特集・コラム

映画のとびら

2021年5月28日

はるヲうるひと|映画のとびら #118

#118
はるヲうるひと
2021年6月4日公開


© 2020「はるヲうるひと」製作委員会
『はるヲうるひと』レビュー
絶望の果てにきらめくもの

 人気俳優・佐藤二朗が、主宰する演劇ユニット「ちからわざ」で2009年と2014年に上演した同名舞台劇を自ら監督して映画化。とある小島の置屋を舞台に、山田孝之、仲里依紗、坂井真紀、向井理らとともに、舞台版にも出演している今藤洋子、笹野鈴々音、太田善也、大高洋夫、兎本有紀らのユニット仲間を加えて、深く重い人間ドラマを編んだ。第2回江陵国際映画祭では最優秀脚本賞を受賞している。佐藤にとっては、韓英恵を主演に迎えた『memo』(2008)に続く監督第2作となる。

 日本のどこかにある小さな島。原発建設計画で揺れるそこには、本土からやってくる男たちを迎える置屋がいくつもあった。そのうちのひとつ「かげろう」で、真柴得太(山田孝之)は日々、客引きと遊女たちの世話をしている。今日も海辺で「誘い」をかけるが、ひとりも客をつかまえられない。そんなふがいない得太を「かげろう」のオーナー、哲雄(佐藤二朗)は決して許さない。客引きがゼロに終わると聞くや、得太に土下座をさせるだけでなく、その右手を容赦なく火鉢に突っ込ませた。いくら得太が悲鳴を上げても哲雄は冷ややかに見つめるだけ。実は、哲雄は同じ「真柴」の姓を持つ得太の腹違いの兄だった。かつて哲雄の父が遊女のひとりとつくった子どもが得太であり、しかもその遊女と哲雄の父は心中していたのである。もっとも、哲雄が厳しいのは得太に対してだけではない。峯(坂井真紀)ら4人の遊女たちにも温情を挟まなかった。「客が来ないのはお前らも悪い。お前らの仕事は心のないセックスをすること。心のないセックスに必要なのは何だ? そう、テクニック。性病になるのはテクニックが未熟だからだ」と、やはり感情のない声で吐き捨てる。かろうじて哲雄が甘かったのは、同じ「かげろう」に暮らすいぶき(仲里依紗)だけだった。彼女は得太と同じ母を持ち、哲雄とはやはり腹違いの妹だった。客を取ることを課せられていないものの、夢のない毎日を嘆くいぶきを、得太はただ抱きしめてやることしかできない。そんなある日、3人の関係に変化をもたらす事件が起き、思いもよらぬ秘密があらわになるのであった。

 佐藤二朗の監督作品と聞いて、軽妙な喜劇を期待して見てしまうと、ひどく面食らうことになるだろう。ある意味、その正反対の位置にある作品であり、どこか人間の業や闇を見つめているかのような気分がある。置屋の場面が大部分を占めており、舞台劇から出発しただけはある「閉じた世界」の物語。架空の小島という設定からして世間から隔絶された空間設定であり、自ずと人間の内面へと観客の視線が向くように設計したと考えられる。人物関係を眺めても、まるで足踏みをするかのように3人の異母兄弟をめぐる心の内をじっくり探る展開であり、どこまでも「内省的」という表現が似つかわしい。

 たとえば、佐藤の監督デビュー作『memo』では、佐藤が過去に苦しんだという「強迫性障害」の体験を題材に取り上げているが、描写自体は喜劇性をにじませていた。内面との闘いを「笑い」という仕掛けでどう包もうとするかという腐心が随所にあったとしてよく、その意味では今回の暗部を「直視する姿勢」は「笑い」に甘えなかった進化であり、同時に「笑い」とはどう生まれるべきかとの「問い」にも似た深化ともいえるだろうか。人間は何を笑うのか。何のために笑いを求めるのか。暗黒ともするべき置屋の世界観に、そんな禅問答とも自浄行為ともとれる作家的葛藤を読み取ることも可能だろう。あるいは、俳優・佐藤二朗を「笑い」という鋳型にはめがちな世相へのアンチテーゼとするのも悪くない。

 「出口なきドラマ」はひたすら語り口も重く、とりわけ佐藤二朗演じる置屋の主人はどこか狂気を感じさせる存在でもあり、その非道なまでの女郎たちや腹違いの弟への蔑視、仕打ちは見ていてつらくなるほど。観客の立脚点は山田孝之演じる得太に置かれるが、得太を通して見つめられるのは終始、哲雄に巣くう「果てしない絶望」である。なぜ哲雄はそこまでの人間になってしまったのか。哲雄への理解が進むとき、わずかな希望の光が漆黒の彼方に差し込める。ささやかなきらめきが見えてくる。ただし、全く明るくなることはない。大団円に向かうわけでもない。人間はそこまで単純じゃない。佐藤は観客を甘えさせない。「笑い」で世に知られ、「笑い」を仕事にすることが多い人間だけが成せる誠実な人間洞察がここにある。佐藤にとっては、もしかしたら「はるヲうるひと」とは「わらいヲうるひと」と同義なのかもしれない。

 2021年6月4日(金)より全国公開
原題:はるヲうるひと / 製作年:2020年 / 製作国:日本 / 上映時間:113分 / 配給:AMGエンタテインメント / 監督:佐藤二朗 / 出演:山田孝之、仲里依紗、今藤洋子、笹野鈴々音、駒林怜、太田善也、向井理、坂井真紀、佐藤二朗
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佐藤二朗の来歴を知る

 佐藤二朗に「笑い」のイメージをもたらした筆頭格といえば、やはり福田雄一だろう。タッグを組んだ作品には『33分探偵』(2008)、『勇者ヨシヒコと魔王の城』(2011)、『裁判長っ! おなか空きました!』(2013)、『スーパーサラリーマン佐江内氏』(2017)、『今日から俺は!!』(2018)などのテレビドラマ、『大洗にも星はふるなり』(2009)、『女子ーズ』(2014)、『明烏』(2015)、『銀魂』(2017)、『斉木楠雄のΨ難』(2017)、『50回目のファーストキス』(2018)、『ヲタクに恋は難しい』(2020)、『新解釈・三國志』(2020)などの映画作品があり、最近では佐藤が出ていない福田作品などないも同然。山田孝之との関係性を含めて、再見する意味は大きいだろう。

 佐藤を発見したということでは、堤幸彦の存在も忘れてはならない。堤が演出を担当した『ブラック・ジャックⅡ』(2000)は、文字どおり、佐藤のお茶の間へのお披露目作品になった。映画にも佐藤を積極的に引っ張っていき、『溺れる魚』(2001)、『恋愛寫眞』(2003)、『包帯クラブ』(2007)、『RANMARU 神の舌を持つ男』(2016)などに登場させている。

 サラリーマン生活を経て、舞台俳優として出発した佐藤二朗は1996年に結成したユニット「ちからわざ」では台本も執筆。映像面では『ケータイ刑事 銭形泪』(2004)でドラマ脚本家デビュー。テレビドラマではほかに『恋する日曜日』(2007)、『家族八景』(2012)、『だんらん』(2013)の脚本作品があり、『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』(2014)では演出も兼ねている。佐藤の作り手としての顔と手腕を知る意味では、追いかけておきたい作品群だろう。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 

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