特集・コラム

映画のとびら

2020年11月12日

詩人の恋|映画のとびら #087

#087
詩人の恋
2020年11月13日公開


©2017 CJ CGV Co., Ltd., JIN PICTURES, MIIN PICTURES All Rights Reserved
『詩人の恋』レビュー
同情以上愛情未満?

 『息もできない』(2008)、『あゝ、荒野』(2017)のヤン・イクチュンが売れない詩人を演じる人間ドラマ。韓国のリゾート地・済州島に住む実在の詩人ヒョン・テクフンをモデルに、詩人とその妻、そして若い青年をめぐる人間模様が優しいまなざしの中に刻まれる。監督と脚本は、ヤン・イクチュンを出演者にして短編映画を製作した経験を持ち、これが長編映画デビュー作となる女性監督キム・ヤンヒ。

 詩人のヒョン・テッキ(ヤン・イクチュン)はスランプに陥っていた。何を書いても詩人仲間から「夢見がち」「現実感がない」などと酷評され、かろうじて小学生相手の作文教室で収入を得るのみ。その作文教室でも、子どもたちから「腹が出ている」とからかわれる始末。そんなさえない夫の収入を支えるべく、土産物屋を経営していた妻のガンスン(チョン・ヘジン)は現在、妊活の真っ最中。排卵日が来ると色気もなく性交渉を求めてくる彼女に辟易している上、病院では乏精子症だと告知されて、いよいよテッキの気分は落ち込むばかり。そんなある日、近所にできたドーナツ店にハマったテッキは、店に通い詰めるうちに、貧しい店員の美青年セユン(チョン・ガラム)に目がとまる。セユンが発したつぶやきを詩に使ってみたら、これが好評。セユンと彼の女友達の熱烈な逢瀬をのぞき見すると、性欲も復活してきた。恵まれない家庭環境のセユンを助けたいと思うテッキの気持ち、それは同情なのか、それとも?

 邦題の印象で鑑賞に臨めば、きっとまっすぐな同性愛を描いた作品に映るだろう。実際、それに近い感情がテッキの心を去来し、主人公もそうではないかと懊悩(おうのう)する。ただし、男性同士の肉体関係が描かれるわけではない。妻を交えた三角関係の戦いに発展することもない。詩人自身も結論を明確にしない。同情以上愛情未満のような慕情、とするのが適切だろうか。だから、激しい「恋愛のうねり」のようなものを期待する向きには物足りなくなるだろう。しかし、ギリギリのところで「狭間の心の揺れ」を描き貫いた点に、この作品の最大の美徳がある。最後まで通り一遍の同性愛ドラマに陥らない。そのさじ加減。

 恋愛映画として見ることも可能である。それを実現しているのは、恐らくセユンを演じるチョン・ガラムの存在だ。登場の瞬間、彼の横顔をとらえたハイスピード・ショットはあまりに美しく、主人公でなくともその容姿に引き込まれる。これなら恋愛が始まっても仕方がない、と納得させる。主人公が詩人だからか、劇中では同性愛で有名なフランスの詩人アルチュール・ランボーが引き合いに出された。若い美青年を追うという構図においては、ルキノ・ヴィスコンティ監督の名作を思い出す向きもあるだろう。強いてたとえるなら、「優しい『ベニスに死す』」となるだろうか。

 チョン・ヘジンのバタ臭い妻ぶりも効いた。夫には「(セユンへの感情は)恋愛ではない」と突っぱねる一方、セユンには「夫を渡さない」と正面から迫る。「生まれてくる子どものために家族を大事にしろ」とする堂々たる態度に「私の男をとらないで」という女々しさはなく、最後まで泰然として夫の迷いを許さない、認めない。ガンスンは生活臭の象徴だ。恋愛のロマンの対極にある。現実の重みの前に、夫と青年の問題は戯言にしかならない。その重心の低さがこの映画を気骨にした。軽薄な恋愛合戦にしなかった。

 ヤン・イクチュンの詩人は、妻と青年の狭間において、海面に浮く浮き輪のようだ。情緒が不安定な中にあるさえない男を、ヤン・イクチュンは見事に野暮ったく演じている。8kg太ったという。『息もできない』『あゝ、荒野』の強じんなる人、筋骨隆々の人を念頭に置いて劇場を訪れた観客は仰天するだろう。その心の弱い人間を演じる勇気、無理なく見せる演技力はしっかり作品の機能性を高めている。

 第18回韓国女性映画祭「今年の女性映画人賞」、および第18回釜山映画評論家協会賞では、いずれも脚本賞を受賞。この新人監督の構成力の高さが的確に評価されていて溜飲が下がる。

 11月13日(金)より、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
原題::시인의 사랑 / 製作年:2017年 / 製作国:韓国 / 上映時間:110分 / 配給:エスパース・サロウ / 監督・脚本:キム・ヤンヒ / 出演:ヤン・イクチュン、チョン・ヘジン、チョン・ガラム
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文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


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