特集・コラム
映画のとびら
2021年12月2日
189|映画のとびら #154
題名の「189」とは、児童相談所虐待対応ダイヤルの電話番号。その児童相談所を舞台に、虐待される児童を守ろうと奔走する新人職員とその仲間の姿を追った社会派ドラマ。主人公の児童福祉司に中山優馬。彼を支える非常勤弁護士に夏菜。児童相談所の上司・安川に前田泰之。妙越児童相談所職員にお笑いタレントのコロッケこと滝川広志。監督は麻生久美子主演のコメディー『eiko』(2004)、滝川広志主演で葬儀社の日常を追った『ゆずりは』(2018)などを発表している加門幾生。
東京都多摩南児童相談所。同所の虐待対策班で働く新人児童福祉司の坂本大河(中山優馬)は、虐待児童をうまく救えずに終わりがちな職務に、不満と葛藤を覚えるばかりの日々。その彼のもとに、虐待を受けたと思われる6歳の女児と面会する機会が訪れる。彼女の名前は増田星羅(太田結乃)。全身に傷を負い、「家に帰りたくない」と話す星羅に対し、その父・勝一(吉沢悠)は虐待の疑いを真っ向から否定。娘を自宅に連れて帰ると言って聞く耳を持たない。幼子を抱える星羅の母(灯敦生)も夫の強権におびえるばかりで、自身の本音を吐き出せない様子。大河は星羅を保護所に一時的に預ける間、弁護士の秋庭詩音(夏菜)の協力を仰いで、なんとか虐待の事実を立証しようとする。だが、保護所はすでに定員の130%を越える収容状況。事態は大河の思うように動かず、刻一刻と新たな危険のときが訪れようとしていた。
虐待を受けている少女・星羅が雪の夜、家の外に立たされている導入部から緊張感が走る。そして、ほどなくして起こる別の女児の虐待死。その悲劇に絶望して仕事をやめてしまう女性保育士、杓子定規の記者対応をする相談所の所長……。抜き差しならない虐待現実のラッシュに、主人公ならずとも、ただ言葉を失うばかりだ。常時「緊急事態」状態といっていい児童相談所をめぐる風景は、頭ではぼんやり想像できていても、いざ映像化を前にすると、誰もが認識の甘さを突きつけられるはず。今も世界のどこかで進行しつつある危機を、社会人としてどう認識し理解するべきか。その「重さ」がこの映画のすべてといっていい。
演出的には、総じて感情的なものとなっているだろうか。冷静な観察を下敷きにした上でのものだろうが、緊急性、深刻さが先立つことで、ドラマは終始、大きく「問題提起」という名の波がうねっている。全編にわたって、もはや息苦しいほどの「圧」が刻まれており、人によってはカリカチュアに過ぎるのではないかとの意見があるかもしれない。しかし、これは実際に起きた事件から着想を得た物語。カリカチュアどころか、もしかしたらそれ以上の「事実」がドラマの向こうに潜んでいる可能性もある。
作風に準じた中山優馬の演技も、かなり情感的なものとなった。その苦渋に満ちた表情は事態の緊迫を伝え、見る者の心を確かに揺さぶる。中山としては、児童虐待経験を持つ青年を演じたテレビドラマ『北斗/ある殺人者の回心』(2017)に呼応する芝居ともいえ、運命的にして他人事ではない表現だったろう。その端々からにじむ「本気」が情感の熱となり、スクリーンの外へのメッセージを本物にした。映画は本広克行監督の時代劇アクション『曇天に笑う』(2018)以来、3年ぶり。生来の生真面目な性格が素直に役ににじんで、今後の活動につながる代表作になったのではないか。
弁護士役の夏菜は中山演じる大河の心のセーフネット的な存在に映って好演。理解のある上司役の前川泰之はさわやかな印象で、穏やかな人間を演じることが多い吉沢悠の虐待父はそれだけに役のインパクトは大。疲弊した職員役の矢柴俊博、警察OB役の菅原大吉も見事に脇を固める。中山と同じジャニーズ組では、中山を尊敬する後輩・寺西拓人が虐待の疑いがかかる若い夫役でワンポイント出演。中山に対して憎々しげな気分をほどよく漂わせ、うれしい映画初出演&映画初共演となった。
映画のラスト、黒地のスクリーンに「189」の数字が浮かび上がり、「いちはやく」というルビがふられる。その瞬間に感じられる得も言われぬ説得力は、そのままこの映画の見ごたえでもある。
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。
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