特集・コラム

映画のとびら

2022年11月4日

土を喰らう十二ヵ月|映画のとびら #214

#214
土を喰らう十二ヵ月
2022年11月11日公開


© 2022 『土を喰らう十二ヵ月』製作委員会
『土を喰らう十二ヵ月』レビュー
山菜づくしの味わい

 作家・水上勉によるエッセイ『土を喰ふ日々 わが精進十二ヶ月』(1978)を原案にした人間ドラマ。信州の山間を舞台に、60代作家の日常を四季の移ろいの中に淡々と描く。作家に沢田研二。彼の担当編集者にして恋人の女性に松たか子。作家の義弟夫婦に尾美としのり、西田尚美。作家の亡き妻の母親に奈良岡朋子。監督は『ナビィの恋』(1999)、『ホテル・ハイビスカス』(2003)の中江裕司。

 人里離れた信州の山荘で、作家のツトム(沢田研二)は飼い犬の「さんしょ」と静かな暮らしを続けていた。傍らには、13年前になくした妻・八重子の遺骨。まだ墓を作ってやれないでいる。山荘へ顔を見せるのは、東京からやってくるツトムの編集者にして現在の恋人・真知子(松たか子)くらい。9歳から13歳まで禅寺で修行をした経験を持つツトムにとって、周囲の山菜を使った精進料理ならお手のもの。それを真知子は「おいしい」と微笑みながら食べる。山荘から少し離れたところには八重子の母・チエ(奈良岡朋子)が住んでおり、ツトムもしばしば顔を出していた。そんなある日、八重子の弟夫婦(尾美としのり、西田尚美)がツトムの山荘を訪ね、チエに声をかけても家から出てこないと話すのだった。

 開巻からまもなく、雪の中からほうれん草を掘り出しながら、ツトムがモノローグを重ねる。

「僕がいた禅寺では、献立は畑と相談するんだと言われた。何もないとことから絞り出すのが精進。台所と畑は結びついておらねばならぬ。わずかな畑と相談することは、旬を食べることであり、すなわち土を喰らうことだ、と、口に出さずとも教えられた」

 基本的に、主人公の作家が家の前の畑から野菜、あるいは山野から山菜を集め、料理して食べる。ただそれを繰り返すだけの物語、といっていい。フィンランドを舞台にした名物「料理物語」が『かもめ食堂』(2005)なら、こちら信州の独身男のそれは、さしずめ「やもめ食堂」といった風情か。無論、ツトムという作家はお店を開いているわけではなく、自身の生活のためだけに料理をしているのだが、「目の前の旬の野菜だけを食べる」という描写には、自ずとシンプルライフの温もりがにじんでいく。

 自然の中のスローライフこそ、人間にとって豊かなあり方、のような教条的な押しつけなどはない。ただ、主人公の作家がつむぐ無駄を削いだ日常が妙に目をひきつける。彼の静かな暮らしから片時も目が離せない。そこには、精進料理をめぐる新鮮な表現があり、ツトムのたたずまいから浮き上がる不思議な味わい、おかしみなどもある。精進料理の品目が並ぶようなエッセイから組み立てられた創作劇だが、限られた空間、材料の中で生活を編んでいく人間の姿には、東日本大震災やコロナ禍を経験した現代日本に対する何らかの回答もあるのかもしれない。ツトムはこうも言う。
「所詮、人は単独旅行者だ。ひとりで生まれてひとりで死んでいく。生まれたからには死なねばならぬ」

 その達観に仏教的な諦念を感じる向きもあるかもしれない。一方で、主人公は枯れた老人というわけではない。若い恋人は、かつて編集者だった妻が指導した後輩であった。その女性といつの間にか、ねんごろになっている。「一緒に住まないか」と誘ったりもする。「オトコ」がしっかり顔を出すわけで、決して孤高の悟り人でも仙人でもない。そういう気分がまた、彼の日常を身近に感じさせる。共感がわく。

 沢田研二はこの作品の撮影に1年半を費やし、その途中で『キネマの神様』(2021)の代打出演もこなしたという。形や環境は違うが、山菜づくしの作家と映画好きの老人、そのどちらの男にも沢田ならではの人間味があふれている。沢田が自ら手を下した料理の描写があるからこそ、「精進」の響きにも実感がこもった。シンプルライフの温もりは、俳優・沢田研二の温もりでもある。松たか子との距離感もいい。

 ある場面で、主人公が山歩きの師匠(火野正平)と、タラの芽を食べるくだりがある。ちばてつやの漫画『おれは鉄平』(1973-1980)でも、鉄兵が学友にタラの芽のうまさを説明する描写があったが、沢田が見せる調理法は野辺で焼いたタラの芽に味噌をつけるだけ。粗野だが、たまらなくおいしそうだ。

 11月11日(金)より全国公開
原題:土を喰らう十二ヵ月 / 製作年:2022年 / 製作国:日本 / 上映時間:111分 / 配給:日活 / 監督・脚本:中江裕司 / 出演:沢田研二、松たか子、西田尚美、尾美としのり、瀧川鯉八、檀ふみ、火野正平、奈良岡朋子
公式サイトはこちら

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文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


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