特集・コラム
映画のとびら
2022年1月14日
コーダ あいのうた|映画のとびら #160【ポスタープレゼント】
第38回サンダンス映画祭で最優秀賞、監督賞、観客賞、アンサンブルキャスト賞の4賞を受賞。マサチューセッツ州の小さな漁村を舞台に、自分以外の家族が全員、聾唖(ろうあ)という女子高生が、秘められた歌の才能を伸ばしながら、新たな一歩を踏み出していく姿を感動的に描く。ヒロインを演じるのは、子役として『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉』(2011)に出演し、テレビドラマ『ロック&キー』(2020)で注目を集めているエミリア・ジョーンズ。監督は『タルーラ ~彼女たちの事情~』(2016)の新進女性監督シアン・ヘダー。原題の「CODA」とは「Child of Deaf Adults(聾唖の親を持つ子)」を意味するもの。同時に、音楽用語として「楽曲の終結部」の意味も持っている。
漁業を生業(なりわい)とするロッシ家の朝は早い。父(トロイ・コッツァー)と母(マーリー・マトリン)、それに兄のレオ(ダニエル・デュラント)の3人は耳が聞こえないため、一家でただひとりの健聴者であるルビー(エミリア・ジョーンズ)は、父と兄の漁船操業を共にし、通訳の役割も担っていた。漁が終わると、すぐに自転車で学校へ。でも、仕事を終えた後の授業はどうしても眠い。居眠りをして先生に怒られるのは日常茶飯事。ルビーの一家をよく思わない生徒も校内にはいる。そんな毎日を送るルビーにも密かな思いを抱く相手がいた。同級生のマイルズ(フェルディア・ウォルシュ=ピーロ)だ。彼が合唱クラブへの入部を決めると、ルビーもすかさず同じ行動をとった。そんなある日、クラブの顧問であるベルナルド・ヴィラロボス=通称V先生(エウヘニオ・デルベス)からルビーは歌の才能を見いだされ、名門バークリー音楽院への受験を勧められる。やがて先生の個人レッスンが始まり、歌う喜びに目覚めていくルビーだったが、彼女なくして家業が成り立たないのもまた現実。仕事か歌か。ルビーに決断のときが迫っていた。
日本でも評判を呼んだフランス映画『エール!』(2014)のアメリカ版リメイクだが、仕上がりはかなりいい。当初、脚本家として企画の開発に招かれたシアン・ヘダーは、自らが幼少期に育ったマサチューセッツ州を物語の舞台に変更するだけでなく、アメリカ式手話(ASL)の授業を受講し、さらにCODAと呼ばれる子どもたちに取材を重ねたという。その実感が、演出も引き受けることで、そのまま映像ににじみ出ている。とりわけ印象的なのは登場人物の際立ちで、ロッシ家の父、母、兄役には聾唖の俳優を起用。手話が日常にある空間をウソにしないばかりか、父母を少々、絶倫気味の夫婦にして艶笑(えんしょう)コメディーの匂いをにじませた。一方、合唱クラブの顧問には芸術家はだしの緊張感を加えることで、ヒロインの歌をめぐる将来にシリアスな展望を与え、同時に恋愛をめぐるロマンティックなプロセスも逃さない。笑いと涙、青春の苦みという三本柱のバランスのよさは、オリジナルを凌駕している部分があるだろうか。
フランス版のオリジナルでも、主人公を演じる俳優の歌声は重要視されたが、その点、エミリア・ジョーンズも負けてはいない。レッスンで徐々に明らかにされながら、ついに訪れたクライマックスで披露されるその喉はスクリーンを越えて観客の心を揺さぶるはず。骨太な田舎娘とアカ抜けた美女の狭間を行くような絶妙の容姿もさることながら、コミカルな仕掛けも無理なくさばく度量、存在感が素晴らしい。その魅力を発見することは、この映画を闇の中で見つめる人間の特権であり、ひとつの義務だろう。
