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映画のとびら

2020年11月20日

家なき子 希望の歌声|映画のとびら #089

#089
家なき子 希望の歌声
2020年11月20日公開


© 2018 JERICO – TF1 DROITS AUDIOVISUELS – TF1 FILMS PRODUCTION – NEXUS FACTORY – UMEDIA
『家なき子 希望の歌声』レビュー
レミ、前へ進め!

 フランスの作家エクトール・アンリ・マロが1878年に発表した同名古典を映画化。捨て子だった過去を持つ少年が、旅芸人一座との波瀾万丈の旅を経て、幸せをつかむまでを感動的に描く。映画デビュー作で主人公レミを演じたのは、オーディションで400人の中から選ばれたマロム・パキン。旅芸人一座の親方ヴィタリスにはフランスの名優ダニエル・オートゥイユ。『プレデターズ エヴォリューション』(2010)の俊英アントワーヌ・ブロシエが、長い原作を大胆かつ丁寧に改案し、監督も務めた。

 フランスの高地・シャバノン村でバルブラン夫人(リュディヴィーヌ・サニエ)とともに幸せに暮らしていた11歳の少年レミ(マロム・パキン)は、実は赤ん坊の頃、パリで拾われた孤児だった。10年ぶりに養父ジェローム(ジョナサン・ザッカイ)がパリから戻ると、家計の困窮を理由に、とうとう孤児院へと預けられようとするが、動物使いの親方ヴィタリス(ダニエル・オートゥイユ)がこれを制止、30フランで引き取られることになる。ヴィタリスはレミにたぐいまれな歌唱能力があることを見抜いていたのだ。馴れない路上公演に当初、戸惑ってばかりいたレミだったが、ヴィタリスに歌だけでなく文字も教わるなどして、徐々に心を開放。犬のカピ、猿のジョリクールらとともに有意義な旅回りを重ねていく。もちろん、いいことばかりではない。ある街では警官のいやがらせに遭い、ヴィタリスが違法興行の科(とが)で2カ月の禁固刑に処せられてしまう。ひとりぼっちになったレミは旅の途中で知り合った富豪のハーパー夫人(ヴィルジニー・ルドワイヤン)とその娘リーズ(アルバン・マソン)のもとに身を寄せるが、すっかりレミの心の美しさに魅了されたハーパー夫人は「レミを引き取りたい」とヴィタリスに申し出るのだった。

 冒頭、老齢になったレミ(ジャック・ペラン)がいきなり登場してまず驚かされる。原作でも、大人になったレミが語り手として登場するが、老人からの回想談に設定することで大きな時間の流れをまず観客に提出した。2時間内では旅描写を矮小(わいしょう)に感じさせない手段だったともいえる。

 レミに歌の才能があるという設定も新しい。原作ではレミは音楽を旅の途中で学ぶことになっており、幼い頃から知らず知らずのうちに歌っていたという「子守歌」(音楽担当のロマリック・ローレンスによるオリジナル作曲)も原作にはない要素。この2点に関しては、ヴィタリスがレミを引き取る状況を単なる同情に終わらせないこと、加えてレミの素性が明らかになる理由をダイレクトにつなげるためと考えられる。映画『L.A.コンフィデンシャル』(1997)でいうところの「ロロ・トマシ」と同じ役割を「子守歌」などは果たしているとしていい。この映画は余計な回り道をしない。また、原作ではヴィタリスは若い頃、著名な歌手だったという設定を持っているが、この映画では元ヴァイオリニストとなった。音楽的な才人にはしておきたい、でも、監獄で罹患する病を思えば、歌手という設定から遠ざかる必要があった。そういうことだろう。ダニエル・オートゥイユが見せるヴァイオリン演奏場面は映画版の見どころのひとつであり、ヴィタリスの妻子をめぐる秘話も映画ならではの宝だ。

 レミが世話になる富豪夫人も、原作どおり、船での運河旅行をしている設定だが、原作ではハーパーではなくミリガンである。彼女の車椅子生活を送る子どもも娘ではなく息子だ。原作では、ミリガン夫人は旅半ばにして登場するレミの重要な「関係者」であり、リーズはもともと田舎で生花業を営む一家の娘で、ミリガン夫人に終盤で引き取られる設定。また、原作の後半にレミと旅を共にするヴァイオリン少年マチアも登場しない。旅一座の動物も犬が2匹少ない。これらも、旅回りの描写を圧縮し、人間関係を整理するために施された改変だろう。ただし、レミとリーズの関係性を短い時間の中でも深く刻もうとした映画の配慮は頼もしく、レミの将来をめぐる「納得」にしっかりつなげていて見事といっていい。

 さまざまな「仕掛け」がめぐらされた『家なき子 希望の歌声』(2018)は、まるで別物といっていい部分もありつつ、それでいて、原作ににじむ感動がほとんど損なわれていないのが素晴らしい。アントワーヌ・ブロシエは一種の冒険劇としての要素を求めた結果、この作品に着目した旨を告白している。「人生という冒険」を児童向け古典という基盤に無駄なく展開させただけでなく、苦難を乗り越えようとする少年の姿に普遍的な希望を見いだそうとした。その点では非常に現代的な作品ともいえ、ある種の応援歌にもなっているのではないか。レミをめぐる悲劇と幸福は決して他人事ではない。

