共感はおろか、嫌悪感さえ抱くであろう母親像は、演出的にも下手な同情を寄せつけない。それでいて、彼女が観客の目を離さず、興味の対象として最後まで残るのは、ひとえに息子のけなげなまでの母への献身にある。なぜ息子は母と歩調を合わせて生きようとするのか。なぜ劣悪な環境からの脱却をはからないのか。

 登場人物への思い入れだけで見たら、恐らく途中で疲弊してしまう。謎解きのつもりで眺めていても杓子定規な答えは出てこない。少なくとも、見る側が「自分の方がこの女よりまだ人間的にマシ」などと、どこか優越的な感情で接していては、どこまでも社会性ゼロの母親を持った子どもの残酷物語にしか映らないだろう。その一面においては、非常に殺伐としていてやりきれない。気持ちがうらぶれる。わかりやすい感動作、メロドラマなどを期待していると、大きく当てが外れることは間違いない。

 一方で、これほど濃密な時間を共有する母と子の姿もなかなかなく、世間の常識と隔絶しているがゆえに、ある種、見事に閉じられた世界、見事に完結した関係性といっていい。この母親は息子を擁護しないが、暴力的な支配もしない。甘えさせないが、子ども扱いもしない。どこか同志的な、対等の位置に置いている気分がある。その情景に運命共同体としての美しさを感じる観客が出たとしても、やはり簡単に否定の声を叫ぶことはできないだろう。その意味では、もしやこれは究極のラブストーリーともいえるのだ。

 多面的な作品とは言い切れない。しかし、見方ひとつで味わい、感触が異なる作品であることは間違いなく、その意味では見る人を選ぶというより、逆に見る側が試されている親子の物語といえる。あなたはここに何を目撃するのですか、何を感じることができるのですか、と。やはり、見応えは小さくない。

 標準的な母性を持ち得ず、動物的なまでの欲に溺れる女性を、長澤まさみは単なる猥褻(わいせつ)なそれに陥ることなく、女性的な魅力を着実にほとばしらせて鮮やか。阿部サダヲも演技巧者であり、無垢なる新人・奥平大兼と互いに役の個性を際立たせた。親子をなんとかケアしようとする児童相談所職員役・夏帆は、どこか物語に平衡感覚、あるいは一服の清涼剤をもたらす役割を担っているのかもしれない。

 7月3日(金)、TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
原題::MOTHER マザー / 製作年:2020年 / 製作国:日本 / 上映時間:126分 / 配給:スターサンズ/KADOKAWA / 監督・脚本:大森立嗣 / 出演:長澤まさみ、阿部サダヲ、奥平大兼、夏帆 皆川猿時、仲野太賀、木野花 ほか
公式サイトはこちら
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あわせて観たい!おすすめ関連作品

(C)2018「日日是好日」製作委員会
DRAMA
タイトル 日日是好日
製作年 2018年
製作国 日本
上映時間 100分
監督・脚本 大森立嗣
出演 黒木華、樹木希林、多部未華子、鶴田真由、鶴見辰吾

大森立嗣という映画作家が描く人間たち

 実話に触発されているとはいえ、映画『MOTHER マザー』(2020)は、あくまで大森立嗣という映画作家による架空の物語である。対象へのにじり寄り方には、常に脚本を自ら書き上げる彼ならではの切り口、志向が明らかにあり、過去の大森作品の延長に今回の作品があるとしても決して無理がない。

 荒戸源次郎のもとで仕上げた監督デビュー作『ゲルマニウムの夜』(2005)からして、一筋縄でいかない人間を描いている。神に逆らうように欲望のままに生きる教護院の青年(新井浩文)に、長澤まさみの母に通じる人物造形を重ねることはたやすい。居場所を持たない若者たちの心のさすらいを描く『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』(2010)なども、今観ると腑(ふ)に落ちる向きが多いのでは? さすらう人間像ということでは『まほろ駅前多田便利軒』(2011)とその続編『まほろ駅前狂騒曲』(2014)も、探偵ドラマとはいえ、作品の方向としても登場人物の在り方としても共通している。

 池松壮亮×菅田将暉による他愛のない会話劇『セトウツミ』(2016)や、社会からおちこぼれた若者たち(YOSHI、菅田将暉、仲野大賀)の哀しきバカ騒ぎを描く『タロウのバカ』(2019)も、やはり根無し草たちの物語として、どこか象徴的。

 秋葉原無差別殺人事件の犯人に苛烈に迫った『ぼっちゃん』(2013)などは、実話の裏側を考察するという点で『MOTHER マザー』の前哨戦に当たるだろうか。『さよなら渓谷』(2013)の真木よう子と大西信満の後ろ暗いカップルにも、長澤まさみと阿部サダヲのキャラクターがにじむ。罪を背負った男の深層にある暴力性を描こうとした『光』(2017)も、このあたりに含まれるだろう。

 それらを前にすると、『日日是好日』(2018)や『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った』(2019)などは一見、異端の大森作品に映るが、心の移ろいを丁寧に描いている点でこれまた人間描写が一貫している。優しい語り口で物語を楽しめる点で、「大森映画」のビギナーにオススメしたい。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 

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