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映画のとびら

2020年7月10日

ライド・ライク・ア・ガール|映画のとびら #065

#065
ライド・ライク・ア・ガール
2020年7月17日公開


©2019 100 to 1 Films Pty Ltd
『ライド・ライク・ア・ガール』レビュー
そして、父と娘はまた歩き始める

 オーストラリア・ヴィクトリア州の州都メルボルンで、毎年11月に開催されている競馬の重賞レースがある。その名もメルボルンカップは、1861年の創設以来、わずか5人しか女性騎手の参加をかなえていない。彼女たちのひとりにして、2015年に唯一、全長3,200メートルのコースをトップで走り抜いたのが当時30歳だったミシェル・ペインである。彼女はどんな日常と努力を重ね、栄光の日を迎えたのか。映画『ライド・ライク・ア・ガール』(2019)は、主人公ミシェル・ペイン役にテリーサ・パーマーを配した感動のスポーツドラマ。プロデュースと監督を務めたのは、パーマーと『ハクソー・リッジ』(2016)で作品を共にし、『ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ』(1998)で米アカデミー賞の助演女優賞候補にもなったレイチェル・グリフィス。彼女にとって、これが長編映画初監督作品となった。

 交通事故により生後半年で母親を失ったミシェル・ペイン(テリーサ・パーマー)は、元競馬騎手にして調教師の父パディ・ペイン(サム・ニール)のもと、10人兄弟の末っ子として、にぎやかな環境の中で育てられた。後に10人中8人が騎手になったペイン家は、文字どおりの競馬フリーク。日常から馬に接し、競馬ごっこをし、競馬トリビアを家族で語り合う環境の中、ミシェルが幼少期から騎手になることを夢見るのは当然のことだった。7歳時にはテレビの取材で「メルボルンカップで勝ちたい」とまで話している。高校生になると、ミシェルは父の指導のもと、本格的に騎手の訓練をスタートさせた。出走前に馬場の状態を確認することを覚えたのも父の影響。父は熱弁する。「スピードだけの問題じゃない。大事なのは忍耐だ。囲まれても諦めるな。突然、目の前に隙間が空く。神の声をよく聞け。隙間はあっという間に閉じる」。最初のレースは15歳のとき。父の調教した馬に騎乗したものの、順位はビリ。ほどなくして実家近くのバララトでのレースには勝ったが、女性プロ騎手のパイオニア的存在だった姉ブリジットの落馬死の悲報も受けてしまう。2年後、父と衝突して家を飛び出したミシェルは、小さいレース出場を重ねながら、G1レースに出るチャンスを待った。やがて、無謀な減量の末に、良馬に乗る機会を得るも、レース直後に落馬。頭蓋骨を骨折し、文字も判読できないほどの重傷を負ってしまう。

 競馬界は完全な男社会。小さい競技では更衣室も待機場所も物置部屋同然の場所。調教師に騎乗をせがんでも、性的ハラスメントを当たり前のように受け、大きいレースでは男性騎手に力負けするとの偏見も消えない。その劣悪な環境を打破し、運命を切り拓いていく主人公の反骨精神が成功譚の痛快に一役買った。ここにはスポーツ映画のジャンルに場所を借りた女性映画の側面がある。女性の権利、社会的自立をうながすメッセージがある。その聡明にして力強い姿勢は、最近の作品ではたとえば『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2019)にも似て、あわせて楽しむのもきっとオツだろう。

 スポーツ映画としても悪くなく、たとえばレースにおける騎手同士のののしり合いなど、描写としてスリリングこの上ない。いいコースをいかに確保するか。「隙間」をめぐる攻防は厳しく、時に落馬事故を誘う状況などに、どこか格闘技の様相を感じる向きも多いはず。女性騎手への偏見もかくや、である。

 一方で、これは結果が最初から見えている作品でもあった。史実どおり、ミシェルは数々の苦難に打ち勝ち、オーストラリア最高峰のレースを制する。当然、物語上の意外性は小さい。なのに、ドラマとしてまったく不足を感じさせないのは、やはり家族をめぐる描写が十二分にめぐらされているためであろう。とりわけ、父親との交流に関しては徹底しており、ヒロインの人格、騎手としての「土壌」を我々は発見する。反発しながらも、ひそかに互いを気遣う父と娘それぞれの姿に、心を動かされない者はいないのではないか。ミシェルの実父パディ・ペイン本人は、完成した映画を見て「ラストシーンがよかった」とこぼしたという。子を思う父ならではの発言だろう。そこには確かに心を洗われる家族映画の瞬間が待っている。

 父親を演じたサム・ニールの絶妙な父親ぶりも捨て置けない。元騎手という役だが、ニールは映画『オーメン/最後の闘争』(1981)で最高の乗馬を見せていて設定に無理がない。また、ニュージーランドで育った彼にとって出世作といえば『わが青春の輝き』(1979)であり、同作品のヒロインを演じたジュディ・デイヴィスがどことなく娘役のテリーサ・パーマーに雰囲気が似ていて興味深い。両者に加え、監督のレイチェル・グリフィスもオーストラリア出身。ご当地ならではの空気感が心地よい。

 ミシェルが親友同然に思っているダウン症の兄スティーヴィー役には、なんとスティーヴィー・ペイン本人が当たっている。とても素人とは思えない彼の自然なたたずまいは、紛れもなくこの作品のもうひとつの宝であり、これまた監督グリフィスの英断と演出力を裏打ちするものであった。

 この映画は美しい。風情豊かに切り取られたオーストラリアの情景も、レース描写も、そして信仰心厚いペイン家の結束の強さも。払い下げの救急車に全員が乗り込んで教会へ向かう彼らはみずみずしいほどにほほ笑ましく、そんな一家のアイリッシュ的背景を汲み取り、折々にティン・ホイッスルを生かして作曲されたデヴィッド・ハーシュフェルダーの音楽もまぶしい。あらゆる要素を見事に束ねた演出はダレ場をほとんど持つことなく、流れるように観客を充実のクライマックスへ運んでくれる。幸運だけじゃない。もちろん、運だけではできない。まこと、レイチェル・グリフィスは素晴らしい監督デビューを飾った。

7月17日(金)より全国ロードショー
原題::Ride Like A Girl / 製作年:2019年 / 製作国:オーストラリア / 上映時間:98分 / 配給:イオンエンターテイメント / 監督:レイチェル・グリフィス / 出演:テリーサ・パーマー、サム・ニール
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文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 

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