特集・コラム
映画のとびら
2020年8月7日
ハニーボーイ|映画のとびら #069
『トランスフォーマー』(2007)、『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』(2008)、『イーグル・アイ』(2008)などの話題作に連続出演し、一時は「スピルバーグの秘蔵っ子」とまで騒がれた俳優シャイア・ラブーフの子役時代の実体験をもとにした人間ドラマ。ラブーフ自身が脚本を書き、彼の友人にしてドキュメンタリー/CM畑で活躍するイスラエル出身の女性監督アルマ・ハレルが本作で長編劇映画デビューを飾った。彼女からの提案を受けて、ラブーフは劇中で主人公の父親も演じている。2019年1月に催されたサンダンス映画祭では審査員特別賞を受賞している。
物語は、主人公が22歳時の青年期から始まる。その名もオーティス(ルーカス・ヘッジス)は押しも押されもせぬ人気俳優だったが、同時に私生活は酒浸りで自堕落な日々を送っていた。ある晩、交通事故を起こした彼は、更正施設へ担ぎ込まれるや、カウンセラーのモレノ博士(ローラ・サン・ジャコモ)から「逃げ出したら4年の服役」と通達される。実は、オーティスにとって、これが3度目の飲酒トラブル。モレノは彼に「PTSD(心的外傷後ストレス障害)の兆候がある」と診断し、暴露療法を勧める。それは、今までの思い出をノートにつづっていく作業だった。オーティスの記憶は10年前にさかのぼる。1995年、12歳のオーティス(ノア・ジュプ)はテレビドラマの人気子役だった。街では常に衆目を集める存在だったが、実生活では酒とクスリにおぼれた父親ジェームズ(シャイア・ラブーフ)が母と離婚。それ以来、ろくに学校にも通わず、ドラマの出演料は父との安モーテル生活にすべて食いつぶされていたのだった。
題名の「ハニーボーイ」とは、ラブーフが少年時代に父親からつけられていたニックネームのこと。実体験をもとにフィクションの形で提示される物語は、平たくいえばダメ親父とその息子の交流劇であり、12歳時の日常を軸にしつつ、25歳時の主人公の視点、生活が折々に対比的に挿入される形式をとっている。映画やテレビの撮影現場も登場するが、大半がモーテル、ないしは更正施設を舞台にした物語で、それに伴う主人公の内面描写と周辺人物との会話劇がほとんど。とりわけ、父親との確執、それも後々、主人公に心的外傷を引き起こす原因にもなる描写が中心になるだけに、重苦しい気分から逃れるのは難しい。夜間や薄暗い室内の描写が多いのも、どこか象徴的だろう。もっとも、アルマ・ハレルの演出はやはりというべきか、どこか抑えの効いた視点が作品を支配しており、父子の関係をいたずらに激化させず、安易な「泣かせ」にも走らない。結果、最後の最後で登場人物たちの夜明け=「真情」をにじませる。その慎ましさ。時にさりげなさ過ぎて、実は父親がピエロ業を得意としている人間という事実をやり過ごしそうになるほどだ。
わかりやすい娯楽性を求めるなら、ゴシップ感覚だけで作品に接する手もあるだろう。実際、これは子役時代に口汚いステージパパと貧乏生活を送った人気俳優の回顧録である。インディ・ジョーンズの息子を演じた俳優にはこんな過去があった。その過去が知らず知らずのうちに心的外傷を生んだ。成功したにもかかわらず、警察沙汰になって施設へ放り込まれた。そして、収監中に、思い出をめぐらせるうちに映画のシナリオを作る運びになった。ああ、そうなのか、と。そんな野次馬根性で見てももちろん楽しい。ただ、この父子の間には、いわゆる虐待はなかった。ドロドロの転落劇もなかった。
一部には長澤まさみ主演の『MOTHER マザー』(2020)を連想する観客もいるだろうか。一種の「共依存」の気分がこの父子にも漂っている。しかし、この映画に最悪の事態は訪れない。心の回復劇として、この映画はラストで明るい兆しを見せる。温もりのゴールがある。
