特集・コラム
映画のとびら
2021年9月2日
先生、私の隣に座っていただけませんか?|映画のとびら #137
黒木華×柄本佑という顔合わせで描く夫婦ドラマ。不倫疑惑をめぐって揺れる結婚5年目の漫画家夫婦の姿をコミカルかつミステリアスにつづっていく。監督・脚本は『いたくても いたくても』(2016)、『ANIMAを撃て!』(2017)の堀江貴大。
人気漫画家の佐和子(黒木華)は、ちょうど連載の最終回を描き終えたばかり。その横で背景処理などを手伝っていたのは夫の俊夫(柄本佑)である。彼もかつては人気作家だったが、ここ4年ほどはスランプ気味。妻の作品をアシストすることで日々をやり過ごしている。そんなふたりの横で最終回の原稿を目にした編集者の千佳(奈緒)は仕上がりに大満足。早速、佐和子に次の連載の相談を持ちかけた。「考えておきます」と答える佐和子の笑顔はどこかぎこちない。そのとき、佐和子の携帯電話に母(風吹ジュン)が事故に遭ったとの知らせが入る。ふたりはペットのカメ共々、しばらく母の住む田舎で暮らすことにし、佐和子は教習所に通って自動車免許を取得することに。ほどなくして、俊夫が佐和子の新連載のネーム(ラフな下書き)に目を通すと、そこには「夫と雑誌編集者が不倫関係にあることを知った女性漫画家が、やがて教習所の若い教官(金子大地)とただならぬ雰囲気になっていく物語」が描かれていた。
題名の「先生、私の隣に座っていただけませんか?」は、女性漫画家が新連載の作品に冠した題名と同じ。その「先生」とは漫画家の夫を指すのか、それとも教習所の教官を指すのか。妻は自分の何を知っていて、突然、スカート姿になったりするのはやっぱり……なのか? 原稿を盗み読みする夫の煩悶(はんもん)が物語の軸になっており、そのドタバタが笑いを呼び、真実の行方がミステリーの味わいを醸す。
漫画の絵柄を実写に重ねたり、実写の描写を漫画的な空想世界に引き込もうとしたり、観客の関心を巧みに揺り動かす演出、映像処理は悪くなく、どこにでもありそうな葛藤劇を軽やかに無理なくそよがせる。不倫問題が根っこにあるわけだが、憎悪が前面に出てくるような陰鬱さは微塵もない。むしろ明るい。もちろん、ある種の悲劇であるわけだが、その裏返しとしての「笑い」が劇中に心地よいドライブ感を与えている。人によってはゲーム感覚的な軽妙さを覚える向きもあるだろうか。となれば、作り手の術中にハマったも同然。「あれ、最後まで見ちゃった」みたいな読後感の中で映画館を後にするに違いない。
演出もさることながら、役者陣の表現も巧妙だろう。わかりやすい表情、芝居を安く終わらせることなく、それでいて描写から一歩踏み込んだ位置へさりげなく誘い込む。漫画的な空気が本物になる。ちょっとした錬金術を見るがごとしで、黒木華と柄本佑の夫婦は、その意味でとんでもない怪演にして快演であり、ある意味、不倫が招く不幸より恐ろしい。こういうことをサラリとやられてしまうと、困る人間も出てくるのではないか。この映画を見た後では、とても彼らの隣に気軽に座ることなどできない。すごい。常にあっけらかんとしている編集者役・奈緒、微笑みだけの教官役・金子大地の存在も印象に残る。
結末に関しては、いろいろな解釈が出てくるだろう。それだけ許容範囲の広い仕掛けが待っている。強いて言えば少女漫画風味の作品だが、男性の「読み手」ほどスリルを感じる仕上がりといえなくもない。
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タイトル | 嘘を愛する女 |
製作年 | 2018年 |
製作国 | 日本 |
上映時間 | 117分 |
監督 | 中江和仁 |
出演 | 長澤まさみ、高橋一生、吉田鋼太郎、DAIGO、川栄李奈、黒木瞳 |
『先生、私の隣に座っていただけませんか?』(2021)は、もともと堀江貴大監督が「TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM FILM 2018」に応募し、準グランプリを獲得。そこから晴れて映画化の道を進むことになった企画である。
「TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM FILM」とはTSUTAYAによる「映像クリエイターと作品企画の発掘プログラム」のこと。2015年にスタートし、これまでに3,000以上の応募があり、19作品が受賞。この『先生、私の隣に座っていただけませんか?』と9月23日に公開される金井純一監督、ムロツヨシ主演の『マイ・ダディ』(2021)を含む9作品が映像化の日の目を見ている。
最初に映像化がかなった企画は、中江和仁監督、長澤まさみ、高橋一生出演の『嘘を愛する女』(2018)。続いて片桐健滋監督、池田エライザ主演の『ルームロンダリング』(2018)、箱田優子監督、夏帆、シム・ウンギョン出演の『ブルーアワーにぶっ飛ばす』(2019)、ヤング・ポール監督、三浦貴大、成海璃子出演の『ゴーストマスター』(2019)、兼重淳監督、中条あやみ、杉野遥亮出演の『水上のフライト』(2020)、渡部亮平監督、土屋太鳳、田中圭出演の『哀愁しんでれら』(2021)、加藤卓哉監督、瀧内公美、神尾楓珠出演の『裏アカ』(2021)といった作品が劇場公開されてきた。いずれも独特の視点、作風が映えた作品ばかり。この機会に過去作品をまとめて鑑賞するのも面白いかもしれない。
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。
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嘘を愛する女
ルームロンダリング
ブルーアワーにぶっ飛ばす
ゴーストマスター
水上のフライト
哀愁しんでれら
裏アカ