特集・コラム

映画のとびら

2023年3月16日

生きる LIVING|映画のとびら #243

#243
生きる LIVING
2023年3月31日公開


(C)Number 9 Films Living Limited
『生きる LIVING』レビュー
枯淡の情熱

 黒澤明監督が42歳時に発表した傑作のほまれ高い映画『生きる』(1952)を、1950年代初頭のイギリスを舞台に置き換えて再映画化。余命半年を宣告された役所職員の男が自身の人生を見つめ直す物語。黒澤作品のファンだったノーベル賞作家カズオ・イシグロが脚色を担当し、イシグロが脚本執筆時から念頭に置いていたというイギリスのベテラン俳優ビル・ナイが主演を務めた。監督は南アフリカ出身の新鋭オリヴァー・ファーマナス。第95回アカデミー賞では主演男優賞(ビル・ナイ)と脚色賞(カズオ・イシグロ)の2部門で候補となっている。

 1953年、ロンドン。日々、黙々と事務処理に務めていた市民課職員のロドニー・ウィリアムズ(ビル・ナイ)は、ある日、医者からガンに罹患していること、半年の命であることを告げられる。以来、パッタリと職場に現れなくなった彼に、部員たちはあらぬ想像を展開するのみ。いつも決まった時間の決まった車両の列車に乗り、仕事を休むこともなかった男は、そのとき海辺のリゾート地を徘徊していた。酒をあおっては馴れぬバカ騒ぎをするが、うつろな心は埋められない。仕方なくロンドンに引き返したウィリアムズはバッタリ、元部下の若い女性マーガレット(エイミー・ルー・ウッド)に遭遇する。新しい職場で溌剌と人生を過ごしている彼女と幾日か過ごすうちに、ウィリアムズの中で確かな変化が訪れるのだった。

 機械的な毎日を過ごしてきた公務員は、何の生きがいも得ず、刺激もなく、事実上、死んでいたも同然だった。それが死を宣告されたことで、人生を真に生きようとする。新たな生を獲得していく。人は自らの人生を輝かせるために何をしたらいいのか。黒澤明が提示した問題意識は初公開から50年を経た今日、国を変えてリメイクされても不変であった。いや、むしろ生活様式や人種が異なることで、より作品として純化され普遍化したのかもしれない。元の映画と同様、古い時代を舞台にしているが、いよいよ現実的なメッセージをはらんでいるともいえ、新しくこの物語に接する観客などはひどく感動するのではないか。

 黒澤版の総尺が143分、今回のリメイク版が103分。40分ものスリム化はダテではなく、無駄なくコンパクトに作品が集約されている。単純に見やすい。構える必要がない。そこがまず魅力。

 企画から携わっているカズオ・イシグロは幼少期に黒澤版に接したという。長崎に生まれた彼は1960年、6歳になる年にイギリスへ移住したとのことで、黒澤版を見たのはイギリスに移ってからだろう。記憶の中で発酵させること約60年。黒澤版のキャラクターとの違いを指すなら、まず主人公を英国紳士的な公務員に設定することで、独自のトーンを獲得している。黒澤版の主演俳優・志村喬は余命宣告後、目をカッと見開き、どんどん感情的な人物として刻まれていくが、それに比べるとビル・ナイはずいぶんおとなしい。枯れ木のような男である。部下から感情ゼロと思われていた枯淡の人物が、静かに情熱の炎をたぎらせたといった感じだろうか。全体の作風もこれに従っているとしてよく、総じて抑制された表現の中で話が進む。その淡々とした語り口は思いのほか魅力的で、黒澤版を知っている向きにも新鮮だろう。

 黒澤版における小田切みきの役割は、ここではエイミー・ルー・ウッドが任されている。若き元部下の姿はまさに生命力の象徴であり、ビル・ナイを明るく照らして絶望から徐々に解放する。そればかりか、ビル・ナイのもうひとりの若い男性部下と恋仲にもなる。このサブプロットも黒澤版にない新しさで、作品のメッセージを別の方向から浮き彫りにしてこれまた新鮮。面白いのは、小田切みきの元部下同様、エイミー・ルー・ウッドも市民課の職員たちにあだ名を付けているところ。小田切は志村の課長をミイラと呼び、エイミー・ルー・ウッドはビル・ナイをゾンビにたとえる。確かにゾンビ映画は1930年代より生まれているが、当然、一般性はなく、1950年代でその単語を使う女性となると、かなり通な映画ファンかヒップな感性の持ち主ということだろう。ビル・ナイがあだ名を聞いて微笑むくだりはちょっと意味が深い。

 カズオ・イシグロという切り口では、たとえば彼の原作を映画化した『日の名残り』(1993)の執事役アンソニー・ホプキンスにビル・ナイとの共通項が見え隠れする。どちらも感情を抑えた役である。抑制の効いた人物が見せるわずかな心の機微、意識の変化こそイシグロ・タッチの醍醐味といっていい。そう、黒澤作品のエッセンスをたたえながら、同時にこれは紛うことなきカズオ・イシグロ作品でもあった。ふたつの作家性が同居するひと粒で二度おいしい作品として、やはり楽しめること請け合いである。

 3月31日(金)全国ロードショー
原題:Living / 製作年:2022年 / 製作国:イギリス / 上映時間:103分 / 配給:東宝 / 監督:オリヴァー・ハーマナス / 出演:ビル・ナイ、エイミー・ルー・ウッド、アレックス・シャープ、トム・バーク
公式サイトはこちら
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文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


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