 旅回りの描写においては、ヴィタリスとレミの関係に「父と子」の姿を擬似的に重ねる観客も多いはず。同時に『家なき子 希望の歌声』は「母と子」の物語でもある。バルブラン夫人とハーパー夫人、それぞれの役にリュディヴィーヌ・サニエ、ヴィルジニー・ルドワイヤンというフランスの有名女優をわざわざ当てているのも、その点を重要視した結果だろう。配役に抜かりがないということでは、レミを罠におとしいれるイギリスの悪徳弁護士にニコラス・ロウをぶつけていることも挙げていい。かつてスピルバーグ製作の『ヤング・シャーロック ピラミッドの謎』(1985)で銀幕デビューし、最近ではドキュドラマ『ワシントン アメリカ初代大統領』(2020)で堂々たる主演を果たしている彼が、ここでは短い登場ながらスリリングな場面をしかと引き締めた。これまたぜいたくな配役。同時に、脇役といえば、ヴィタリス一座の動物たちにも喝采を送らなければならない。カピ役、ジョリクール役を務める黒犬と猿の「芝居」には本当に大道芸を目前にしているようで、驚かされること必至。加えて、さまざまなバージョンの『家なき子』を知っている観客なら、カピとジョリクールが着ている大道芸衣裳にもきっと目をこらすことだろう。出﨑統が演出を務めた日テレビアニメーション『家なき子』(1977~1978)にほとんど準じているからだ。

 実のところ、アントワーヌ・ブロシエは同出﨑作品への感銘を隠しておらず、「最も原作に忠実な解釈をしている」と絶賛。カピやジョリクールの衣裳が似ているのは偶然ではない。むしろ、リスペクトとオマージュがささげられていると考えるべきで、ヴィタリスがレミへ向けて折々に発する「前へ進め!」というかけ声ともども、日本の観客にはうれしい「サービス」となった。

 日本向けということでは、今回は字幕版に加えて、日本語吹き替え版も上映される。レミの声を見事に演じるのは2019年にミュージカル『ラブ・ネバー・ダイ』で舞台デビューし、ディズニーのCG版『ライオン・キング』(2019)ではシンバ役を演じた熊谷俊輝。ヴィタリス役の山路和宏とともに、今年13歳になる美声の持ち主は、観客がクライマックスで流すに違いない涙の確かな支えになっている。字幕版とあわせて見ても楽しいのではないか。

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 11月20日(金)全国ロードショー
原題::Remi sans famille / 製作年:2018年 / 製作国:フランス / 上映時間:109分 / 配給:東北新社、STAR CHANNEL MOVIES / 監督・脚本:アントワーヌ・ブロシエ / 出演:ダニエル・オートゥイユ、マロム・パキン、ヴィルジニー・ルドワイヤン、ジョナサン・ザッカイ、ジャック・ペラン、リュディヴィーヌ・サニエ
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あわせて観たい!おすすめ関連作品


(C)TMS
ANIMATION
タイトル 家なき子
製作年 1977年
製作国 日本
話数 全51話
総監督 出﨑統

至宝のテレビアニメーション『家なき子』

 『家なき子 希望の歌声』(2018)に大きなインスピレーションを与えた傑作テレビアニメーション『家なき子』(1977~1978)は、出﨑統の監督によってまとめられた全51話からなる物語。長大な原作の多くは旅回りの描写が埋めており、その「旅」=レミの成長を見せるという点で、連続アニメーションという形式は的確だったわけだが、そもそも「旅」は出﨑統作品を貫く最大の要素といっていい。

 代表作を振り返ってもそれは瞭然で、『悟空の大冒険』(1967)、『ガンバの冒険』(1975)、『宝島』(1978~1979)、『雪の女王 The Snow Queen』(2005)など、そのものズバリ、旅が大きなモチーフとなっている作品もあれば、『あしたのジョー』(1970~1971)及び『あしたのジョー2』(1980)、『エースをねらえ!』(1973~1974)などのスポーツ作品には「人生は旅」という意図が明滅する。劇場版『あしたのジョー2』(1980)では主人公・矢吹丈が旅から戻り、再び旅に発っていくという構成がもうけられ、『SPACE ADVENTURE コブラ』(1982)では「旅はいい」と、サイコガンを左腕持つ主人公はつぶやく。また、劇場版『エースをねらえ!』(1979)では、さわやかな青春ドラマの果てに、宗像仁というキャラクターを通じて「母と子」の深い絆が浮き上がる仕掛けがとられた。

 出﨑統が34歳時に発表した『家なき子』は、レミとヴィタリスの旅を描く前半部と、新しい仲間マチアとの旅を描く後半部、そのふたつに大きく分かれている。前半部は悲劇性が強く、時に胸がつまるほどの衝撃もあるが、大河ドラマ的重厚さが宇野重吉によるナレーションとともに表現されており、見ごたえたっぷり。一転して明るめとなる後半部はわくわくするような友情劇が展開する一方、レミの出自が判明するクライマックスが用意され、やはり一時も目を離せない。とかく『エースをねらえ!』『あしたのジョー』などの派手な人気作ばかり叫ばれる出﨑統だが、地味ながら人間ドラマにじっくり腰をすえた本作品ほど、その本質が明らかになる題材もない。出﨑自身もお気に入りの作品として生前、強く訴えていた。

 出﨑版『家なき子』ではエピローグとしてレミたちの将来が描かれており、レミは法律家となり、リーズと結婚。マチアは高名なヴァイオリン奏者となる。映画『家なき子 希望の歌声』でもいったいどんなレミの未来が描かれるのか。ぜひとも比較の上、お楽しみいただきたい。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 

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