Vol.04
箱根
いつもよりも、いい温泉。
初めてトレイルランニングというスポーツに触れたのは、アンドラ公国というスペインとフランスに挟まれた小さな国でのこと。100マイル、つまり170km近くを一昼夜以上かけて走り続けるスポーツがあると聞いて、日本人の出場選手を取材に行った。スタートから30時間近くかけてピレネー山脈の峰々を登り、下り、走ってきた彼は、神々しいような眩さに包まれていた。トレイルランニングとは、これほどまでに人生を昇華するようなスポーツなのかと感銘を受けた。100マイルは無理だとしても、少し走ってみようかと思った。
帰国してしばらくして向かったのが箱根だった。箱根の外輪山は、トレイルランナーにとっては登竜門のような、知られたコースらしい。箱根峠の道の駅近くからトレイルへと入り、海ノ平と呼ばれる平原を抜け、芦ノ湖と富士山を眺めて三国山へ。さらになんとか金時山まで足を伸ばしたところで体力が尽きた。50kmの周回コースの内、半分にも満たない距離だったが、それでも今までの人生で最も長い距離を走った爽快感に溢れていた。
「辛そうに見えるかもしれないけど、ただ楽しいから、僕はレースに出てるんです」
アンドラでそう語っていた彼の言葉がようやく少し理解できた。山の中を走ることは、その走っている時間だけで完結するほど、喜びに満ちたもの。その域に達するにはまだまだ時間がかかるけれど、箱根の温泉に浸かる心地よさは、走った疲労感で倍増していた。とても、いい湯だった。