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映画のとびら

2021年4月16日

戦場のメリークリスマス 4K修復版|映画のとびら #112

#112
戦場のメリークリスマス 4K修復版
2021年4月16日公開


©大島渚プロダクション
『戦場のメリークリスマス 4K修復版』レビュー
38年経った今でも新しい

 日本を代表する名監督・大島渚(1932-2013)が1983年に発表し、配給収入で10億円以上(興行収入に換算すると約20億円)をたたき出すなど、自身最大のヒット作となった戦時下ドラマが「4K修復版」としてスクリーンに帰ってきた。英国人ジャーナリスト、ローレンス・ヴァン・デル・ポストが著した自伝的記述『影さす牢格子』(1954年発表/『影の獄にて』[1963年刊]内所収)を原作に、日本軍兵士と英国軍捕虜の確執と融和を独自の視点で描いた問題作にして異色の感動作である。

 物語の舞台は1942年のジャワ島。レバクセンバタにある日本軍の俘虜収容所には600人を数える敵国兵士が収容されていた。もめ事は日常茶飯事。その処理に当たったのは、主にハラ軍曹(ビートたけし)と英国人俘虜ロレンス中佐(トム・コンティ)のふたりだった。何かと衝突を繰り返していたふたりだったが、心のどこかでは互いを認め合ってもいる様子。そんな折、新たな俘虜が収容されることになった。バタビヤ(現ジャカルタ)における日本軍輸送隊襲撃のとがで軍事裁判にかけられていた英国陸軍少佐ジャック・セリアズ(デヴィッド・ボウイ)である。どの英国兵にもまして反抗的なセリアズはハラもロレンスも持てあまし気味だったが、収容所の所長・ヨノイ大尉(坂本龍一)は彼になぜか甘かった。そんなある日、所内で無線機が何者かによって持ち込まれていたことが発覚。その犯人捜しのあおりをくらって、ロレンスとセリアズは独房へと送り込まれるのであった。

 後年『ラストエンペラー』(1987)を手がける敏腕プロデューサー、ジェレミー・トーマスを海外パートナーに擁した上、デヴィッド・ボウイ、坂本龍一、ビートたけしらをメイン・キャストとして集め、ニュージーランド領・ラロトンガ島にて共演させるという、今では到底考えられない国際的布陣。たけしによる活発な「宣伝活動」により、公開当時、若者が多く劇場に詰めかけたことも記憶にまだ新しい。また、坂本が大島から出演依頼を受けた際、「音楽も書かせてもらえるなら」という条件付きで応じたのは有名な話。結果として、彼の書いた主題曲が公開前に広く流布したことも興行への大きな弾みとなり、そればかりか現在につながる長い作品認知の支えになっている。反復される旋律の輝きは今も失われていない。

 もちろん、この作品の魅力は配役や音楽だけがすべてではない。一種の愛憎劇として展開する物語、そこに内在する純粋にして複雑な魂の交感、である。なかでもセリアズに対するヨノイの感情の交錯については当時の表現としてかなり新しかった。大島作品でいえば後の『御法度』(1999)にまっすぐ通じるそれであり、広義では『マックス、モン・アムール』(1987)のチンパンジーと人間女性との関係にもつながる気分だろう。ジェンダーレスが叫ばれる現代には一層タイムリーに映る部分でもあるだろうか。大島は単なる「LOVE」で陸軍大尉の感情をくくらなかった。お安い倒錯にも落とし込まなかった。ひどくシンプルな「美」へのあこがれ、いや、畏(おそ)れとすべきか。それを坂本の演じるキャラクターから導きだし、ボウイの英国軍少佐の大胆な行動でこたえようとした。セリアズから両頬にキスを受け、いかんともしがたい衝撃に打ち震えるヨノイの表情、それをコマ落としの処理ですくい上げた映像は今なお鮮烈である。

 この作品における「美へのおののき」は、強いていえば三島由紀夫自身と彼が描く小説世界に精神性が近く、大島的にはモダニズムの発露でもあったろう。簡単にいえば、「ポップ」なのである。たけしが公開前に騒がなくとも、坂本が陶酔を誘う調べで若者の耳を潤さなくとも、すでに大島は現代の最先端をその物語にして撃ち抜いていた。そこにたけしと坂本が乗っかっただけ、とも解釈できる。新しい時代のための、新しい愛のかたち。困ったことに、38年経った今でも新しいのである。もし三島が割腹自殺して果てていなければ、そして、もしこの映画の製作が早まっていたとしたら、ヨノイの役は三島に与えられていたかもしれない。そんな妄想にいそしむのも、今回の再公開における楽しみといっていい。

 俘虜収容所における日本軍人と英国兵士の確執と融和となれば、デヴィッド・リーン監督の名作『戦場にかける橋』(1957)を思い出す映画ファンも多いだろう。それでなくとも、通常の戦時下ドラマとは一線を画している大島の仕事は、戦場の男性的な暑苦しさ、汗臭さがまったくない。むしろ清潔的すぎるほどで、ある種、涼しい。そんな空気感があればこそ、兵士自身も理解できない感情を描き得た、ともいえる。ヨノイとセリアズの関係もさることながら、ハラとロレンスのそれも別の方向で味わい深い。『戦場にかける橋』を引き合いに出すなら、早川雪洲とアレック・ギネスの構図は後者に近いだろう。

