特集・コラム
映画のとびら
2020年11月4日
ホテルローヤル|映画のとびら #086【伊藤沙莉・単独インタビュー】
――映画『ホテルローヤル』では、物語の中盤、45分ほど経過された時点で、重要な役割を持って登場されますね。そのタイミングから僕は「45分の女」と呼んでいるのですが。
伊藤:あっははは! いいですね、「45分の女」(笑)。出番としては短めなんですけど。
――沙莉さんが演じられた高校生・佐倉まりあは、家庭での居場所を失い、教師の野島亮介(岡山天音)と、ラブホテル「ホテルローヤル」にやってきます。そこでまりあが起こす行動、事件がホテルの経営者・田中雅代(波瑠)に与えた影響は小さくありません。ホテルの利用客の中ではかなり大きな役割を担ったキャラクターでしょう。
伊藤:演じているときは、まりあがそこまでキーになるキャラクターだとは意識していなかったんですけど、物語の中で大きなことを起こす役を演じられるというのはとてもうれしいですし、ありがたいなと思いました。
――映画自体、どこか女性向きといいますか、繊細なタッチで人間を追った作品ですね。
伊藤:いろんな弱い人たちが出てくる映画ですよね。なんとか踏ん張って一所懸命生きている人たちが出てくるんですけど、とにかくみんな、愛に飢えている。みんな何かを抱えていて、でも、それを見せないように生きている。そういう人たちが丁寧に描かれていると思うんです。愛の形は必ずしもひとつではない、そこに正解、不正解はない、みたいな感じで。冷たいようで、すごく温かい映画ですね。
――沙莉さんは高校生役。制服で登場されます。これも見どころのひとつではないかと。
伊藤:制服、これがもう最後だと思います! 見納めということで、数多くのみなさんにご覧いただきたいです。これが私の卒業式です(笑)!
――限界ですか。
伊藤:限界ですね、たぶん。年齢的にさすがに。童顔にも限界があります(笑)。
――今回の役、制服姿もさることながら、足がくさいという設定までついてきています。
伊藤:すごいのは、映像を通して見ていても、くさそうなことですよね(笑)。私が見ていてもくさそうでしたから。ブーツを干すボイラー室のシーン、楽しかったですよ。ホテルのロケは全部、本当に楽しかった。
――まりあは台詞もすごいです。「美しく生まれるの、罪だよね」とか。
伊藤:高校生の発言ですよね。まりあのチャーミングなところかなと思います。だから、あれはもうふざけて言っていますね。本気で言わないようにしていました。
――まりあのそんなお調子者の部分がしっかり打ち出されるからこそ、彼女が選ぶ「結末」がより切なく迫ってきます。
伊藤:彼女が何を思って生きていたかが、すごく重要なことだと思うんです。ご覧になる方に響くのもきっとそこで、「どうする、どうなった」ではなく、どう生きてきたかが大事というか。何も考えていないように見えて、もっと誰かに愛されたかったし、居場所も欲しかった人で、とにかく寂しかった。それを感じさせなければさせないほど、「きっとあの子はこうだったんだよね」って思われると思うんです。
人が本当に思っていることって、ほかの人にはわからないでしょうし、なんとなくカスる程度が精一杯で、そのときにはもう遅いことが多い。そういう昔も今もよくあること、普遍的なことが描かれているからこそ、この映画は人の胸を打つんじゃないかなと。どこか懐かしい気持ちにもなるんですよね。そういうところも大事にしているから、あんないい音楽も重なるんだなって思いました。私、この映画の音楽、すっごく好きなんです。レトロ感も感じられて。
――音楽を書かれているのは富貴晴美さんですね。バンドネオンの音色が心地よくも物哀しく全編に響きます。
伊藤:私、きっと音楽にもいざなわれているんです。音楽で映画のことを感じている。その音楽も含め、全体的にバランスのいい映画だなって思います。
――沙莉さんのパートが女子高生とかその前後の若い人に何かを訴えかけているとするなら、それ以外のパートの登場人物はシニアまでつながる年齢層に響くエピソードを担う格好になっていますね。
