特集・コラム

映画のとびら

2020年9月10日

喜劇 愛妻物語|映画のとびら #075

#075
喜劇 愛妻物語
2020年9月11日公開


©2020『喜劇 愛妻物語』製作委員会
『喜劇 愛妻物語』レビュー
実は「喜劇 愛夫物語」

 映画『百円の恋』(2014)で日本アカデミー賞最優秀脚本賞に輝き、注目を集めた脚本家・足立紳が『14の夜』(2016)に続き監督を務めた長編第2作。自伝的小説『乳房に蚊』(2016年、幻冬舎刊/2019年に『喜劇 愛妻物語』に改題)を原作に、恐妻家の脚本家が妻子とともにおこなったシナリオハンティングのドタバタ旅を笑いと涙の中に描く。第32回東京国際映画祭では最優秀脚本賞を受賞。

 夏の日、その家族は自宅で川の字になって寝ていた。売れない脚本家・柳田豪太(濱田岳)の目の前には、真っ赤なパンツをはいた妻・チカ(水川あさみ)の大きなお尻があった。それを見つめる豪太の心は穏やかではない。結婚10年目。ほぼセックスレスの状態に陥っている妻との性交渉は、途方もなく高い壁だったからだ。マッサージにかこつけてさりげなくすり寄ってはみたものの、案の定、一撃を見舞われ、はねのけられる始末。妻の収入に頼ってばかりの豪太はチカに強く出られる立場にないのだ。そんなある日、旧知のプロデューサーから、以前に提出した「四国にいる高速でうどんを打つ女子高生」のプロットが映画化の可能性があると言われた豪太は、香川へ取材旅行に出かけることをチカに提案。現地での運転手要員として駆り出されることになったチカは渋々、了解するも、電車移動は青春18きっぷ、宿までは30分かけて徒歩移動、ホテルは娘のアキ(新津ちせ)を加えた3人でシングル室利用など、徹底した節約態勢。切り詰めきった旅程に不満を漏らす豪太だったが、隙を見ては懲りずにチカとの性交渉を試みるのだった。

 仕事もろくに形にできないのに欲求不満を中学生のように丸出しにする夫、そんな夫に苛立ち容赦ない悪口雑言を浴びせかける妻。倦怠期の夫婦が延々と繰り広げる丁々発止は、一見、身もフタもない夫婦げんかドラマに映るかもしれないが、節々に夫婦漫才のような軽みをにじませて最後まで飽きさせない。足立監督が「ほぼ実話」というだけあって、台詞に妙に実感がある。作り出された、というより、最初から「存在」していた。そして、映画製作の準備を重ねる過程で、より磨かれた、のだろう。脚本として用意された「言葉の応酬」は撮影現場で俳優を通して息を吹き返し、ライブを見るかのような熱を観客に放った果てに堂々たる普遍性を帯びていく。どこか特殊な脚本家夫婦の実話なのに、どこにでもあるような僕らの風景へと転じていくその不思議。新作落語が急速に定番古典に昇華するような臨場感。見事である。

 「落ちぶれているダメな人間や家族を描くのは足立の得意分野」と語ったのは『百円の恋』などで足立と組んできた武正晴監督である。まして本作品では自身の物語を編んでいるわけだから、テンポ感においても空気感においても、描写の説得力がハンパではない。再現を超えた再現を獲得できた、というべきか。「さらけ出す」「開き直る」というような表現が裸足で逃げ出すほどである。同時に、映画の構成がどこかロードムービーであることも、夫婦の物語に感情的な後押しをかなえている部分がある。どんどんエスカレートする妻から夫への怒りの罵倒はどこに着地するのか。夫の涙ぐましいほどの性的目標への努力はかなうのだろうか。「旅」の経過とともに、観客も「同伴者」として笑い、呆れ、ハラハラし、やがて共感の精神的ゴールを迎えていく。そのプロセスに無理は感じられない。後味もすがすがしい。

