特集・コラム
映画のとびら
2022年7月29日
ぜんぶ、ボクのせい|映画のとびら #195
児童養護施設を飛び出した13歳の少年と彼をめぐる人々の絆と孤絶を描く人間ドラマ。
主人公の少年・優太を、阿部寛主演の『とんび』(2022)で映画デビューを果たした白鳥晴都。彼と心を通わす女子高生・詩織を、オダギリジョー監督作品『ある船頭の話』(2019)、白石和彌監督作品『死刑にいたる病』(2022)に出演した川島鈴遥。優太と共同生活を始める中年ホームレス・坂本にオダギリジョー。坂本と優太に優しく接する廃品古物商・片桐に仲野太賀。優太の母に松本まりか。優太の母の情夫に若葉竜也。養護施設の職員に木竜麻生。監督は、秋葉原無差別殺傷事件をモチーフにした映画『Noise ノイズ』(2019)で注目を集め、今回が商業映画デビュー作となる松本優作。
物語は、警察署の取調室とおぼしき部屋での優太(白鳥晴都)の姿から始まる。絶望と諦念にまみれたその表情はなぜ生まれたのか。13歳の少年がたどった逃避行の日々が徐々に明かされていく。
川崎の施設を飛び出したものの、母(松本まりか)にも疎まれ、千葉の海辺を徘徊していた優太は、軽トラックの荷台に住む中年男性・坂本(オダギリジョー)に出会う。坂本はデリヘル嬢への支払いに困り、優太の財布を利用したわけだが、やがてふたりは怪しい日銭稼ぎを通じて心を通わせ、そこへかねてより坂本と知り合いで自暴自棄な行動を繰り返す女子高生・詩織(川島鈴遥)が加わってくる格好。
傷を負った者たちが形成する疑似家族、あるいは家族間で傷つけ合ってしまう者たちの悲哀ということでは、是枝裕和監督の『誰も知らない』(2004)や『万引き家族』(2018)、シャイア・ラブーフ主演の『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』(2019)、長澤まさみ主演の『MOTHER マザー』(2020)などに通じる物語であり、ほぼ異口同音の世界観といっていい。ドラマ自体に大きな新味はないが、代わりに際立つのは個々の登場人物を演じる俳優陣の個性であり、その魅力を第一に味わう作品ともいえる。
オーディションで選ばれた白鳥晴都は等身大の存在感を素直に放ちつつ、喜怒哀楽を無理なく表情ににじませて見事。同じくオーディションで選ばれたという川島鈴遥も観客の目を離さないいい雰囲気をまとっており、浜辺で大瀧詠一作詞・作曲の《夢で逢えたら》をアカペラで歌うシーンも清々しい。オダギリジョーとの交流場面に無理を感じさせないあたりなどは、かつて監督・ヒロインの関係で『ある船頭の話』の現場を共にした経験が大きかったか。そのオダギリジョーは『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016)、『茜色に焼かれる』(2021)などに続く「憎めないダメ人間」ぶりで、ここまで来るともう堂に入ったもの。疑似家族が形作られる物語においては、彼のようなチャーミングな個性はやはりはずせない。
松本まりか、若葉竜也もきちんと観客を苛立たせる見事なダメ人間。仲野太賀は物事を割り切って考える田舎の兄ちゃんを無理なく見せる。木竜麻生の誠実な雰囲気も加わり、物語は安っぽく終わらなかった。
松本優作の語り口はずいぶん落ち着いたもので、今年30歳という年齢を思うと、人間を見つめようとするその姿勢はかなり腰が据わっているといっていい。冒頭部とつながるエピローグ、感傷的な気分に流されることなく、主人公の少年に題名そのままの台詞を語らせて物語を総括させる度量はなかなか。
もっとロマンティックな方向に持っていくやり方もあったかもしれない。逃避行の手段はいくらでも選ぶことができたはずだ。しかし、この若い監督は彼なりに「現実」を見つめ、切り取ろうとした。映画の最後に残るのは、涙ではなく傷みだ。簡単に我々を泣かせない。泣くことを許さない。その覚悟がりりしい。
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1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。