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映画のとびら

2021年2月19日

あのこは貴族|映画のとびら #102

#102
あのこは貴族
2021年2月26日公開


©山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会
『あのこは貴族』レビュー
女性が輝きを増し始めるスリル

 2015年から2016年にかけて「小説すばる」誌上で連載されていた山内マリコによる同名小説を映画化。上流階級に属する女性と、地方出身者の女性、それぞれの日常と奇妙なめぐり合わせを描く。前者の箱入り娘を門脇麦、後者の会社員女性を水原希子が演じた。監督は、長編商業デビュー作『グッド・ストライプス』(2015)で新藤兼人賞金賞を受賞した岨手由貴子。これが第2作となる。

 東京に暮らすふたりの女性がいる。ひとりは、松濤の開業医の家に生まれ、箱入り娘として育てられてきた榛原華子(はいばらはなこ/門脇麦)。結婚こそ幸せへの道と信じる彼女だったが、結婚を約束していた彼氏とは家族と引き合わせる前に破局。その後、お見合いを重ねていくうちに、義兄(山中崇)が紹介してくれた政治家一家の御曹司にして弁護士の青木幸一郎(高良健吾)と息が合い、やがて青木からめでたくプロポーズされる。一方、富山のごく普通の家庭に育った時岡美紀(水原希子)は、猛勉強の末、東京の名門大学に入学した上京組。父親の失業を機に大学をやむなく退いた後、中途採用された会社でぼんやりと働いていたのだが、同窓会で再会した旧友・平田里英(山下リオ)に起業の夢を聞かされ、静かに刺激を受けているところ。そんなある日、美紀のスマホに業界人が集うパーティーへの誘いの連絡が入る。送り主は、青木幸一郎だった。美紀と幸一郎は実は大学時代の同期生。たまたまパーティーで演奏していた華子の親友でヴァイオリン奏者の相楽逸子(石橋静河)は、そんな美紀と幸一郎の姿に何かを感じるのだった。

 物語は2016年の元旦、華子が家族との食事会に参加する場面から始まる。「ユニクロなんて行くの?」という会話に始まり、毛皮を着ると世間から糾弾されることに驚く姿、食後のリッチな記念写真撮影と、いわゆる「格式ある家庭」の風景は、いかにもの品性と空気が漂って、それだけで興味を引いてやまない。華子は家事手伝いの身。ピアノなどの習い事をこなし、学生時代にはカナダに短期留学の経験を持ち、そして休日は刺繍を編む。ダージリンティーを常に注文し、着物で食事をすることもしばしば。場違いな居酒屋に入ると「お化粧室は?」と尋ねて席を立ち、そのまま店外へ逃げる。ただし、上流階層の人々の生活環境を茶化すことや、戯画化して楽しむことがこの作品の趣旨ではない。

 対比的に登場するふたりの女性にとって、共通するのはどういう人生を歩むべきかという選択の問題があるということ。かたや、結婚への憧れが徐々にゆがみをきたしていく女性、かたや、ワーキング・レディーとして道を模索する女性。つまるところ、それぞれの成長と自立を真摯に問うていく物語は、いわゆる「女性映画」の範疇に入るのだろう。劇中では、なかなか鋭い台詞や視点が刻まれる。「いつでも(男と)別れられる自分でいたい」「日本には女を分断する価値観や、自尊心を戦わせる考えがある」「田舎から出てきた人間は搾取されまくって東京の養分になっている」などなど、なかなか手厳しい。もっとも、それらが妙にギスギスしたメッセージ性として飛んでこないのも、この映画のユニークなところだ。

 監督の岨手由貴子は、前作『グッド・ストライプス』でも女性心理のひだを優しくつむいでいたが、いよいよ女性の登場人物ばかりで埋められた本作品でも好調。問題意識の先鋭化を果たしつつ、逆に一層の温もりも感じさせる離れ業(わざ)をみせている。階層対比をめぐる気取りもなければ、人間ドラマとして度を超えた生臭さもない。むしろ、どこか乾いたユーモアをはらんでおり、主人公たちを追う映像にもほかではなかなか見られない独特の空気感、リズム感が漂った。会話劇の中で醸し出される「間」にも作家性がほどよくにじんでおり、エンディングをめぐる後味も心地よい。

 主だった女性登場人物が、わずか数シーンのみの実共演しかないという構造も面白く、映画ファンによっては、ダドリー・ムーアとエディ・マーフィがダブル主演しながら、ほとんど劇中で交わることなく終わるドタバタ喜劇『おかしな関係』(1984)を連想する向きもあるだろうか。もちろん、映画『あのこは貴族』(2021)はそれとは完全に異なり、数シーンのみのめぐり会いだからこそ、それぞれの女性が輝きを増し始めるというスリルに変換させた。門脇麦、水原希子、石橋静河、山下リオら女性陣は皆、それぞれの立ち位置で持ち味を醸し出しており、弁護士役・高良健吾も彼女たちの格好の薬味になっている。

 2021年2月26日(金)全国公開
原題::あのこは貴族 / 製作年:2021年 / 製作国:日本 / 上映時間:124分 / 配給:東京テアトル/バンダイナムコアーツ / 監督・脚本:岨手由貴子 / 出演:門脇麦、水原希子、高良健吾、石橋静河、山下リオ、銀粉蝶
公式サイトはこちら
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当日券窓口でOPカードをご提示いただくと、大人(一般)300円引き、学生(専門学校、短大、大学、大学院)200円引きとなります。

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あわせて観たい!おすすめ関連作品

(C)2015「グッド・ストライプス」製作委員会
ROMANCE
タイトル グッド・ストライプス
製作年 2015年
製作国 日本
上映時間 119分
監督・脚本 岨手由貴子
出演 菊池亜希子、中島歩、臼田あさ美

岨手由貴子の幸運と才気に満ちたデビュー作

 岨手由貴子の商業映画デビュー作『グッド・ストライプス』(2015)は、倦怠期のピークを迎えていたカップルに、妊娠という予想もしない事実が発覚することで始まる新たな恋の物語。

 なしくずしに結婚する道を歩み始めた男女が、最初は面倒くさそうに、でも、徐々に互いの懐を知っていく。その、ややのんびりとした朴訥とした流れには、やはり独特のユーモア感覚が満ち、それでいて下手な笑いに落とし込まない節度もあって、終始、いい塩梅で人間味をたたえる。とりわけ、ヒロインを演じる菊池亜希子とその周辺の交友関係が素晴らしくいい空気感を醸し出しており、その狭間にフラフラと人生を怠惰に過ごしてきた女子の「真実」が映えた。彼女とその友人役の臼田あさ美が繰り広げるガールズトークも絶妙。ささいな仕草や会話の間合いに確かな機微が刻まれる。女性がきちんと「生きもの」になっている。

 菊池亜希子の相手役・中島歩は一見、木偶(でく)の坊だが、どこかボンヤリしたたたずまいがいつの間にか、カップルの再生に一役買っていくという妙味。さらに、思わぬ事故から始まるクライマックスの、これまたなんでもなさそうな心理の変化も描写が巧妙で、温もりいっぱいのラストへと無理なくドラマを橋渡しする。このあたりは『あのこは貴族』にも通じる手際のよさだろう。オリジナル脚本による個性の一貫も含め、幸運と才気に満ちた処女作。見ないままにしておいては、ちょっともったいない。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 

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