特集・コラム

映画のとびら

2021年4月9日

アンモナイトの目覚め|映画のとびら #110

#110
アンモナイトの目覚め
2021年4月9日公開


©
2020 The British Film Institute, British Broadcasting Corporation & Fossil Films Limited
『アンモナイトの目覚め』レビュー
心と体を「さらす」勇気

 19世紀半ばに実在した古生物学者メアリー・アニング(1799-1847)をモチーフに、男性社会の中で感情を押し殺して生きる往事の女性の苦悩と自我を掘り下げた人間ドラマ。主人公のメアリーを『タイタニック』(1997)、『愛を読むひと』(2008)のケイト・ウィンスレット、彼女と心を通じ合わせる裕福な若妻シャーロットを『レディ・バード』(2017)、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2019)のシアーシャ・ローナンが演じる。監督は『ゴッズ・オウン・カントリー』(2017)に続き、これが長編映画監督第2作となる俳優出身のフランシス・リー。

 1840年代のイギリス南西部ライム・レジス。この海沿いの田舎町で、メアリー(ケイト・ウィンスレット)は中年になった今も独身のまま。老いた母親(ジェマ・ジョーンズ)の面倒を見つつ、観光客相手の化石店を開いていた。父親の影響で幼少期に化石発掘を始めた彼女は、11歳でイクチオサウルスの頭部を発見するほどの目利きだったが、男性優位の時代ではその才能は認められず、今も海岸でしがない化石採集を繰り返す毎日。そんなある日、彼女の評判を聞きつけてロンドンから富豪の化石収集家ロデリック・マーチソン(ジェームズ・マッカードル)が店に現れた。考古学ツアーの一環として、メアリーの化石を購入し、その採集活動も間近で見たいという。しかし、彼の考古学ツアーの目的は化石探しだけではなかった。もうひとつは、流産以来、気分が沈みがちな若い妻シャーロット(シアーシャ・ローナン)の健康回復。海岸でメアリーとの化石採集を体験したロデリックは、彼女の親切を見込んで「妻の好奇心を引き出してほしい」と懇願。「介護はやらない」と渋るメアリーだったが、結局、シャーロットを引き受けることに。そして、日々の暮らしを共にする日々を重ねるうちに、ふたりの女性は友情以上の絆をはぐくんでいく。

 冒頭、11歳のメアリーが採集したイクチオサウルスの化石が大英博物館に運び込まれるや、カードに刻まれた彼女の名前がスッと化石保持者だった男性の名前に変えられる。当時の「常識」が簡潔に伝わる好場面であり、この映画が「女性の解放」をめぐる問題提起の作品であることも示されている。ヒロインが化石を採集する海岸はそのまま現実社会を模したような荒涼たる風景であり、原題にもなっている「アンモナイト」は「化石同然に埋もれている女性の権利」と重ねて連想するのがたやすく、邦題の「アンモナイトの目覚め」に至っては「女性の自立」を意味づけているのだろう。さらにその象徴として、物語は化石採集を生業(なりわい)にしている主人公と富豪の若妻との恋愛にも踏み込んでいく。

 実のところ、メアリー・アニングの生涯については明らかになっている部分が少なく、同性愛があった事実も確認されていない。同性愛者を公言している監督のフランシス・リー独自の解釈であり、ある種、実話の正確さよりも問題意識を第一に掲げた格好であろう。メアリーの自伝を当て込んで鑑賞しようとする観客には、だから決して正確な収穫にならないことを記しておかねばならない。一方で、性差別をめぐる偏見の解消が叫ばれる現代においては題材をタイムリーに昇華させた企画ともいえる。

 ケイト・ウィンスレットは例によって素晴らしく役者バカで、撮影前からメアリーの暮らした村に訪れ、関連資料を読みあさったという。情報だけではない。明らかに体型も変えている。映画が始まって6分ほど経過したところ、メアリーが自宅で沐浴(もくよく)をする場面があるのだが、そこに写される彼女の背中の大きさといったらどうだ。中年太りが一目瞭然。醜態といっていい。醜悪な肉塊。しかし、ウィンスレットにとって、その背中はメアリーの歩んできた人生の履歴。とてつもない説得力。見事なほどデブデブに仕上げてきている。もっとも、この「さらす」行為、ウィンスレットのスタンドプレーではない。

