特集・コラム
映画のとびら
2021年5月21日
アオラレ|映画のとびら #117
ラッセル・クロウが悪役に徹したアクション・スリラー。信号待ちの道路で男性運転手とトラブルに陥ったシングルマザーが、その男から執拗な嫌がらせや暴力行為に見舞われていく。男性運転手にラッセル・クロウがふんして、最近にない徹底した悪役ぶりを披露。被害を受けるシングルマザー役には『光をくれた人』(2016)や『否定と肯定』(2016)などに出演しているオーストラリア出身の新進女優カレン・ピストリアス。監督はデヴィッド・ドゥカヴニー、デミ・ムーア主演のコメディー『幸せがおカネで買えるワケ』(2009)で長編監督デビューしたデリック・ボルテ。
美容師レイチェル(カレン・ピストリアス)はひとり息子のカイル(ガブリエル・ベイトマン)を育てながら、夫と離婚係争中の身。疲れが取れない日々で、今日もうっかり寝坊してしまった。急いで、仕事に向かったものの、渋滞に巻き込まれ、結局、最良の顧客を失うことに。仕方なく、フリーウェイを降りてカイルを学校に送り届けようとすると、今度は出口で信号が変わったのに動こうとしないトラックと遭遇。イライラが募った彼女はガマンしきれず、クラクションを派手に何度も鳴らし、手振りで悪態をつきながら、トラックを追い越した。すると、次の渋滞で、そのトラックが真横にやってきて、サングラスをかけた男性運転手(ラッセル・クロウ)が窓を開けて後部座席のカイルに静かに語りかけた。「クラクションの鳴らし方に礼儀がないな」と。これにレイチェルは「動かなかった方が悪い」と応戦。運転手は同じく静かに「最近、嫌なことが続いて考え事をしていた。嫌な思いをさせて悪かった」と謝罪し、「君も謝ってくれればおあいこだ」とするが、レイチェルは憮然として「謝るようなことはしていない」と拒絶。ついに激高した運転手は「君は本当の不運を思い知ることになる」と告げるや、走行妨害を開始。続いて、ガソリンスタンドに立ち寄ったレイチェルの隙をついて彼女のスマホを奪うと、レイチェルをかばおうとした男性客を跳ね飛ばし、彼女の関係者に対しても次々に手をかけていくのだった。
ぶち切れた男性運転手とシングルマザーの攻防戦がドラマの基調。スリリングなカーチェイスに始まり、美容師の弁護士(ジミ・シンプソン)や弟(オースティン・P・マッケンジー)などに運転手の魔の手が伸びるサスペンスフルな描写、これに対抗するヒロインによる起死回生の作戦に至るまで、展開は無駄なくスピーディー。物語に意外性は少ないものの、手際のいい演出で、最後まで息つくヒマもなく楽しめる。
題材としては時事性が際立った。走行中のトラブルはもはや世界中で日常風景になっており、タイトルバックでは数々のドライブレコーダーの映像が紹介され、危険運転や怒りを抑えられない現代人の姿がつぶさに露呈される。その延長にこの物語もあり、少々、戯画化されているものの、いつ、どこで起きてもおかしくない身近な状況が観客の関心をはずさない。その点、まさにタイムリーな作品といっていい。
邦題の『アオラレ』とは無論、日本独自のものだが、原題の「Unhiged」は「情緒不安定」とする翻訳も可能で、単にラッセル・クロウの悪役を指しているだけでなく、ヒロインの精神状況にも重なっていると考えていい。ある意味、どちらの人間も路上で「アオラレ」たわけである。映画では冒頭、運転手が元妻の家を焼き払う暴走場面が描かれ、彼の狂気が先行して観客に植え付けられるが、ヒロインによる自業自得の悲劇とこの物語をとらえる向きがいても決して間違いではない。それがこの映画、最大の特徴であろう。つまり、男性運転手、女性美容師、どちらにも観客の心が潜んでいるのである。いわば、現代の寓話。他人事とはどこか割り切れない。そんな、ちょっと身につまされるあたりが、本当に怖い。
体型を無様な肥満に変え、ヒゲ面で美容師を追い込むラッセル・クロウの怒れる異常者は一見の価値あり。これを受けるヒロイン役カレン・ピストリアスもいい味を出している。
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タイトル | フォーリング・ダウン (原題:Falling Down) |
製作年 | 1993年 |
製作国 | アメリカ |
上映時間 | 113分 |
監督 | ジョエル・シューマカー |
出演 | マイケル・ダグラス、ロバート・デュバル、バーバラ・ハーシー |
『グラディエーター』(2000)の大ヒットでスターへ上りつめ、すっかり英雄、善人の役がお似合いになったオーストラリア俳優ラッセル・クロウだが、それ以前には悪役の仕事も持っていた。その作品『バーチュオシティ』(1995)では凶悪犯罪者のデータが詰め込まれたアンドロイドを熱演。ヴァーチャル空間でデンゼル・ワシントン演じる元警官と戦いを繰り広げた。今にして思えば、豪腕刑事を演じた『L.A.コンフィデンシャル』(1997)や企業を告発する元会社員役の『インサイダー』(1999)などは、悪役からの脱却を果たす意味で、ラッセル・クロウのキャリアにとって重要な作品だったといえる。
『アオラレ』(2020)に関していえば、ラッセル・クロウの男性運転手は『フォーリング・ダウン』(1993)におけるマイケル・ダグラスのブチギレ中年を思わせる部分がある。トラックによるストーキングという点では、スティーヴン・スピルバーグの出世作『激突!』(1971)のタンクローリーを思い出す観客も多いだろう。もっとも、あちらは運転手の素性を最後まで明らかにしない。70年代が「見えない恐怖」におびえる時代だとするなら、現代は身近な「見える存在」が恐ろしい時代なのだろう。
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。
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