特集・コラム
映画のとびら
2020年12月11日
ネクスト・ドリーム/ふたりで叶える夢|映画のとびら #093
映画『フィフティ・シェイズ』シリーズ(2015/2017/2018)で知られる美人女優ダコタ・ジョンソン主演による心温まる青春ドラマ。音楽プロデューサーになることを夢見る女性アシスタントの奮闘を描く。主人公がアシスタントを務める大物歌手役にダイアナ・ロスを母に持つベテラン、トレイシー・エリス・ロス、ヒロインが才能を見いだす若い黒人歌手に『Waves ウェイブス』(2019)の新進俳優ケルヴィン・ハリソン・Jr、そして大物歌手のマネージャーにアイス・キューブ、主人公の父親にビル・プルマンという芸達者ふたりがそれぞれ扮し、主演女優の脇を固めている。
マギー・シャーウッド(ダコタ・ジョンソン)は、生きる伝説ともいわれる大物黒人歌手グレース・デイヴィス(トレイシー・エリス・ロス)の付き人として多忙な日々を送っていた。思うがままに日常のオーダーを繰り返すグレースには、どんな付き人も面倒を見切れず、すぐに根をあげてしまう。マギーにも苦しいときがあるが、簡単に投げ出せないのは彼女にとってグレースは幼少期から憧れの歌姫だったから。時間があれば、グレースの過去曲を彼女なりにリミックスするなどして、将来の夢である音楽プロデューサーへの道を見失わないようにしていたが、野心を見抜いたグレースのマネージャー、ジャック(アイス・キューブ)からは厳しい言葉を容赦なく受けるのだった。そんなある日、マギーは場末で音楽活動をしている若い黒人男性デヴィッド(ケルヴィン・ハリソン・Jr)の歌声に耳をとめる。彼の才能を世に出したいと考えたマギーは、デヴィッドに自分が音楽プロデューサーであるとウソをつき、早速、彼のデビューへ向けて音楽制作を開始。だが、無理のある二重生活はやがてグレースの知るところとなってしまう。
音楽業界を舞台にした一種の〈バックステージもの〉だろう。日本では宣伝材料として盛んに引き合いに出されているのが『プラダを着た悪魔』(2006)だったりする。ただし、『ネクスト・ドリーム ふたりで叶える夢』は上司と部下の対決ドラマではなく、それどころか大物歌手と女性アシスタントの間には主従関係以上に友情の匂いが色濃い。サクセスストーリーとしては、ファッション業界コメディーより、こちらの方がずっと後味がさわやかである。
大物歌手の人気がピークを過ぎた状況であり、どこかセミリタイア状態にあるという設定を鑑みれば、同じバックステージものの大傑作『サンセット大通り』(1950/ビリー・ワイルダー監督)の隠棲女優(グロリア・スワンソン)あたりを重ねて連想する方が一興ではないだろうか。もちろん、スワンソンの鬼女のような恐怖感はトレイシー・エリス・ロスになく、お話もサスペンスフルな悲劇に終わるわけでもない。あくまで夢を追う若者への応援歌なのである。ただ、業界の裏舞台を見つめるとき、名声に固執する芸能人というキャラクターは、映画の材料として今も昔も刺激的ということだ。
スポーツ映画でいえば『ロッキー』(1976)と構造はほぼ同じ。シルヴェスター・スタローンに負けず、ダコタ・ジョンソンも魅力的である。さすがドン・ジョンソンとメラニー・グリフィスという美男美女の間に誕生した人だけあって、例によって容姿の破壊力はハンパない。下っ端アシスタントという設定が浮きそうな配役ともいえるのだが、ここでのジョンソンは『フィフティ・シェイズ』のようなお色気はほとんど封印。健康的かつ健気な性分でもって観客の心をつかんでいく。思わず応援したくなる空気感をヒロインに無理なくまとわすことが果たせた段階で、この映画の成功は約束されたといっていい。
とにかく見やすい。トラブルも成功も定番どおりに展開させる女性監督ニーシャ・ガナトラの演出はこなれたもので、テレビ業界を舞台にした前作『レイトナイト 私の好きなボス』(2019)を見ればそれもいよいよ納得。同作品では人気下降気味のベテラン司会者とそれを盛り立てようとする部下をコミカルに描いており、いい意味で本作『ネクスト・ドリーム ふたりで叶える夢』の習作となっている。あまりといえばあまりに手堅い監督の起用には、どこか映画界の舞台裏すらも垣間見るような気分であろうか。
流れるような映画の見やすさには音の影響も多分にある。アイ=リン・リー率いるリレコーディング(ダビング)チームは優秀で、鮮やかな音響処理で物語をなめらかに運んだ。こういう音響面の充実を知るとき、ハリウッド大手作品のパワーをあらためて痛感させられる。まさに耳にリッチな映画体験。
ひとつ、見る前に留意しておかなければならないことがあるとすれば、アメリカの音楽業界で女性が音楽プロデューサーとして成功することはかなり難しいという事実か。そのハードルの高さを念頭に置いておかないと、この映画は甘いだけの砂糖菓子。現実離れのファンタジー。いい緊張感の中で、ヒロインの夢の成就を応援することを推奨したい。そうすれば、間違いなくハッピーな感動がラストに待っている。
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1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。