特集・コラム
映画のとびら
2021年7月16日
少年の君|映画のとびら #127
第93回アカデミー賞で国際長編映画賞の候補に挙がった青春映画。激しい受験戦争の中、陰湿ないじめを受ける優等生の女子高生とチンピラ同然の生き方をしている不良少年の出会いと交流を描く。ヒロインを演じるのは中国で「13億人の妹」と叫ばれるほどの人気女優チョウ・ドンユイ。不良少年にはアイドルグループ「TFBOYS」のメンバーとして絶大な人気を誇るイー・ヤンチェンシー。監督は、人気俳優にしてベテラン映画監督でもあるエリック・ツァンの息子で、チョウ・ドンユイと『ソウルメイト/七月と安生(チーユエとアンシェン)』(2016)でも組んでいるデレク・ツァン。
2011年の中国。高考(ガオカオ/全国大学統一入試)を間近に控え、進学校の生徒たちは緊張が強いられる毎日を送っていた。再受験クラス理系10組の生徒チェン・ニェン(チョウ・ドンユイ)もそのひとり。成績優秀の彼女にとって、北京の大学に入学することは必須。借金まみれで出稼ぎに出ている母親を助けるのが主な理由だった。その夢を追いかけていたある日、同級生のフー(チャン・イーファン)が突然、飛び降り自殺を図る。警察の取り調べには何も語らなかったチェンだったが、彼女にはそれが受験のストレスが原因ではなく、いじめによるものだとわかっていた。その日を境に、今度はチェンがフーをいじめていた3人の同級生から嫌がらせを受け始める。学校でいよいよ孤立感を深めていったチェンが、いかがわしい商売でその日暮らしをしている不良少年シャオベイ(イー・ヤンチェンシー)に出会ったのはそんな頃。学校からの帰り道、数人の男たちに暴行を受けていたシャオベイの窮地をチェンが救ったことがきっかけで、ふたりは徐々に距離を縮めていく。チェンの境遇を知ったシャオベイは言う。「お前は世界を守れ。俺はお前を守る」。いつしか、毎日のようにチェンの背後を歩いているシャオベイの姿があった。
開巻からしばらく、映画はチェンの日常をつぶさに追う。「友だちは不要」とまで話すチェンの不毛な学校生活、母のいない自宅でひとり寂しく暮らす私生活。やがて始まるいじめも生々しく、まるで社会問題を告発するだけの作品に映るだろう。しかし、どこか教条的な気分はチェンとシャオベイの出会いを契機に薄まり、青春映画の香りを一気に満たしていく。まるで正反対の生活を送るふたりの絆が固く結ばれていく過程は、どこか1950~60年代の日活製青春映画を眺めるようなオーソドックスなもの。しかし、その目線がまっすぐであればあるほど、年若い男女の共存関係が痛いほど美しく、鋭く、見る者に迫ってくる。
構造や映像はシンプルだが、節々のモンタージュに工夫があって、2時間15分の尺が長く感じられない。特に時間の前後を交錯させる仕掛けは、やがてミステリーの味わいをにじませる終盤にも吸引力を発揮し、男女の行く末をどんどんスリリングにしていく。物語の着地は、痛い。しかし、同時に温かい。理不尽な現実を前にして、両者が選んだ結論に、思わず涙を誘われる観客は多いはずだ。
ヒロインを演じるチョウ・ドンユイは撮影時、26歳。生来の幼げな顔つきで高校生役に違和感はないが、ちょっとした瞬間にハッとする美しさを見せる。シャオベイ役のイー・ヤンチェンシーは撮影時19~20歳。街の不良はアイドルの定番的役割だが、年上のチョウ・ドンユイ相手に兄貴分的な気分を無理なく醸してりりしい。両者はその年の中国、香港における映画個人賞を席巻したわけだが、一種のアイドル映画的な気分も漂わせる作品の趣向、メロドラマとしての完成度を思えば当然の結果だろう。
「いつか表通りを並んで歩くことができる」。そう語る主人公たちの姿は、陰湿な社会のゆがみが眼前に迫ってくるほど、けなげに輝く。中国では、青春映画としては歴代1位の興行成績を残した。
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タイトル | 初恋のきた道 (原題:我的父親母親) |
製作年 | 2000年 |
製作国 | アメリカ・中国 |
上映時間 | 89分 |
監督 | チャン・イーモウ |
出演 | チャン・ツィイー、スン・ホンレイ、チョン・ハオ、チャオ・ユエリン |
「13億人の妹」との異名をとるチョウ・ドンユイは、そもそもチャン・イーモウ監督の映画『サンザシの樹の下で』(2010)でデビューした女優。文化大革命を背景にした恋物語で、彼女は第5回アジア・フィルム・アワードの新人賞と、上海映画批評家賞の最優秀新人賞を受賞。一気にブレイクした。
チャン・イーモウは中国映画界きっての名監督だが、女優発掘という点でも特に慧眼の人物である。『紅いコーリャン』(1987)でコン・リーを見いだし、『初恋のきた道』(1999)ではチャン・ツィイーを世に送り出した。特に後者の世界的立身出世には目を見張るものがある。チョウ・ドンユイも選ばれるべくして選ばれ、人気を得るべくして得た女優といえる。
チョウ・ドンユイはその後もデレク・ツァンと初タッグを組んだ『ソウルメイト/七月と安生』(2016)でも第23回香港電影評論学会大奨の最優秀主演女優賞と第53回金馬奨の最優秀主演女優賞を受賞。確かな実力が認められており、その点でもコン・リー、チャン・ツィイーのその後に近い。
イー・ヤンチェンシーは2005年に16歳で芸能界デビューし、2013年に3人グループ「TFBOYS」を結成。2018年、初主演映画『少年の君』(2019)の撮影中に中央戯劇学院に入学している。同作品では根無し草の少年を演じているが、実生活では撮影直前に高考を受験しているのだから興味深い。
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。
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