特集・コラム
映画のとびら
2021年10月15日
リスペクト|映画のとびら #146
伝説的な女性ソウル歌手アレサ・フランクリンの若き日々を描く人間ドラマ。1952年の10歳時から1972年までの20年間、波乱に富んだ私生活と歌手活動が、数々の名曲とともに刻まれていく。主演は、生前のアレサ・フランクリンから直々に指名があったという『ドリームガールズ』(2006)のジェニファー・ハドソン。アレサの父を演じるのは『バード』(1988)、『ラストキング・オブ・スコットランド』(2006)のフォレスト・ウィテカー。監督はテレビドラマ『ウォーキング・デッド』(2010-2022)の演出を務め、これが長編劇映画監督デビューとなる女性監督リーズル・トミー。
幼い頃から天性の美声で周囲を魅了していたアレサ・フランクリン(スカイ・ダコタ・ターナー)は、牧師の父(フォレスト・ウィテカー)からパーティーや礼拝のたびに歌うことを求められていた。別居中の母(オードラ・マクドナルド)との面会日が数少ない心の安らぎだったが、その母がある日、心臓発作で急死。いよいよ厳しくなっていく父の指南のもと、教会のツアーのかたわら、徐々に商業歌手の道を歩んでいく。1959年、17歳になったアレサ(ジェニファー・ハドソン)は、父の意向でコロンビア・レコードと契約。ジャズを中心に活動を始めるも、レコードは全く売れない。意気消沈する中、再会したのは以前から心を引かれていた男友達のテッド(マーロン・ウェイアンズ)だった。ただし、テッドは家族や友人から評判が悪く、とりわけ父からはけむたがられている男。ある日、テッドを父の代わりにマネージャーにしたいと申し出たアレサに、父は背中を向けて去ってしまう。1966年、アレサはテッドの勧めでジェリー・ウェクスラー(マーク・マロン)率いるアトランティック・レコードに移籍。だが、白人との楽曲録音に違和感を訴えたテッドはスタジオでトラブルを起こし、アレサにも手をあげ始めるのだった。
題名の「リスペクト」とは、直接的には黒人歌手オーティス・レディングの持ち歌をフランクリンが1967年にカバーしたシングル曲のこと。全米1位の売れ行きを出した記念碑的作品だが、それ以上に「敬意」という意味合いにおいて、フランクリンの生涯を象徴しているといえるだろうか。信仰、母、妹、友人、歌、音楽仲間、そして父。それらに心のまま、正直に接しても、ゆがんで跳ね返ってくるという葛藤の日々が物語の基軸にあるとしてよく、中でも父親との関係が大きい。その内面描写があればこそ折々に披露される歌唱場面がいよいよ輝いた。フランクリンが黒人の地位向上、公民権運動に熱心だったことなども一般的にはそれほど知られていないのではないだろうか。とりわけマーティン・ルーサー・キングとの交流は彼女の人生にとって重要な要素であり、その追悼場面の歌声に心を動かされる観客は多いだろう。
文字どおりの波瀾万丈の人生。いわゆる「黒歴史」の部分にも、映画は目を背けていない。具体的には10代での望まぬ妊娠、男運の悪さ、どん底のアル中生活などを観客は目撃するわけだが、それぞれに深く踏み込みすぎないあたりがこの映画のミソでもある。ゴスペル・アルバム『至上の愛~チャーチ・コンサート~(Amazing Grace)』のライブ録音風景を物語のピークに持っていく配慮を含め、終始、温もりの気分を満たしており、あれもこれもと事実関係を無理に押し込まない。フランクリンに詳しい人間にとっては薄味かもしれないが、その分、一般性は高く、気持ちよく歌姫の「成功」を俯瞰できる。
最大の至福は、ジェニファー・ハドソンによる歌唱だろう。あこがれの人への思いをそのまま託したかのような歌声はもはや圧倒的であり、フランクリンがなぜハドソンに自身の役を任せたのかも理解できる。ビブラートをかけるときのハドソンの表情など、感涙ものである。どちらも教会活動に腐心したゴスペル出身。クライマックス、そんなフランクリン=ハドソンの素晴らしい喉を耳にしながら、涙を目にためるフランクリンの父=フォレスト・ウィテカーの表情は、そのままこの映画を見る観客の顔でもある。
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タイトル | アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン(原題:Amazing Grace) |
製作年 | 2018年 |
製作国 | アメリカ |
上映時間 | 90分 |
撮影 | シドニー・ポラック |
出演 | アレサ・フランクリン、ジェイムズ・クリーヴランド |
映画『リスペクト』(2021)のクライマックスを彩るアルバム『至上の愛~チャーチ・コンサート~(Amazing Grace)』の収録模様は、記録映画『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』(2018)にもれなく収められている。当初、『追憶』(1973)、『愛と哀しみの果て』(1985)のシドニー・ポラック監督の手で完成されるはずだった同作品は、技術的な問題でオクラ入りしたままだったが、それが解消された2018年暮れ、死去して間もないフランクリンを追悼する形で公開された。1972年1月、ミック・ジャガーまで一般客として鑑賞に訪れた教会での歌声、観客の熱狂は、声を失うほどの臨場感。フランクリンを知る一級の映像資料であり、アルバム共々、手もとに置いておきたいところ。
アレサ・フランクリンのアルバムはどれも聴き応え十分だが、初期作品の『貴方だけを愛して』(1967)、『レディ・ソウル』(1968)、『アレサ・ナウ』(1968)なども、映画を見ると買ってしまいたくなるかも。ヨーロッパ・ツアーを収めた『アレサ・イン・パリス』(1968)も魅力的だ。
ジェニファー・ハドソン関連なら、やはり彼女の出世作『ドリームガールズ』(2006)は押さえておきたいところ。主演のビヨンセ顔負けの存在感はアカデミー賞助演女優賞の栄冠にふさわしい。同作品で歌手としての実力も世に知らしめたハドソンはアニメーション映画『SING/シング』(2016)、『キャッツ』(2016)でもその才能を求められている。その喉に震えた向きには、歌手としてリリースしたアルバム『ジェニファー・ハドソン』(2008)や『アイ・リメンバー・ミー』(2011)なども試してほしい。もちろん、『リスペクト』のサントラ盤で感動を追体験するのも悪くない。
映画でアレサ・フランクリンの父を演じたフォレスト・ウィテカーもまた掛け値なしの名優。アカデミー賞主演男優賞を獲得した『ラストキング・オブ・スコットランド』(2006)やクリント・イーストウッドの要望に応えてジャズマン、チャーリー・パーカーを演じた『バード』(1988)はもちろん必見だが、無名時代に狡猾(こうかつ)なハスラー役でチョイ役出演した映画『ハスラー2』(1986)などは今こそ見直してほしい逸品。ポール・ニューマンを飄々(ひょうひょう)とどん底に落とす瞬間の憎らしさは、トム・クルーズのキューさばき並みに心が震えること請け合いだ。
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1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。