 基本的に、夫のモノローグで始まり、夫の物語として進む。「セックス難民」のごとき体たらくだが、それもひとえに妻への愛情ゆえ、ということで、題名も『愛妻物語』。では、妻は単なる鬼嫁に過ぎないかというと、そんなことはない。夫にダメを連呼するのは、ダメをなんとかしてほしいため。ダメをなんとかできると、どこかで信じているため。なかなか性交渉に及ばないのは、きっと簡単に甘えさせないため。そう、女性の側から見れば、これは紛れもなく「愛夫物語」。性的満足を第一に求める夫に比べて、なんと純愛路線か。気絶するほど汚い言葉の向こうに、光が見える。般若の彼方に菩薩が見えてくる。

 役者陣の個性も輝いている。濱田岳が見せる精神を逆なでするヘラヘラ笑い=ダメ人間ぶりの驚くほどの自然、監督の要望で5kgも増量し迫力のお尻=実在の毒舌妻を体現した水川あさみの覚悟。小さい物語だからこそ、持って生まれたキャラクターが生きた、弾けた。かつて行定勲監督の『今度は愛妻家』(2010)で恋人役を演じた両者は、今回の本格的共演で令和に冠たる名物夫婦へとさらに駒を進めた。

 9月11日(金)全国ロードショー
原題::喜劇 愛妻物語 / 製作年:2020年 / 製作国:日本 / 上映時間:117分 / 配給:キュー・テック/バンダイナムコアーツ / 監督・脚本:足立紳 / 出演:濱田岳、水川あさみ、新津ちせ、大久保佳代子、坂田聡、宇野祥平、黒田大輔、冨手麻妙、河合優実、夏帆、ふせえり、光石研
公式サイトはこちら
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あわせて観たい!おすすめ関連作品

(C)2016「14の夜」製作委員会
青春COMEDY
タイトル 14の夜
製作年 2016年
製作国 日本
上映時間 114分
監督・脚本 足立紳
出演 犬飼直紀、濱田マリ、門脇麦、和田正人、浅川梨奈、健太郎、青木柚、中島来星、河口瑛将、稲川実代子、後藤ユウミ、駒木根隆介、内田慈、坂田聡、宇野祥平、ガダルカナル・タカ、光石研

足立紳の私小説的映画世界

 そもそも足立紳は、自身のプライバシーを何かと創作物ににじませてきた人。小説『乳房に蚊』『14の夜』『それでも俺は、妻としたい』は実生活を活字世界に反映させたもので、そのうちの『14の夜』は本人の監督で2016年に映画化されている。足立にとっては監督デビュー作でもあった。

 エッチなことで頭がいっぱいになる同作品の鳥取の中学生は、もちろん『喜劇 愛妻物語』の主人公・柳田豪太に通じる自身の分身。私小説というのは、ある意味、世界のどこよりも日本で最も盛んな文学スタイルといえるが、足立のそれは虚構が多少混じっていたとしても、精神的には私小説という以上に「実録」というべきものかもしれない。ただ、生臭さよりも笑いが際立ってくるところがこの人らしいところでもあり、その意味では映画的な幸福を自ずと持ち得ている人物ともいえる。

 脚本参加作品では武正晴監督の『嘘八百』(2018)にも注目しておきたい。佐々木蔵之介、友近、前野朋哉の3人が演じる贋作人一家は、実は足立の家族をモデルに描かれたもの。一家の独特の空気にふれ、中井貴一演じる古美術商が気持ち悪がるという設定は、どこか自虐的な笑いをたちのぼらせていて絶妙。利休の幻の茶器をめぐる喜劇としてもなかなかの出来であり、塚地武雅、芦屋小雁、坂田利夫、木下ほうか、浜村淳ら関西ゆかりの喜劇人、俳優の芝居がまた痛快。続編『嘘八百 京町ロワイヤル』(2020)ともども、独自の世界観を楽しんでいただきたい。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 

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