特集・コラム

映画のとびら

2020年8月14日

ディヴァイン・フューリー/使者|映画のとびら #070

#070
ディヴァイン・フューリー/使者
2020年8月14日公開


© 2020 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.
『ディヴァイン・フューリー/使者』レビュー
すごいぜ! スティグマータ・ファイヤー!

 総合格闘技の若きチャンピオンがベテラン神父とタッグを組んで悪魔と闘う韓国産アクション・ファンタジー。古典的な悪魔祓い(あくまばらい)儀式を戦いの基軸にしつつ、派手な立ち回り、デジタル特殊効果をふんだんに絡めての新感覚超常現象スリラーともなっている。主人公の格闘技選手に『ミッドナイト・ランナー』(2017)、『パラサイト 半地下の家族』(2019)、テレビドラマ『梨泰院クラス』(2020)のパク・ソジュン。ベテラン神父に『ホワイト・バッジ』(1992)、『眠る男』(1996)、『シルミド/SILMIDO』(2003)の韓国映画界の至宝アン・ソンギ。悪魔の手先ジシンにテレビドラマ『マッド・ドッグ 失われた愛を求めて』(2018)、『私の国』(2019)の新進俳優ウ・ドファン。監督は『ミッドナイト・ランナー』に続くパク・ソジュンとの顔合わせとなるキム・ジュファン。

 「死神」の異名をとるほどの無敵ぶりを誇る総合格闘技のウェルター級チャンピオン、パク・ヨンフ(パク・ソジュン)は、アメリカでの興行後の飛行機内で、右手の手のひらからいつの間にか血があふれ出ていることを知る。医師は鋭利な刃物か何かでできた傷ではないかと推察するが、悪夢のたびに血は吹き出すばかり。霊感を持つ付き人の姪の所見によると、ヨンフには多くの悪霊がまとわりついているという。事実、ヨンフの頭の中にはいつも「神に復讐せよ」とささやく声が響いていた。20年前、怪しい男の検問突破で瀕死の重傷を負った警察官の父親は、少年ヨンフの神への願いもむなしく世を去っている。それ以来、彼は信仰心を憎しみに変える日々を送っていたのだ。姪の指示に従い、「南方の十字架」を訪ねてみると、そこには危険な除霊中のエクソシスト(悪魔祓い師)、アン神父(アン・ソンギ)の姿が。間一髪、彼の窮地を救ったヨンフは右手の傷が「キリストにまつわる聖痕(せいこん)ではないか」と説かれ、以後、徐々に神父と行動を共にするようになる。その果てには、悪魔を崇拝する巨悪集団「闇の司教」と、そのリーダー、ジシン(ウ・ドファン)との激しい戦いが待っていた。

 題名の「ディヴァイン・フューリー」を日本語訳するなら、「神の怒り」「聖なる怒り」などとなるか。神を強く信じ、愛するがゆえに憎しみも募った、との解釈から、右手に聖痕(スティグマータ)を持つ主人公は、キリスト教的オカルト・スリラーの体裁の上では無理がない。そもそも、キリスト教徒が国民の3割以上を占めるという韓国においては、どこか西洋的な設定に映る物語も想像以上に自然なのだろう。

 エクソシズム=悪魔祓いの描写も、だから、堂に入っている。聖書を音読しながら、聖水をまき、取り憑いた悪魔の名を尋ねるくだりなど、まさに王道のバチカン仕込み。教則通りの手順を踏むことで悪魔は本性をさらけ出し、キリスト教世界ではよくある光景かもしれないが、描写としては十分にホラーだろう。悪魔祓いの儀式自体は『エクソシスト』(1973)とその亜流作品を地でいく1970年代的展開。イマドキのCG処理も散見されるが、悪魔崇拝の親玉などには肉体全体に手の込んだ爬虫類風特殊メイクが施されており、それがまた80年代的アナログ恐怖映画の気分も混在させて、なかなかに味わい深い。

 キム・ジュファンの演出は懇切丁寧。超常現象の要素をふんだんに盛り込んでいるとはいえ、全体の尺の大半を主人公の心の揺れに費やしており、ショッキングな流血などをすぐに見たい観客にはもどかしいほどだろう。つまるところ、これは神に裏切られたと思い込んだ男が再び信仰の道に帰っていくという心の回復劇であり、その地味なまでの変遷にドラマの重点があるとするなら、実は軽々しくホラー映画だと断じることなどできない。事実、この映画はホラーと呼ぶにはあまりにユニークな展開を終盤に迎える。

