特集・コラム
映画のとびら
2022年10月14日
天間荘の三姉妹|映画のとびら #210
『地雷震』『SIDOOH -士道-』などで知られる漫画家・髙橋ツトムによる同名コミックを映画化したファンタジー。謎めく温泉旅館「天間荘」を舞台に、母親違いの三姉妹と宿泊客、街の人々の交流が感動的に描かれる。監督は『ALIVE』(2002)以降、髙橋ツトムと懇意であり、『ゴジラ FINAL WARS』(2004)、『ルパン三世』(2014)などのヒット作も放っている北村龍平。
海岸沿いの美しい街・三ツ瀬町にたたずむ旅館「天間荘」に、ひとりの若い女性がタクシーに乗って送られてきた。若女将の天間のぞみ(大島優子)とその妹・かなえ(門脇麦)が出迎えた彼女・小川たまえ(のん)は、姉妹にとっての新たな家族。長らく行方不明となっている父親(永瀬正敏)が別の女性との間にもうけた腹違いの妹だった。不思議なアテンド女性イズコ(柴咲コウ)によって姉たちと引き合わされたたまえは、その旅館が現世と天界の狭間にあること、自身が交通事故に遭って臨死状態であることを理解する。天国へ向かうか、現世に戻るか。たまえは答えを出すかわりに、旅館で働きたいと申し出る。のぞみとかなえの母・恵子(寺島しのぶ)は、そんなたまえの行動をじっと見つめるのであった。
三姉妹役の女優が並ぶ宣伝ヴィジュアル、そこに漂う雰囲気はどこか是枝裕和監督の『海街diary』(2015)を連想させる。実際「父なき姉妹」という設定の物語であり、家族の再生がひとつの主題だろう。三姉妹の描写を目当てに鑑賞する観客の期待、決して裏切られることはない。一方で、この髙橋ツトムの原作、正しく表記すると『天間荘の三姉妹 -スカイハイ-』。そう、実はこれ、『スカイハイ』シリーズの一編でもあった。かつて釈由美子が叫んだ名台詞「おいきなさい!」をここでは柴咲コウが発しており、その世代交代にシリーズのファンも心を熱くするのではないか。リリカルな姉妹ドラマとエッジのきいた超常現象ドラマ、どちらの醍醐味も味わえるお得なハイブリッドな作品といっていい。
髙橋ツトムによれば、物語のアイデアは具体的な自然災害に由来している。ほぼ架空の事件や事故を扱ってきた『スカイハイ』シリーズにおいては異色の位置にあり、それゆえの「実感」がこの作品のハートとなった。映画が進むにつれて、観客は三ツ瀬町とその住人の正体を徐々に知らされていく。すべてが明らかになったとき、深い「思い」と「痛み」にきっと誰もが涙を誘われる。取り戻せないあの日、突然消えてしまった親しき人々。この映画は、それらへの慕情と後悔を温もり豊かに包んだ鎮魂歌でもあった。
「死」をめぐる物語だが、陰鬱な空気ばかりに支配されず、端々で明るい生命力にあふれている点もこの作品のユニークなところ。そこはやはり、主演女優のんの存在感によるところが大きい。彼女の前向きなエネルギーは、鎮魂と表裏一体のエールとなってみなぎり、見る者をさわやかなゴールへと連れていく。実のところ、髙橋ツトムはのんを念頭にヒロインを描いており、プロデューサーの真木太郎といえば『この世界の片隅に』(2016)でのんの活力を目の当たりにした人。彼女の起用は必然であり、結果、ほかの『スカイハイ』とは別種の「弾み」を獲得できた。のんがこの映画のために特訓を積んだというイルカショーのシーンなどは、彼女の個性と相まって、「生きる力」を象徴するものとなっている。
2時間30分に及ぶ総尺は、もちろん短くない。見るにはそれ相応の体力がいる。しかし、心と心を穏やかにつなごうとする物語にあって、それは当然の帰結でもあった。先を急くことなく、じっくり、ゆったりと、三姉妹や街の人々が歩む「決心」への道のりを見つめていただきたい。
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髙橋ツトム原作の『スカイハイ』は、2001年から『週刊ヤングジャンプ』で連載が始まった人気コミック。その映像化に関しては、まず2003年にテレビ朝日系にてテレビドラマの放送がスタート。翌年にはシーズン2も放送され、高い人気を誇っていた。シーズン1では最終話の演出を北村龍平が手がけ、同じ釈由美子主演の劇場版にも監督として登板し、2003年に発表している。
いずれも「怨みの門」と呼ばれる場所が登場し、その門番イズコ(釈由美子)が死者に「天国行き」「現世で浮遊霊になる」「だれかを呪い殺して地獄行き」のどれかの道を選ばせるという展開。全体的にホラー風味が漂う作品で、ダークファンタジーというカテゴライズが似つかわしい。
その点、今回の映画『天間荘の三姉妹』(2022)では怨恨の匂いはかなり抑えられており、むしろそれとは正反対の「魂の浄化」がドラマの中心を占めた。シリーズの一本というよりスピンオフとしてファンから位置づけられているのも、そういった作風ゆえである。
北村龍平監督作品としても新鮮だろう。そのヒューマンな感動を呼ぶ仕上がりは、これまで主にアクション、サスペンス畑で暴れてきた人の手際とはちょっと思えない。20年越しの付き合いとなっている「古巣シリーズ」への再登板でありながら、全く新しい境地へと踏み込んだ。いや、踏み込むことができた。キャリア上のエポックメイキング的な仕事として今後も大きな価値を放っていくのではないか。
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。