伊藤:いろいろな年齢層の人が(映画の中に)出てくるから、幅広い(観客に訴える)映画になっていると思います。いろんな人生が出てきますからね。もし特定の年齢層に焦点を当てていたらもっと違ったものになっていたかもしれません。
――波瑠さんの主人公がどこか傍観者みたいな立ち位置をにじませているのも、ホテルの客や従業員の人生を観客に伝える役目を持っているかもしれません。
伊藤:最近、主人公って傍観者だなって感じることがあります。特に、こういう群像劇みたいな映画のときは。
――先生役の岡山天音さんもいい感じでした。
伊藤:悲壮感を素敵に、繊細に出せる人です。天音さん、本当にすごいんですよ。もともと好きだったんですけど、共演させていただいて、あらためてすごいなって。見せ方に満足していないというか、飢えているというか。表情ひとつで、その人間がやつれているのを見せたりできるし、そういうところまで持っていける人なんです。天音さんが立っているだけでそこの空気が締まるし、全部がまとまる。本当に素敵なお芝居をされる人です。
――語感がそうなのか、今の岡山天音さん評を伺っているだけでも、沙莉さんって実年齢より上の人という感触があります。以前、NHKの番組で松岡茉優さんのことを「オバサンみたい」っておっしゃっていましたけど……。
伊藤:茉優は世話焼きなんですよ。すぐに「これ食べなさい、はい、アメもあげるね」とか言うんです。そこがオバサン気質っていう感じで(笑)。
――そういうふうに松岡さんを評している沙莉さんも、年長の俳優に負けないくらいの女優歴、経験値を備えた人でしょう。
伊藤:確かに、茉優とふたりでしゃべっていると「オバサンの会話みたい」って言われますね。ただ、茉優と違うのは、私の場合、かわいげのないスナックのチーママみたいになっちゃうっていうことです(笑)。
――子役時代から長く社会人生活を送られていますから、自ずと大人になるのが早くなってしまったのではないかと思うんですけれど。
伊藤:無駄な悟りは早かったと思います。まだ悟らなくてもいいのに悟っちゃうっていう。これ、「子役あるある」ですね。やっぱり、子どもでいられるうちは子どもでいた方がいいと思います。今回のまりあを見ていてもそう思います。まりあはもっと子どものままでいていい時期ですよ。もっとはっちゃけてもいい。もっと人に甘えてもいい。でも、それができない状況に置かれて、(悟りを持った大人に)ならなくちゃいけなくなったんですよね。先生に対してはしゃいでいるのは、無理矢理、はしゃぐことを選んでいるんです。
――そういう意味では、今回のまりあは沙莉さんに重なる部分があるのでしょうか。
伊藤:この子の寂しさに比べたら、私なんて悟りも甘いと思います。ただ、私の場合、「人に期待しない」ということに到達するのは早かったですけど(笑)。
――沙莉さんの場合、声も迫力があるじゃないですか。NHKで放送されたアニメーション『映像研には手を出すな!』(2020)を拝見しても、すごい存在感を出されている。
伊藤:私の声って、ちょっと落ち着いて話すと、一気に年齢が上がる感じがあるんです。それこそオバサンに思われるといいますか。だから、今回のまりあでも気をつけていたんですけど、だんだん時間が経つほどに「最後は落ち着いてしゃべってもいいな」って思えてきましたね。彼女がキャピった話し方をしなくなるのは、最後の成長だと思うんです。まりあは成長しなきゃいけなくなった女の子なんです。
――それにしても、最近の沙莉さんの人気はすごいですね。インタビューもなかなかとりづらくなってきている女優さんですし、最近、お兄さん(お笑いコンビ「オズワルド」の伊藤俊介)と一緒に住まわれなくなったのも、やっぱり人気の影響でしょうか。
伊藤:全然、関係ないです。(兄は)勝手に出て行ったんです。いきなり芸人さんとルームシェアするからって。ハラハラしていますよ。彼はだれでも部屋に連れてきちゃうので。ずっと「知らない人は連れてこないで」って言っていたんですけど(笑)。私は兄と暮らすのが楽しかったので、出て行くときは「あ、出て行っちゃうんだ」って感じでした。
