特集・コラム
映画のとびら
2020年7月3日
癒しのこころみ ~自分を好きになる方法~|映画のとびら #064
~自分を好きになる方法~
セラピストに転職した若い女性の奮闘を描く心温まる人間ドラマ。ヒロインに、これが映画初主演となる松井愛莉。ヒロインと心の交流を重ねる元プロ野球選手に劇団EXILEの八木将康。監督は『月とキャベツ』(1996)、『花戦さ』(2017)、『影踏み』(2019)などで知られる名手・篠原哲雄。
ブラックなCM制作会社での勤務に疲弊し、退社願いを出した一ノ瀬里奈(松井愛莉)が、ある日、就職応援フェアの会場で知ったのはセラピストという職業。人気セラピスト・鈴木カレン(藤原紀香)の体験施術に感動した里奈は、その一ヶ月後、新人セラピストとして店舗に立っていた。店長の鮫島(矢柴俊博)をはじめ、エース・セラピストの伊藤さやか(橋本マナミ)、スポーツ施術が得意の西野(秋沢健太朗)、ベテランパートの篠崎(中島ひろ子)など、店舗には親切な仲間がいっぱい。以前の職場とは一転、順調に滑り出したかに見えた仕事だったが、たまたま担当した元プロ野球選手・碓氷隼人(八木将康)の機嫌を損ね、「君のはただの自己満足じゃないのか。全然、届いていない」と厳しい指摘を受ける。意気消沈した里奈は「もっとお客さまのことを知りたいんです」と、バッティングセンターで働く碓氷に積極的にコミュニケーションをはかっていく。一方、ままならない現役復帰への葛藤を抱えながらも、次第に心のささくれがとれ始めた碓氷は、再び里奈に施術を任せるようになるのだった。
基本、いい人しか出てこない。苛立ちやかんしゃくを起こす人間が出てきても、深刻な衝突はない。裏切りもサスペンスも、混乱も悲劇もない。激しい起伏、劇的な展開を求める映画好きなどには、もしかしたらちょっと物足りないかもしれない物語は、逆によくもここまで素晴らしく健康的に仕上げたものとほめ称えるべきだろう。人物設計も時に教育映画を彷彿とさせるほど、見事なほど前向きで、献身的。ひたすら人間の明るい面を追い続ける。まるで、どことなく汚れてしまった現代の観客の心を試すかのように。
技術的な遜色はない。篠原哲雄(開巻からまもなく、ちょい役出演も)の演出は例によってよどみがなく、的確な画面設計と自然な語り口でドラマを滑らかに進める。雑然とした箇所は見当たらない。端的にいって、見やすい。生真面目なヒロイン、ほどよい友情劇、葛藤、和解、そして予想どおりに訪れる大団円と、ストーリー面における「安心」という名のもと、幅広い世代に対応した全方位型の作品を仕上げた。同じ監督作品から質や気分の近いものを探すなら、『ばぁちゃんロード』(2018)あたりだろうか。たった2週間で撮り上げられた製作面の台所事情を思うと、いよいよその職人的手腕に感心させられる。
健康的という点で、松井愛莉のヒロイン役はピッタリ。容姿の美しさはともかく、里奈としての努力が懸命で明快。素直で一直線という役柄の性格がウソに映らない。イマドキ、こんな女性がいるのだろうかという疑問も、彼女の温もり豊かなたたずまいの前に恐らく霧散するだろう。松井愛莉がセラピストを演じているというより、彼女自身がセラピー効果を発しており、もはや彼女が「癒し」そのものであった。こんな可憐で誠実なセラピストがいたら、どんな心のゆがんだ人間だって瞬く間に矯正されるのではないか。
ある場面で、里奈の父親(渡辺裕之)が娘に問う。「マッサージとリラクゼーションはどう違うんだ?」と。この作品で手技指導を担当した館野智也によれば、マッサージは治療行為、リラクゼーションは健康の維持、増進を目的として行われるサービス業とのこと。そういう現代の認識をひとつ習得することが、この映画に接する意味のひとつになっているのではないか。事実、この物語はマッサージの技術向上を描いているわけではない。ほぐすのは、心。我々観客も肩ひじを張らず、その施術にゆったりと身を任したい。
公式サイトはこちら
(C)2016「夏美のホタル」製作委員会
タイトル | 夏美のホタル |
製作年 | 2016年 |
製作国 | 日本 |
上映時間 | 109分 |
監督 | 廣木隆一 |
出演 | 有村架純、工藤阿須加、淵上泰史、村上虹郎、中村優子、小林薫、光石研、吉行和子 |
映画『癒しのこころみ ~自分を好きになる方法~』(2020)はイオンエンターテイメントの配給作品。シネマコンプレックス「ワーナー・マイカル・シネマズ」を前身に持ち、映画興行のみならず、映画製作への出資も折々に重ねている同社だが、近年は配給業務においても目覚ましい足跡を残しつつあり、全国のイオンシネマへ続々と個性的な作品を送り出している。
廣木隆一監督、有村架純主演による『夏美のホタル』(2016)は、配給面の試金石ともいうべき第一歩を飾った青春ドラマだ。山あいのさびれた商店でひと夏を過ごす若い女性、その自己回復の物語は、廣木隆一の一見、静謐(せいひつ)、しかし奥の深い演出が鮮やか。今となっては、テーマ的にどこか『癒しのこころみ ~自分を好きになる方法~』と根っこを同じくする感もあり、いよいよ趣深いところか。
それから3年、イオンエンターテイメントの配給業務は2019年に本格的な動きを見せ始めた。女性の精神的自立だけでなく、家族向け作品や社会派ドラマ、海外&国内の野心的インディペンデント作品など、バラエティーに富んでいる。具体的に作品を並べるなら、以下のラインアップのとおり。
『4月の君、スピカ。』(2019年4月5日公開/共同配給:プレシディオ)
『ダヤンとタマと飛び猫と 3つの猫の物語』(2019年5月10日公開)
『ばあばは、だいじょうぶ』(2019年5月10日公開/共同配給:エレファントハウス)
『新聞記者』(2019年6月28日公開/共同配給:スターサンズ)
『ロイヤルコーギー レックスの大冒険』(2019年10月25日公開)
『ベラのワンダフル・ホーム』(2019年11月8日公開)
『明日、キミのいない世界で』(2020年1月10日公開)
『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』(2020年2月7日公開)
『劇場版 おいしい給食 Final Battle』(2020年3月6日公開/共同配給:AMGエンタテインメント)
コロナ禍でスケジュールの変更が一部に生じたものの、今年は現状、以下の配給作品の公開が待機している。刮目(かつもく)の上、上映のときを楽しみにしていただきたい。
『ファナティック ハリウッドの狂愛者』(9月4日公開/ジョン・トラヴォルタ主演作品)
『Daughters』(9月18日公開/三吉彩花、阿部純子主演の人間ドラマ)
『モンスターストライク THE MOVIE ルシファー 絶望の夜明け』(11月公開/アニメーション)
『小さなバイキング ビッケ』(10月公開/海外アニメーション/共同配給:AMGエンタテインメント)
『砕け散るところを見せてあげる』(近日公開予定/中川大志、石井杏奈主演の青春映画)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。
music.jp(エンタメ総合配信サイト)で関連作品をチェック!
夏美のホタル
4月の君、スピカ。
新聞記者
ロイヤルコーギー レックスの大冒険
ベラのワンダフル・ホーム
ザ・ピーナッツバター・ファルコン
劇場版 おいしい給食 Final Battle