大山は古くから霊峰として人々の信仰を集めてきた。頂には、高おかみ神(龍神)を祀る大山阿夫利神社、中腹には「雨降山大山寺」を抱える。後者の軒天を伺うなら、鮮やかな龍の彫り物が目に入るだろう。うねるような勢いを持って眼前に迫ってくるそれは「宮彫り」と呼ばれる独特の装飾。この美麗、実物を見ないことにはちょっとわからない。
「何度来ても、何度見ても感動しますね。いったい、どうやって彫ったのだろうって思います。全く見飽きません」
好評「小田急まなたび」の散策ツアー 《神奈川龍めぐり》でガイドを務める上田康史さんは、目を細めて感慨の声をもらす。初めて龍の宮彫りに目を留めたのは今から5年ほど前、鎌倉の御霊神社でのこと。そこで魅力にハマッた。
「今でもはっきり覚えています。どこにいても、どこから見ても、龍と目線が合う。彫り師が参拝する人を意識して、龍の目を大きく彫っているんですね。すごい技術だなと」
調べることが大好き。営んでいた広告代理店を64歳でたたみ、ほどなく宮彫りの世界へ。まず「神奈川探龍倶楽部」を立ち上げ、龍への関心を入口に、宮彫りの文化的価値を広く世間に訴えようとした。「老後の最高の道楽です」と笑う。
「歩覇した神奈川の寺社2,200のうち、龍の彫り物があるのは438箇所。ほとんどが人知れず、ただ野ざらしになっている。悔しいです。今のうちに保存の手配ができないだろうかと。私がやっているのはそのための草の根運動ですね」
調査の際には、一日に3万歩以上を歩くこともあるという。写真も4万枚以上、撮った。
「実際、木の文化でこれほどのものはなかなかない。日本にはまだこんなものがあるんだと、ツアーを通して今まで見過ごしていたものに気づく方が増えていてうれしいです」
話し始めると止まらない。今年72歳。語り口に学者然とした堅苦しさはない。親しみやすい笑顔と話題がひょいと飛んでくるばかりだ。目下のゴールは4年後の辰年と語る。
「宮彫りが一刻も早く文化財として認知され、その底辺が少しでも広がればいいなと思っています」
その熱い思い、ツアーに参加することで、ぜひ間近で体験していただきたい。
< 写真/星野洋介 文/賀来タクト >
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