 早川雪洲といえば、ハリウッドで活躍した日本人俳優のパイオニア的存在。その雪洲とルドルフ・ヴァレンチノの「関係」を描こうとした野心的な大島の企画が『ハリウッド・ゼン』であった。1990年代初頭にマスコミ向けの製作発表が行われ、坂本龍一が雪洲役に挑むことまで宣言されたが、資金難で頓挫。この作品が完成されていれば、大島の目指したものはより明快になったのではないか。記者発表の会場で笑顔を絶やすことがなかった大島と坂本の表情を思い返すにつけ、つくづく惜しまれる。そんな在りし日の愛惜の念にふけることもまた、今『戦場のメリークリスマス』を目にする楽しみだろう。

 2021年4月16日(金)より全国順次公開
原題:Merry Christmas, Mr. Lawrence / 製作年:1983年 / 製作国:日本=イギリス=ニュージーランド / 上映時間:123分 / 配給:アンプラグド / 監督:大島渚 / 出演:デヴィッド・ボウイ、トム・コンティ、坂本龍一、ビートたけし、ジャック・トンプソン、ジョニー大倉、内田裕也
公式サイトはこちら
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©大島渚プロダクション
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タイトル 愛のコリーダ 修復版
製作年 1976年
製作国 日本
上映時間 108分
配給 アンプラグド
監督 大島渚
出演 松田英子、藤竜也、中島葵、松井康子、殿山泰司
公式サイト https://oshima2021.com/

4月30日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開

昭和11年(西暦1936年)をめぐる大島渚のこだわり

 映画『戦場のメリークリスマス』(1983)の中でヨノイ大尉(坂本龍一)がロレンス(トム・コンティ)にこう語る場面がある。「満州にいて二・二六事件に参加できなかった自分は死に後れた身なのだ」と。その陸軍若手将校の蜂起事件と同じ年に起きたもうひとつのセンセーショナルな出来事が「阿部定事件」である。情夫の局部を切り取って逃亡した女中の真相とは何だったのか。日仏合作映画『愛のコリーダ』(1976)は、愛欲の沼にはまった男女の顛末をじっくり描いた大島45歳時の野心作である。

 全編、ほぼ性愛描写のみ。ただただ性交に明け暮れる男女の姿を闘牛(コリーダ)にたとえた結果の日本題名だったのだろうか。露骨なまでの性愛表現はすさまじく、本番行為まで実行されたそれは、男女の局部も丸出し。単に「映っちゃった」などというレベルではない。「映してやる」との意地と覚悟が爆発している描写なのである。ハードコアが解禁されていたフランスではともかく、日本での初公開の際、一部映像のカット、局部はすべてボカシ入りという処理が行われたのも致し方がなかったろう。

 それにしても、あけすけすぎ。不必要なほど男女の局部をさらす演出の意図を勝手に推察するなら、やはりこれが「局部を切り取った女の物語」だからだろう。愛情のこむら返りとはいえ、普通、男性の局部までは切らない。しかし、大島はそれを肯定したのではないか。定(松田英子)は吉蔵(藤竜也)の下腹部を愛してやまなかった。片時も離したくなかった。常にふれておきたかった。それはもはや「性愛」というより「性器愛」だったといっていい。そんな占有欲が性交場面を通じて積み重ねられることで、クライマックスへの布石となった。「なぜ切ったのか」ではない。「だから切ったんだよ」と。世にも激しい愛のゴールに向けて、大島はただ走り抜けた。その愚直なまでの作家性の迫力、美しさ。

 くだんの昭和11年に戻るなら、二・二六事件、阿部定事件のほかに、大島にとってもうひとつ大切な事象があった。それは日本映画監督協会の発足。奇しくも、二・二六事件と同じ2月26日のことであった。常に新しい映画表現の場を求めていた大島にとって、海外資本に頼るしかなかった当時の現実は、日本での監督生活の限界を物語るもの。逆にいえば、どうにかして日本映画界の風通しをもっとよくしたいと願っていたのではないか。大島が1980年から1996年までの長きにわたって日本映画監督協会の理事長を務めたのも、そんな心象の反映だったと考えていい。昭和11年は日本の軍国主義への直進においても、映画監督の主権を維持する団体の設立においても重要な転換点だったのである。

 ほかに阿部定事件を描いた作品となると、田中登監督の『実録 阿部定』(1975)、大林宣彦監督の『SADA 戯作・阿部定の生涯』(1998)あたりが有名だろうか。阿部定本人を担ぎ出し、それを路上で隠し撮りするという石井輝男監督の怪作『明治・大正・昭和 猟奇女犯罪史』(1968)もある。個人的には『愛のコリーダ』の松田英子、風貌にどこか実物の面影が感じられて憎めない。


©大島渚プロダクション
文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


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