ロッシ家では母親役のマーリー・マトリンの出演が往年の映画ファンにはうれしいところ。父と兄をそれぞれ演じるトロイ・コッツァーとダニエル・デュラントは無名の聾俳優だが、演技力をもって映画に抜擢されていることは一目瞭然。また、V先生役のエウヘニオ・デルビスも日本ではほぼ知られざる人だが、メキシコでは俳優、監督、脚本家、プロデューサーとして有名。アクの強いロッシ家の向こうを張る存在として、主人公の可能性をぐいぐい引っ張っていく。脇の層の厚さにおいても、この映画、勝利を得ている。
娘の歌声を聴くことができない父親がなんとかして彼女の才能を感じようと手を伸ばす場面は、オリジナル同様、この物語の白眉。ルビーが勝負曲に選ぶ楽曲がジョニ・ミッチェルの名作《青春の光と影》というのも、1960~70年代の米フォークソング・ファンあたりの心を熱くするのではないか。
ひとりの女子高校生のサクセスストーリーであり、みずみずしい旅立ちを描く青春映画だが、それ以上に家族の結束の物語へと収斂(しゅうれん)されていくことが恐らく万人の胸を打つポイントになっている。子離れができないほど娘に向けられた肉親の思慕、それをうとましく思いながらも捨て置けない子の心。普遍的なドラマ構成は確かな人間の体臭、情感を放ち、ヒロインの喉が奏でる歌の美しさをいよいよ温かく極めたのだった。「あいのうた」というサブタイトル、ダテではない。
公式サイトはこちら
「コーダ あいのうた」のポスター(非売品)を
抽選で3名さまにプレゼント!
◆ご応募はOPカードWEBサービスからエントリーしてください。
<応募期間:
2022年1月14日(金)~26日(水)>
※当選者の発表はポスターの発送をもってかえさせていただきます。
オリジナル版のフランス映画『エール!』(2014)では、聾唖の一家は酪農を営んでいる設定。リメイク版に比べると、ややドタバタ喜劇感が強いだろうか。主人公のポーラ役には、歌の才能を買われたルアンヌ・エメラが抜擢され、この映画で女優デビューを飾った。歌手としての才能を本格的に知りたい人は、彼女のソロ・アルバムで確かめていただきたい。また、プロデューサーのフィリップ・ルスレはフランスを代表する映画人であり、映画『コーダ あいのうた』(2021)でもプロデュースを担っている。
ロッシ家の母親役で登場するマーリー・マトリンは『愛は静けさの中に』(1986)で鮮烈な映画デビューを果たした聾唖の女優。アカデミー賞では主演女優賞を獲得している。教師役のウィリアム・ハートとは撮影を通して関係を深め、結婚(後に離婚)するなど、映画の外でも注目を浴びた。
聾唖の人を描く作品としては、北野武監督、真木蔵人、大島弘子主演によるラブストーリー『あの夏、いちばん静かな海。』(1991)が広く知られているだろうか。アニメーション映画では『聲の形』(2016)が、原作コミックのファンを含め、多くの観客の涙を誘っている。
ウクライナ映画『ザ・トライブ』(2014)は出演者全員が聾唖者という異色作。手話のみの会話表現、それも字幕、通訳なしという大胆な演出はちょっとほかではお目にかかれない。
聴力だけでなく視力も声も失った三重苦ヒロインの回復を描く名作『奇跡の人』にはさまざまな形で伝えられているが、アン・バンクロフトがサリバン先生を、パティ・デュークがヘレン・ケラーを演じた『奇跡の人』(1962)が映像化の原点といって差し支えないだろう。バンクロフト、デュークはアカデミー賞でそれぞれ主演女優、助演女優の枠を同作品で一挙に獲得する快挙を見せたのだった。
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。
Amazonプライム・ビデオ、Blu-ray、CDで関連作品をチェック!