――沙莉さんご自身は世間の評判を肌で感じたりされませんか。
伊藤:知っていただける機会は増えたな、とは思っています。前より応援してくださる声は増えたなって。(ぶりっ子の表情をしながら)「えー、人気があるなんて知らなかったぁ」なんてカマトトぶることはしません(笑)。
――今のぶりっ子の顔、面白かったです。
伊藤:顔芸が得意なんです(笑)。人気があるのかどうかわかりませんけど、私、エゴサーチをすごくするので、コメントの数が多くなっていると、「あ、前より知ってくださる人が増えたんだな」って思えて、うれしくなりますね。
――今回の映画のように、主役とは別のところにいながら、いつの間にか場をさらっていくような役を演じられているのを拝見すると、やっぱり沙莉さんって面白いなって思いますし、これから映画をご覧になる観客の方にも、伊藤沙莉という女優のすごさ、面白さを同じように感じてほしいと思っています。何より、まりあという役はこの映画の良心的存在ともいえますから。
伊藤:ありがとうございます。まりあって、そこにあるのを一回、グチャってかき回して登場するんですよね。そのインパクトもありますし、(ホテルにいる間に)成長もする。短いシーンですけど、彼女のそういう変化や成長を見ていただけたらうれしいです。
1994年5月4日生まれ。千葉県出身。テレビドラマ『14ヶ月~妻が子供に還って行く~』(2003)でデビュー。最近のテレビ、ウェブの代表作に、NHK連続テレビ小説『ひよっこ』(2017)、『全裸監督』(2019)、『映像研には手を出すな!』(2020/声の出演)、『いいね!光源氏くん』(2020)など。映画の代表作に『幕が上がる』(2015)、『獣道』(2017)、『生理ちゃん』(2019)、『劇場』(2020)、『ステップ』(2020)、『蒲田前奏曲』(2020)、『小さなバイキング ビッケ』(2020/声の出演)など。『十二単衣を着た悪魔』(2020)、『映画 えんとつの町のプペル』(2020/声の出演)などが公開待機中。
作家・桜木紫乃が2013年に直木賞を受賞した同名自伝的小説を映画化。釧路のラブホテルを舞台に、年若い女性経営者の葛藤と再出発を描く。主人公の雅代には波瑠。脚本をNHK連続テレビ小説『エール』(2020)の清水友佳子が執筆。監督は『百円の恋』(2014)、『嘘八百』(2018)の武正晴。
父・大吉(安田顕)が建てたラブホテル「ホテルローヤル」を娘の雅代(波瑠)が切り盛りするようになったのは、5年前、雅代が高校を卒業してまもなく、母のるり子(夏川結衣)が酒屋の配達員・坂上(稲葉友)と駆け落ちしてからのことだった。それ以来、従業員のミコ(余貴美子)や和歌子(原扶貴子)、アダルトグッズ販売員の宮川(松山ケンイチ)らに支えられて、なんとか営業を続けている。ホテルには日々、さまざまな客が訪れ、雅代の気は休まることはない。ある日のこと、ひそかに思いを寄せていた宮川の結婚が発覚。さらに、父親の大吉が病に倒れるというダブルパンチが雅代を襲うのだった。
桜木紫乃の実家も、かつて実際にラブホテルを経営しており、桜木自身、15歳から24歳まで清掃などの手伝いを繰り返していたという。映画は実体験をそのまま映像化したものではないが、釧路という桜木の故郷の風情、そこで年若い女将となってしまった主人公の心理がある種の実感を込めて重ねられており、結果として慎ましくも優しい「女性の自立」を謳歌する物語となった。
伊藤沙莉は行き場を失った高校生役で登場。高校教師(岡山天音)との無邪気で切ない「道行き」のようなホテルでの時間は、物語の中間部を担う重要な要素となっている。伊藤沙莉と岡山天音は、これが初共演。同い年ながら、それぞれ先生と生徒を演じるというのも、仕掛けとしてちょっと面白い。
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1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。