愛憎劇の体裁をとりながら、その実、「憎」をほとんど描いていないあたりも大きな特徴だ。実際、父子の間に憎しみの感情などなかったろう。痛烈な「愛情劇」だけがあった、とするべきか。愛し合っているのに行き違ってしまう。憎んでもいないのに、罵声を浴びせてしまう。結果、それが歪みとなって少年の心に傷を残した。ラストに漂う「温もり」に、複雑な気分を抱く観客もいるはずだ。同時に、エンド・クレジットで紹介される少年ラブーフとその父親の写真の数々に熱い感慨を抱く人も多いだろう。
シャイア・ラブーフは本当に前頭部が薄いのではないかと思わせるような外見の父親を好演。意識していなければ、途中まで彼だと気づかない観客もいるのではないか。青年期のオーティスを演じるルーカス・ヘッジスは『ある少年の告白』(2018)、『ベン・イズ・バック』(2018)に続くナイーブな「施設の人」の役であり、このままタイプキャストに陥ってしまうのではないかと恐れるほど、いよいよ内面表現の巧者になりつつある。12歳時のオーティス役ノア・ジュプもまたいい表情を持った少年俳優。女性観客にとっては、その無垢なる存在感を目に焼き付けることが最大の仕事かもしれない。また、保護観察官モレノ役で脇を固めるローラ・サン・ジャコモは『プリティ・ウーマン』(1990)でジュリア・ロバーツの友人娼婦を快活に演じた人。すっかりベテランの貫禄をたたえた彼女を見るのも映画ファンの楽しみだろう。
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タイトル | インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国 (原題:Indiana Jones and the Kingdom of the Crystal Skull) |
製作年・製作国 | 2008年・アメリカ |
上映時間 | 123分 |
監督 | スティーブン・スピルバーグ |
出演 | ハリソン・フォード、ケイト・ブランシェット、カレン・アレン、レイ・ウィンストン、ジョン・ハート、ジム・ブロードベント、シャイア・ラブーフ |
映画に描かれるとおり、シャイア・ラブーフはテレビを中心に早くから売れていた子役だが、映画初主演を果たした『グレイテスト・ゲーム』(2005)は見ておきたいところ。実在したアマチュア・ゴルファーの活躍を描く物語で、監督は『エイリアン2』(1986)、『アポロ13』(1995)、『ツイスター』(2006)への出演で知られる俳優ビル・パクストン。痛快なクライマックスに思わず心が熱くなる秀作だ。
スピルバーグのお眼鏡にかなって出演が決まった『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』(2008)を真ん中に置いて、前後に『トランスフォーマー』(2007)、『イーグル・アイ』(2008)というスピルバーグのプロデュース作品への出演をかなえた頃が現在までのラブーフの最盛期だろう。製作が待機中の『インディ・ジョーンズ』の新作に出演予定はないとのことだが、恐らくこれからは派手な大作で主役を張るというより、渋い脇の芝居を見せる機会が多くなっていくのではないか。
家族絡みで難事を経験した子役出身俳優といえば、やはりマコーレー・カルキンが有名。『ホーム・アローン』(1990)の輝きが大きすぎたゆえ、反動も大きかった。最近は監督業にも手を染めているとのこと。ちなみにシャイア・ラブーフよりも6歳ほど年長者である。今後、どうなっていくのだろうか。
子役で成功した人ももちろん少なくない。ジョディ・フォスターなど、その最たる例だろう。14歳時に出演した『タクシードライバー』(1976)、『ダウンタウン物語』(1976)あたりで華々しく名を売ったが、ローティーンの頃はディズニーの実写映画でいくつか端役をこなしている。そのうちの一本、ジェームズ・ガーナー主演の『リトル・インディアン』(1973)ではヴェラ・マイルズの娘役で愛らしい姿を披露。日本でのDVD発売が長く待たれている作品である。
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。
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