特集・コラム
映画のとびら
2021年5月7日
未来へのかたち|映画のとびら #115
およそ240年の歴史を持つ陶磁器「砥部焼」(とべやき)をめぐって描かれる家族劇。愛媛県砥部町出身の映画監督大森研一が地元のために書き上げたミュージカル台本『シンパシーライジング』を映画用にあらため、自ら監督として砥部町の協力のもと、2019年に撮影し、仕上げた感動作だ。
砥部焼発祥の地、愛媛県砥部町で、東京オリンピックの開催を控え、今、ひとつのコンペティションが始まろうとしていた。それは「オリンピック砥部焼聖火台デザインコンペ」。参加したのは、ベテランの高橋竜見(橋爪功)、その次男の竜青(伊藤淳史)ら、砥部町の陶芸家有志の面々。幼少期から聖火台に思い入れがあった竜青は気合いを入れてコンペに挑むが、選ばれたのは陶芸家としても自立していない高校生のひとり娘・萌(桜田ひより)のデザインだった。その名も「シンパシーライジング」。ちょっと無理のあるデザインもさることながら、何よりもその聖火台の大きさに竜青は苛立った。これほどの大きさの陶器を焼き上げるには、父親の窯を借りるしかない。しかし、竜見と竜青の父子は何年も前にケンカ別れしてから関係はずっと平行線。コンペの立案者のひとりで、今は東京の芸大で教授を務める兄・竜哉(吉岡秀隆)や竜青の妻・幸子(内山理名)が間に入って両者を取り持とうとするのだが、余計に険悪になるばかり。竜青は、幼少期に母・典子(大塚寧々)を山の遭難で失って以来、酒に溺れ、家族の関係を壊した父をどうしても許せなかったのだ。一方の竜見にしても、ろくに基本もできないうちに突飛な陶器作りで独り立ちした竜青が今も苦々しい。萌にしてみれば、そんな祖父と父の間を近づけるだけでなく、砥部町の窯元全員の力を集めたくて発想し、命名したデザインだったのだが、聖火台制作は暗礁に乗り上げていく。そんなある日、父の窯に居候をしていた兄・竜哉が突然、大量の血を吐き、倒れてしまうのであった。
過去に『瀬戸内海賊物語』(2013)でも砥部焼を登場させている大森研一が、いよいよ故郷屈指の工芸品を目玉に作り上げたご当地映画というべきか。しかし、あからさまな「町おこし」のような印象はなく、一個の家族物語として素直に入ってくる作品に仕上がっている。母親の遭難場面とその後の鍵となる石の存在をモノクロで見せる導入部に始まり、主人公の陶芸の暮らしぶり、コンペ開催が発表される寄り合い、その会場での兄の登場という流れが冒頭の十数分に流れるように収まっており、以後の展開の語り口もこなれていて、なめらか。少なくとも、家族の関係図、竜青の座右の銘「結昇」(ゆうしょう/シンパシーライジングにつながる言葉)が簡潔に伝わる手際には感心させられるだろう。
端的に記すなら、家族の愛憎と葛藤、その再生のドラマである。その架け橋となるのが砥部焼による聖火台制作のプロセスで、人間ドラマが前面に出される一方で砥部焼が作られる経緯が同時に楽しめるという構成。砥部焼が脇役ながら主役でもあるという立ち位置も絶妙。大森研一はご当地映画のあるべきたたずまいを心得ている。家族が結びついていく展開と聖火台デザインが実体を成していく描写は手堅く、母の遭難が理想の石(土)の発見とつながっているという仕掛けもニクイ。白眉はやはり、実際に土がこねられ、聖火台が砥部焼として本当に制作されていくクライマックスだろう。「結昇」の言葉さながらに示されるそこには、音楽担当・清塚信也の明瞭な美旋律とともに、連携の喜び、協調の美しさがまぶしく輝いた。
物語自体は決して目新しくない。強烈な事件も起きず、驚くような意外性もない。「家族物語」として、定番といっていい。だが、優れた定番を作ることは容易ではない。ここには定番の確かな安心感がある。心地よい安定感がある。それをかなえた大森研一と砥部町の絆もまた、ひとつの「結昇」であった。
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(C)2019「ハルカの陶」製作委員会
タイトル | ハルカの陶 |
製作年 | 2019年 |
製作国 | 日本 |
上映時間 | 119分 |
監督・脚本・編集 | 末次成人 |
出演 | 奈緒、平山浩行、村上淳、笹野高史、村上真希 |
実在の女性陶芸家・神山清子を田中裕子の主演で描く高橋伴明監督作品『火火』(2004)が、このカテゴリーの作品としては真っ先に浮かぶ。難病に冒されたヒロインの強い意志とその人生にはただ圧倒されるだろう。その舞台は滋賀県信楽町。つまり、扱われているのは信楽焼である。
同じく信楽焼が登場する映画には藤竜也が主演するクロード・ガニオンの監督作品『KAMATAKI(窯焚)』(2005)もある。戸田恵梨香主演のNHK連続テレビ小説『スカーレット』(2019-2020)も信楽に生きる女性陶芸家の物語であった。
奈緒主演の『ハルカの陶』(2019)では備前焼が出てくる。これも岡山県備前市を舞台にしたご当地映画。ドラマににじむさわやかな味わいは悪くないところ。
金沢市で陶芸に目覚め、東京で名を挙げた茨城出身の陶芸家・板谷波山を描く『HAZAN』(2004)は、榎木孝明主演、五十嵐巧監督の力作。これまた茨城県の立派なご当地映画。
北海道の陶芸家を描くのはテレビドラマ『優しい時間』(2005)。母親を失った息子(二宮和也)が父親(寺尾聰)と断絶しているという設定は『未来へのかたち』(2021)に近い。この作品で陶芸を学んだ二宮が作品の準備中、陶芸の先生に学んだという「心得」は今も彼の俳優活動の指針となっている。
陶芸→ろくろとなると、『ゴースト/ニューヨークの幻』(1990)を思い出す映画ファンも多い。デミ・ムーアとパトリック・スウェイジの恋人がろくろを回しながらスキンシップをする場面は、『タイタニック』(1997)における船の舳先でのそれと同様、ラブロマンスの「定番」だろう。
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。
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