特集・コラム
映画のとびら
2022年8月19日
アキラとあきら|映画のとびら #199
テレビドラマ『半沢直樹』(2013)、『花咲舞が黙ってない』(2014)、『下町ロケット』(2015)、『陸王』(2017)などの原作者として知られる人気作家・池井戸潤。彼が2006~2009年に小説誌『問題小説』(徳間書店刊)で連載した同名原作を映画化した人間ドラマ。名前は同じだが出自が正反対の青年ふたりが、大手銀行の同期ライバルとしてしのぎを削り、やがて手を取り合っていく姿を描く。
2017に向井理、斎藤工の顔合わせ、WOWOW制作でテレビドラマ化もされている小説だが、今回の映画化では竹内涼真、横浜流星という若い顔ぶれに出演陣を一新。監督も『アオハライド』(2014)、『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』(2016)、『思い、思われ、ふり、ふられ』(2020)などの青春映画の担い手として知られる三木孝浩に託された。三木は竹内、横浜とはそれぞれ『青空エール』(2016)、『きみの瞳が問いかけている』(2020)ですでに顔合わせ済みとなっている。
ひとりは、父親が経営する町工場の倒産で苦渋の幼少期を過ごした男。もうひとりは、老舗の海運会社の御曹司に生まれながら同族企業との関係性に嫌気がさして家を飛び出した男。期せずして、大手銀行・産業中央銀行に同期入社したふたりは、将来を嘱望される有能な若手だったが、困窮する人々を救いたい理想家の山崎瑛(竹内涼真)は情を優先させて左遷の憂き目に遭う。一方、後者の階堂彬(横浜流星)は現実主義者として業績を伸ばし、どんどん出世の道を駆け上がる。両者の未来は大きく分かれたかに見えたが、やがてふたりを結びつける思わぬ人生のドラマが待っていた、という展開。
池井戸作品といえば『半沢直樹』シリーズのヒットが人気の先鞭をつけたこともあり、とかく「土下座」「仕返し」「歯ぎしり」「金銭ゲーム」などのキーワードが並ぶ権力闘争の印象が強い。この『アキラとあきら』(2022)も、それらのキーワードから遠くなく、それぞれの「瞬間」に溜飲を下げる観客も多いだろう。ただし、中年オヤジが自尊心を衝突させるようなアブラぎった闘争はほぼなく、どこかさわやかな気分、すっきりした後味が身上となっている節があるだろうか。そこはやはり、青年銀行員が主人公になっている部分が大きく、随所に明朗なる「青雲の志」のようなものすら垣間見えたりする。
竹内涼真、横浜流星のキャスティングはその点、方向を間違ってなく、彼らの現代的な塩顔は、どんなに熱演を見せても汗臭さをにじませない。金銭トラブルをめぐる衝突が展開しても、小難しい経済劇に発展することがない。就業数十年のビジネスマンのような池井戸ファンには薄口に感じるかもしれないが、反対にこれまで池井戸世界を暑苦しく感じていた女性観客にとってはとっつきやすい内容になったともいえる。カジュアルに楽しめる池井戸ドラマ、とするべきだろうか。変な力みがない。力んで見る必要もない。
脇を固める俳優陣のバランスも悪くない。階堂彬が問題視する同族問題、そこに絡んでくる叔父ふたりにユースケ・サンタマリア、児嶋一哉が当てられており、両者の背景から漂う「笑い」の気分が、深刻な事態が生まれているのにさほど深刻に走らせない。山崎瑛を尊敬する女性行員役に上白石萌歌が据えられているが、こちらも女性観客のわかりやすい「窓口」になっている。King&Princeの高橋海人が階堂彬の弟役として見せる、できた兄に対するひがみ、ジレンマも等身大の温もりをたたえており、さらに山崎瑛の上司を演じる江口洋介も頑固一徹キャラクターが親しみやすく立って、どちらもいい塩梅に映えた。
つまるところ、ひたむきな青春映画、感動の友情劇へと収斂(しゅうれん)していく物語は、三木孝浩にとってこなれた演出題材だったかもしれない。なかったのは恋愛要素だけ。今年は二宮和也主演の『TANG タング』(2022)、道枝駿佑、福本莉子主演の『今夜、世界からこの恋が消えても』(2022)という新作2本も時期を同じく公開されており、業界人気をさらに裏打ちした格好となった。少なくとも、同じ名前を持った男たちの物語を堅苦しいだけの銀行ドラマに終わらせず、それでいて口当たりのいいハラハラドキドキのエンターテインメントに昇華させた手腕、個性は着目していい。
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1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。