特集・コラム

映画のとびら

2020年9月18日

Daughters|映画のとびら #076

#076
Daughters
2020年9月18日公開


(C)「Daughters」製作委員会
『Daughters』レビュー
さわやかな「これからの風景」

 『ダンス ウィズ ミー』(2019)、『犬鳴村』(2020)の三吉彩花と、『孤狼の血』(2017)、『ソローキンの見た桜』(2019)の阿部純子。同じ事務所に所属する人気女優ふたりの顔合わせで描く友情ドラマ。思いもしない妊娠をめぐって、それぞれの心の揺れをおよそ10カ月にわたって描いていく。監督は、ファッションイベント演出家にして映像作家の津田肇。これが長編監督デビュー作となる。

 東京は中目黒にある目黒川沿いの部屋で、ルームシェアをして暮らすふたりの女性がいた。ひとりはイベントデザイナーの堤小春(三吉彩花)、もうひとりはファッションブランド広報の清川彩乃(阿部純子)。職業の傾向が近い彼女たちは、マラソンを日課にしたり、仕事のあとの呑み会も一緒に参加したりするほど、気の置けない友人同士。そんな仕事にも遊びにも充実した時間を送っていたふたりに変化が訪れたのは、5月のある日のこと。昼食時に彩乃がいきなり妊娠を告白してきたのだ。問い詰めても相手の名前は語らず、シングルマザーとして子どもを育てるつもりだ、とも。突然の「事件」に戸惑う小春だったが、やがて彩乃の意思を尊重し、来る出産のときに備えて協力をしていくことにする。

 妊娠した者、それを見守る者、それぞれの姿が描かれるが、どちらかといえば三吉彩花演じる見守る側・小春の視点に重きがある。そもそも監督の津田肇が妻との経験をもとに生み出した物語であり、三吉の立場に津田の心情が重なっていることは確か。したがって、友人関係以上に、一種の父性的な気分をそこに読み取る観客があっても不思議ではない。一方で、事実を踏襲するなら男性であるべき人物を女性に置き換えた意味こそ重要ともいえ、同性の友人だったら妊娠という現実にどんな心理となり、どんな行動をとるのか。そんなもうひとつの状況を仮想再現した作品という見方もできる。あるいは、性別の関係なく、妊娠という契機に当人とその友人がどういう立場をとるのかを描いたショーケース的作品といえるかもしれない。

 女性ふたりを主人公にしている仕掛けを持つ点では、女性映画というカテゴリーに入る作品だろう。とても男性の監督が脚本まで仕上げた作品とは思えない感覚が随所にある。では、男性が立ち入ることができない世界ばかりが広がっているかといえばそうでもなく、先述のとおり、三吉演じる小春に感情を重ねやすい点がひとつ大きい。加えて、感情をぶつけ合うような表現がしつこくない。繊細ではあるが、深刻に行き過ぎない。必要以上に感情的な深掘りもしない。ある意味、ドライな作風の映画ともいえるだろうか。

 特徴的という点では、主人公ふたりが「中目黒の住人」という部分に特殊な情景を発見する観客も多いのではないだろうか。「事件」以前の主人公たちの生活は、なんとも絵に描いたようなチャライ業界風景である。監督自身の体験もそうだったのかもしれないが、そんな一見、地に足が着いていない女性陣が妊娠という機会に自分を見つめ直していくという構造は、華々しい職業との落差があるゆえに効果的である。

 これが長編映画初監督となった津田肇の演出は、無駄なショットも少なく、カット割りも急かずゆるませずの「上手い」手さばき。物語自体は妊娠以外、ほぼ事件が起きず、どこかありきたりの葛藤劇のように感じる向きがあるかもしれないが、映像センスがこれに勝った。ファッショナブルだけれども、軽薄にならない。凝ったルックで攻めても、鼻につかない。いい塩梅でオシャレである。ともすれば教育映画のように重く、説教臭くなる題材を、青春グラフィティー風にまとめている部分もあり、同様のシングルマザーが増えるかもしれない今後を考えると、ラストなどは未来予想図として、とてもさわやかな「これからの風景」だろう。そんな後味のよさがこの映画の最良の部分かもしれない。

 もはや身体そのものが「ファッション」ともいえる三吉彩花は、業界人の雰囲気を出すだけでなく、一個の女性としての「体臭」をしっかり出している。もしかしたら映画初主演作『旅立ちの島唄 ~十五の春~』(2013)以来の、シリアスドラマにおける「浮世離れしない人間味」がここにはあるかもしれない。一方、彩乃役の阿部純子は吉永淳名義時代から実力を買われている人だが、ここでも存在感豊かに、それでいて全体のバランスに配慮しての「覚悟」の芝居を見せて好感を損なわない。それぞれ小春、彩乃として後半、沖縄へのひとり旅、実家への妊娠報告を行うシーンを見せるが、いずれもこの映画の白眉といえるだろう。演出的にも主人公ふたりに確かな人間性、生活感をもたらす結果となっており、題名の「Daughters」に込められた「女性たちがつなぐ未来」への思いとあいまって、やはり魅力的だ。

 9月18日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
原題::Daughters / 製作年:2020年 / 製作国:日本 / 上映時間:105分 / 配給:イオンエンターテイメント・Atemo / 監督・脚本:津田肇 / 出演:三吉彩花、阿部純子、黒谷友香、大方斐紗子、鶴見辰吾、大塚寧々
公式サイトはこちら
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あわせて観たい!おすすめ関連作品

(C) 1994 UNIVERSAL STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.
COMEDY
タイトル ジュニア
(原題:Junior)
製作年 1994年
製作国 アメリカ
上映時間 110分
監督 アイヴァン・ライトマン
出演 アーノルド・シュワルツェネッガー、ダニー・デヴィート、エマ・トンプソン、フランク・ランジェラ

妊娠をめぐる騒動

 妊娠はどんな人にとっても人生の一大事。当然、映画の題材になることも多い。

 ジェイソン・ライトマン監督、エレン・ペイジ主演の『JUNO/ジュノ』(2007)は、うっかり妊娠してしまった16歳の少女が里親探しを始める物語。シリアスな問題をコミカルな演出で鮮やかに切り取った秀作。エレン・ペイジを一躍、有名にした作品でもある。

 クリス・コロンバス監督の『9か月』(1995)では、ヒュー・グラント演じる小児精神科医が恋人(ジュリアン・ムーア)の妊娠に戸惑う。パトリック・ブラウデ監督の『愛するための第9章』(1993)のリメイクだが、より軽妙なタッチで事の顛末を追った佳作だ。

 日本映画では石井裕也監督の『ハラがコレなんで』(2011)を見ておきたいところ。妊娠9カ月でお腹の子の父親と別れた妊婦(仲里依紗)のたくましさが光る好編だ。

 妊娠の大変さを男が身をもって学ぶ作品といえば、アーノルド・シュワルツェネッガー主演のコメディー『ジュニア』(1994)がある。男が母性に目覚めていくという点では『Daughters』(2020)とはある意味、正反対の位置にあるかもだが、男性(マルチェロ・マストロヤンニ)の想像妊娠で笑わせるジャック・ドゥミ監督のフランス喜劇『モン・パリ』(1973)共々、一度は見ておきたい作品だろう。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 

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