 およそ1時間45分ほど経過したあたり。いつまで引っ張るんだと、見る側の気を散々持たせて、やっとというか、いよいよというか、本格的に物語のエンジンがかかる。重傷を負ったアン神父を残し、主人公ヨンフが悪の総本山に乗り込んでいく。飛び出してくる手下のチンピラたち。目を赤く光らせて恐ろしげだが、なにしろ主人公は格闘技の世界チャンプ。ハンパな雑魚がケンカでかなうわけがない。主人公も聖書など読んでいるヒマなどないわいと言わんばかりに、景気よく手技足技で悪漢を粉砕していく。しかも、右手には相手にふれるだけで炎が立ち上るという、ありがたい聖痕まで刻まれているのだ。さわる→燃える→聖水をかけてもっと燃える、という仕組み。気がつけば、主人公の右手からは炎が上がりっぱなし。こうなると、悪魔の手下どもに火がつくだけで楽しい。打て、聖痕パンチ! 燃えろ、スティグマータ・ファイヤー! そして、ついに痛快なヒーロー・アクションへと変貌したドラマは、あっという間に映画を終わらせてしまうのである。まるで古い「007」シリーズのような続編を期待させる字幕予告をラストに残して。

 それにしても、花火の上がるのが遅すぎるんじゃないか、と不満をもらす貴兄貴女も、役者陣の顔ぶれに心は十分うるおうのではないか。主人公を演じるパク・ソジュンと仇敵役のウ・ドファンは、女性観客の心を必ずや弾ませる韓国美男。年季の入った映画ファンならアン・ソンギがベテラン神父を演じているだけで満足だろう。古くは「韓国の高倉健」と称された彼も、ここでの役割、年齢設定を思うと、もはや「韓国のマックス・フォン・シドー」と呼ぶべきか。慈愛と貫禄に満ちて、見ているだけで涙が出そうだ。

 8月14日(金)シネマート新宿ほか全国ロードショー
原題::사자(英題:The Divine Fury) / 製作年:2019年 / 製作国:韓国 / 上映時間:129分 / 配給:クロックワークス / 監督・脚本:キム・ジュファン / 出演:パク・ソジュン、アン・ソンギ、ウ・ドファン、チェ・ウシク
公式サイトはこちら

 

あわせて観たい!おすすめ関連作品

(C) 1973 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.
HORRORTHRILLER
タイトル エクソシスト ディレクターズカット版
(原題:The Exorcist)
製作年 1973年
製作国 アメリカ
上映時間 132分
監督 ウィリアム・フリードキン
出演 エレン・バースティン、リンダ・ブレア、ジェーソン・ミラー、マックス・フォン・シドー

悪魔祓い映画でヒンヤリしよう

 やはり『エクソシスト』(1973)の爆発的ヒットは大きかった。世界中にオカルト・ホラーのブームを巻き起こし、『オーメン』(1976)のような聖書ベースの本格的な悪魔降臨物語も生み出したほか、車に悪魔が取り憑いて疾走する『ザ・カー』(1977)や、先住民の悪霊が女性の体に入り込む『マニトウ』(1978)、悪魔が女性を妊娠させる『デアボリカ』(1977)など枚挙にいとまがない。

 悪魔祓いを題材とした映画は『エクソシスト』の成功以来、ホラー映画の既定路線として根付いた感がある。中でもスコット・デリクソン監督の『エミリー・ローズ』(2005)などは衝撃的なまでに成功した一本だろう。悪魔祓いに失敗したという実話の映画化。一種の法廷劇ではあるが、主演のジェニファー・カーペンターの憑依演技がすごすぎて、見ていて気が遠くなるほど。

 アンソニー・ホプキンス主演の『ザ・ライト エクソシストの真実』(2011/ミカエル・ハフストローム監督)は、悪魔祓いを行う師弟の姿を実録的に追ったもの。バチカンでいかに真面目に悪魔祓いが業務のひとつとして真面目に考えられているかがよくわかる作品。

 フェデリカ・ディ・ジャコモ監督のイタリア映画『悪魔祓い 聖なる儀式』(2016)は、シチリアで悪魔祓いを日々、行っている神父の日常を描いたドキュメンタリー。見て納得、知って感心の佳作。上掲『ザ・ライト エクソシストの真実』とあわせて見ると、『エクソシスト』のメリン神父(マックス・フォン・シドー)も決して映画のでっち上げではないことがあらためて理解できるだろう。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 

OPカード会員ならmusic.jpで「あわせて観たい」の作品をおトクに視聴できます

OPカードがあれば最新映画や単館系話題作がおトクに楽しめます

TOHOシネマズ海老名

映画を鑑賞すると小田急ポイントが5ポイントたまります。ルールはたったの3つ!

イオンシネマ

OPカードのチケットご優待サービスで共通映画鑑賞券をおトクにご購入いただけます。

新宿シネマカリテ

当日券窓口でOPカードをご提示いただくと、大人(一般)300円引き、学生(専門学校、短大、大学、大学院)200円引きとなります。

新宿武蔵野館

当日券窓口でOPカードをご提示いただくと、大人(一般)300円引き、学生(専門学校、短大、大学、大学院)200円引きとなります。

music.jp800「OPカード特別コース」