 メアリーの沐浴場面から9分後、ホテルでロデリックが寝衣に着替える場面があるが、そこではジェームズ・マッカードルの裸身がさらけ出されている。それも局部もあらわの全裸。これまた見苦しい。どう考えても必要がない描写。明らかに演出の手が伸びている。一連のこれをあえて「抑圧された時代」へのアンチテーゼ、とするには深読みすぎるだろうか。真情を「さらす」=オープンにすることがかなわない時代に対して、フランシス・リーは確かにこぶしを振り上げた。それも、あえて美しくない男女の肉体をもって。もちろん、やがて女性同士への恋愛へと発展していく物語における、一種の前章的表現ととってもいい。重要なのは、この作品がどこを切っても鋭く繊細な問題意識に貫かれているということ、ゆえに単なるおセンチな同性ラブストーリーだと割り切れないこと、である。バロック音楽における通奏低音のように静かな詩情と緊張感は間断なく続き、ドラマを微塵も飽きさせない。

 頑固で強弁のメアリーに対して、シャーロットは弱々しく、受け身の印象だが、それが無理なくなじむのもシアーシャ・ローナンの素養のためだろう。これほど前時代の物語と衣裳が似合う若手女優もいない。そして、中年ウィンスレットの貫禄に正面から対峙できる人も少ない。ローナンのしなやかでクラシカルな魅力は、豪腕ウィンスレット共々「年の差女性カップル」の秘められた恋をウソにしないばかりか、自由意志の謳歌を願う女性の象徴として、鮮やかに普遍性、現代性を「さらした」のであった。

 2021年4月9日(金)全国順次ロードショー
原題:Ammonite / 製作年:2020年 / 製作国:イギリス / 上映時間:118分 / 配給:ギャガ / 監督:フランシス・リー / 出演:ケイト・ウィンスレット、シアーシャ・ローナン
公式サイトはこちら
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タイトル 愛を読むひと
(原題:The Reader)
製作年 2008年
製作国 アメリカ、ドイツ
上映時間 124分
監督 スティーブン・ダルドリー
出演 ケイト・ウィンスレット、レイフ・ファインズ、ブルーノ・ガンツ

ふたりの「さらす女優」

 ケイト・ウィンスレットは肌をさらすことをいとわない女優である。

 最初の衝撃は文豪トマス・ハーディ原作の『日陰のふたり』(1996)で、恋人役クリストファー・エクルストン相手にまったく臆することなく全身を露出した。

 続く『タイタニック』(1997)では全裸画のモデルとなり、二児の母親役の『グッバイ・モロッコ』(1998)、ハーヴェイ・カイテル共演の『ホーリー・スモーク』(1999)、サド侯爵の評伝『クイルズ』(2000)、奔放なる若き作家役の『アイリス』(2001)でも遠慮なし。

 不倫もの『リトル・チルドレン』(2006)、少年とメイクラブとなる『愛を読むひと』(2008)の頃になると、『アンモナイトの目覚め』(2020)に通じる貫禄さえ漂ってくる。そのむき出しの迫力はどこか若い頃の原田美枝子を連想させようか。役者魂が無防備にきらめく「本物」である。

 一方、シアーシャ・ローナンというと、アカデミー賞助演女優賞候補となった『つぐない』(2007)から古めの時代が似合う存在だった。第二次世界大戦下が舞台の壮大な脱出行『ウェイバック 脱出6500km』(2010)、16世紀が舞台の『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』(2018)、南北戦争期が背景の『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2019)もそう。もっとも、時代が古くとも新しくとも、往々にして女性の自由意志の代弁者になっているあたりも彼女の特徴。

 『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』では結婚を否定する自立心旺盛な作家志望、同じグレタ・ガーウィグ監督の『レディ・バード』(2017)では閉鎖的な田舎を脱出したがる高校生、そして60年代を舞台にした『追想』(2018)でも意志の強い女性をいさぎよいほどに好演している。そのたたずまいは常にりりしく、何より美しい。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 

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