特集・コラム

映画のとびら

2022年1月21日

フレンチ・ディスパッチ|映画のとびら #161

#161
フレンチ・ディスパッチ
2022年1月28日公開


©2021 20th Century Studios. All rights reserved.
『フレンチ・ディスパッチ』レビュー
ポップ・アートにふれるような映画体験

 『ムーンライズ・キングダム』(2012)、『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014)、『犬ヶ島』(2018)のくせ者監督ウェス・アンダーソンがまたまた放った世にもキテレツなオフビート・コメディー。20世紀のフランスを舞台に、架空の雑誌「フレンチ・ディスパッチ」に掲載された摩訶不思議な事件(もちろん、架空の出来事)の詳細が、精緻にしてやりたい放題のタッチで明らかにされていく。

 まず、プロローグ的な意味合いで「フレンチ・ディスパッチ」誌編集長(ビル・マーレイ)の突然死が描かれる。彼の遺言により、雑誌は廃刊。以後、編集部が居を構える街アンニュイ=シュール=ブラゼを記者エルブラン・サゼラック(オーウェン・ウィルソン)が自転車で紹介するミニ・ルポに続き、編集長追悼号にして雑誌最終号に掲載された3大記事の中身が紹介されていく。

 最初の記事は題して『確固たる名作』。執筆者は、美術界の表も裏も知る敏腕記者J.K.L. ベレンセン(ティルダ・スウィントン)。取材対象は、作品がとてつもない金額で売買されるフレンチ・スプラッター派アクション絵画の先駆者ローゼンターラー(ベニチオ・デル・トロ)。殺人を犯して50年の禁固刑に服していた彼は服役11年目に突如、筆をとり、女性看守シモーヌ(レア・セドゥ)をモデルに絵を描き始める。その才能にいち早く目をつけた美術商カダージオ(エイドリアン・ブロディ)はローゼンターラーに巨額の投資を始めるが、その目論見をはるかに凌駕する事態が起きてしまう。

 ふたつ目の記事は『宣言書の改訂』。記者ルシンダ・クレメンツ(フランシス・マクドーマンド)による、とある学生運動の顛末。兵役から逃げた友人の逮捕を契機に、運動を立ち上げた学生リーダーのゼフィレッリ・B(ティモシー・シャラメ)の戦いと恋が紹介される。

 第3の記事は『警察署長の食事室』。執筆者は祖国を追放された博識にして孤独な記者ローバック・ライト(ジェフリー・ライト)。警察署長(マチュー・アマルリック)の食事室に招かれ、今まさに署長のお抱えシェフ(スティーヴン・パーク)の料理に舌鼓を打とうとしていたローバックは、署長の息子が誘拐されるという事件を目撃することになる。犯人の要求は、3日前に逮捕されたギャングの会計士(ウィレム・デフォー)の釈放か処刑だった。署長が特定した犯人とその対策とは?

 いずれも、フランスへの愛、及び、実在の雑誌「ニューヨーカー」に触発されたウェス・アンダーソン流「奇人変人ショー」なのだが、それぞれにモデルは存在する。雑誌編集長は「ニューヨーカー」の創業メンバー。J.K.L. ベレンセンは美術ジャーナリストのロザモンド・ベルニエ。美術商ガダージオは画商ジョゼフ・デュヴィーン。画家ローゼンターラーは芸術家のサンドロ・コップ(ティルダ・スウィントンの実生活の伴侶)。第2の記事の学生運動はパリ五月革命を指し、記者クレメンツはカナダ人作家メイヴィス・ギャラント。第3の記事におけるローバック・ライトはジェームズ・ボールドウィン、A・J・リーブリング、テネシー・ウィリアムズという3人のアメリカ人作家が混じっている、という具合。

 凝ったセット・デザイン、モノクロとカラーが混在するモタージュ、節々に挟まれるチャーミングなアニメーション……。それらの映像的デコレーションを含め、すべてのキャラクター、仕掛けに知的興奮をかき立てられた幸運な観客は、あらゆる状況や会話の瞬間に心を躍らせ、エンド・クレジットに差し掛かるまで惜しむように映画に没入できるだろう。

 一方で、劇中の登場人物に一片の関心も抱くことができず、目まぐるしく変化を遂げる映像の速度に置いてきぼりを食らう観客にとって、これほど煩雑で訳のわからぬ物語もない。たった3本の記事を映像化しただけなのだが、通常の娯楽映画に見られるドラマ話法は皆無で、カリカチュアされた「悪ノリ」が果てなく続くのみ。少なくともアンダーソン作品に全くなじみのない不幸な観客には、笑いがこみ上げるどころか、迷宮のような紙芝居的映像片の積み重ねに映り、気を失いかけるのではないか。

 のるか、そるか。そんな賭け事のような側面を含め、この現代映画界きっての野心的な「芸術娯楽」にはある種の覚悟が必要なのは確か。雑誌の記事を読むというよりは、見たことのないタイプの絵画が並ぶ美術館に入場するようなもの。アンダーソン作品初級者としては、まずできるだけリラックスして、目前に次々に登場しては消えていく登場人物とそのエピソードに先入観抜きにふれてほしい。心の窓を広げれば広げるほど、それぞれが抱える「映画の枠」も広がっていくはずだから。こんな映画体験もあるのだ。

 アンダーソン作品のファンにはどうぞ存分に映画と戯れていただきたい。わずかな場面の出演だろうと、あらゆる場所から駆けつけようとする俳優陣がそうであるように、アンダーソン世界には確かに病みつきになるような楽しみがある。映画というより、もはや一種の現代ポップ・アートととらえてもいい。それを目にするだけ、その空間にいるだけで心が弾む。遊び心はここに極まった。機知と感性がまぶしく暴走した。

 1月28日(金)全国公開
原題:The French Dispatch Of The Liberty, Kansas Evening Sun / 製作年:2021年 / 製作国:アメリカ / 上映時間:107分 / 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン / 監督・脚本:ウェス・アンダーソン / 出演:ベニチオ・デル・トロ、エイドリアン・ブロディ、ティルダ・スウィントン、レア・セドゥ、フランシス・マクドーマンド、ティモシー・シャラメ、リナ・クードリ、ジェフリー・ライト、マチュー・アマルリック、スティーヴン・パーク、ビル・マーレイ、オーウェン・ウィルソン、クリストフ・ヴァルツ、エドワード・ノートン、ジェイソン・シュワルツマン、アンジェリカ・ヒューストンほか
公式サイトはこちら
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文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


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