特集・コラム
映画のとびら
2023年3月9日
雑魚どもよ、大志を抱け！｜映画のとびら #241
（C）２０２２「雑魚どもよ、大志を抱け！」製作委員会脚本担当作『百円の恋』（2014）、監督第２作『喜劇 愛妻物語』などで注目を集めた足立紳による思春期ドラマ。岐阜県飛騨市を舞台に、悪ガキどもの日常と友情を笑いと涙を交えて描いていく。主要７人の小学生役はオーディションで選ばれており、主演格の高崎瞬を、大阪のオーディションに参加した関西ジャニーズJr.「Boys be」の池川侑希弥が演じた。池川にとっては、これが映画初出演にして初主演となる。
1988年３月。小学５年生の瞬（池川侑希弥）は３学期の成績がとことん悪く、激怒した母親（臼田あさ美）に塾通いを命令される。ウンザリしたときには悪友たちと気晴らしに出るのが最高だ。隆造（田代輝）に呼ばれて自転車に飛び乗ると、トカゲ（白石葵一）、正太郎（松藤史恩）とともに駄菓子屋へ直行。うるさい店番のオバサンを困らせると、学校でも悪さを連発。先生に怒られても反省の色はない。
４月。瞬たちは６年生になった。いじめっ子のアキラ（蒼井旬）と一緒のクラスになった瞬は、トカゲがいじめられているのを見ても止める勇気が出ない。転校生の小林（坂元愛登）がエアガンを使って隆造にすり寄っているのが目に入るが、塾通いでなかなか隆造との時間が取れない。一方で、瞬は同級生の西野（岩田奏）と塾で一緒になり、ともに映画好きということで意気投合。「いつかみんなで映画を作ろう」と意気をあげるが、ある日、西野が不良中学生にカツアゲされている現場を目撃してしまう。
２時間25分という総尺は、思春期ものとしては「大作」だろう。前半の１時間は７人の子どもたちを分別し、理解する時間だといってよく、ある意味、この映画で最も体力を使う部分だろう。しかし、一旦、彼らの顔や性格が馴染むと、ドラマはすべるように一気に進み、時間がまったく気にならなくなる。クライマックスに至る頃には登場人物のそれぞれに情が移っていることは間違いなく、涙腺がゆるむこと必至。観客それぞれの遠い「あの頃」にリンクして、万人共通の普遍的な体験に昇華していくはずだ。結果、すべての少年少女時代に向けての応援歌になっているといっていい。
裏返せば、情が移るまでに歯ごたえがあるわけで、開巻まもなく、悪ガキたちが猫やサンショウウオに対する行為は大人の目からは笑うに笑えない。女性仏像に対する「手際」もどうしようもない。しかし、そんな悪童ぶりのインパクトが強ければ強いほど、クライマックスに感動として跳ね返ったのも確か。長回しでつなぐ演出傾向も含め、小学生たちの生理、感性が素直に、遠慮なく反映されている。
足立紳はかつて監督デビュー作『14の夜』（2016）で1987年を舞台にした中学生ドラマを発表している。この『雑魚どもよ、大志を抱け！』（2023）はその延長、もしくは前日譚の位置にある作品と考えていいだろう。決して自伝ではないものの、自身の思春期を投影した思い入れ深い企画として、20年を越える長い歳月、ずっと温めてきた企画であった。助監督時代に脚本を見せたところ、相米慎二監督に褒められたという。もしや、ここには相米の『ションベン・ライダー』（1983）、『台風クラブ』（1985）、『夏の庭 The Friends』（1994）あたりに通じる何かがあるかもしれない。それを発見しようと躍起になる映画ファンも出てくるかもしれない。
仮に『14の夜』をややおとなしめの『ポーキーズ』（1981）とたとえるなら、この作品は足立流の『スタンド・バイ・ミー』（1986）といったところか。『スタンド・バイ・ミー』より１時間近く尺が長いが、その分、少年期の友情、無邪気、衝突、別離がこまやかに盛り込まれており、40～50代の観客の中には那須正幹の名作児童書『ズッコケ三人組』を連想する人も出てきそうだ。そう、この物語にも気恥ずかしくもみずみずしく、切なくもすがすがしいエンディングが待っている。
脇では、ドラマ『カムカムエヴリバディ』（2021-2022）や足立の『喜劇 愛妻物語』に出演している新津ちせが瞬の妹役を好演。兄たちを難しい顔で見つめる一方、病の母を思って涙を流すなど、相変わらずの芸達者ぶりを見せる。瞬の親友・隆造の父親役・永瀬正敏はちょっと暴力的な役柄。でも、悪ガキの存在を裏から確かに支えている。そして、永瀬といえば相米作品のかけがえのない「支柱」でもあった。足立からすれば、ちょっとした作品の「お守り」だったかもしれない。
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（C）『Single8』製作委員会1978年６月、映画『スター・ウォーズ』（1977）は日本公開された。アメリカ本国での劇場公開から遅れること１年、待たされた観客はあっという間に虜になり、特に少年たちへの影響は大きかった。
映画『Single8』（2023）は、70年代ＳＦブームの幕開けを告げた大ヒット作に感化され、「同じような映画が作りたい！」と８ミリカメラを手にした高校生たちの物語。模型の宇宙船をなんとか巨大化させようと情熱を傾け、あこがれの同級生をヒロインに招いて夏休みを過ごす日々。形こそ違っても、これまたどんな人間も通過してきた青春の１ページ。かけがえのない思春期の時間はここにも存在していた！
『雑魚どもよ、大志を抱け！』と同様に、いや、それ以上に、この『Single8』は作り手の思春期がダイレクトに刻まれている。そう、監督の小中和哉はまさに『スター・ウォーズ』への興奮から映画作りにさらにのめり込んだ自主映画少年だった。プロになってからも『星空のむこうの国』（1986）、『四月怪談』（1988）などの愛すべき佳作を放ってきた人だが、自らの原点にあらためて立ち返ったことで、逆にこれまでになく普遍的な青春映画を形作ることに成功している。
最も純粋だった日々は、どんな人間にも宝物。妙な郷愁におぼれることなく、素直に自分自身と向き合った映画作家は、観客をかけがえのない美しい日々へいざなう水先案内人となった。
2023年きっての純粋かつ想像力＆創造力を駆り立てる重要な傑作と断言していい。『雑魚どもよ、大志を抱け！』共々、「あの頃」に立ち返って、心の汚れを存分に洗い流していただきたい。
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1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。
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