Vol.11

鶴川

落し物を拾った日。

「忘れ物」と「落し物」の違いってなんだろう。そんな、他愛もないことを考えながら、鶴川駅からのバスに揺られていた。この辺りに住んでいる旧友に会うためだ。
空想に夢中であやうく乗り過ごしそうになりながら、無事に目的の停留所で降りた。小さな茶屋のようなバス停。平和な時間が流れている。道路の向かい側で、おじいさんが柴犬を散歩していた。足の遅いおじいさんに合わせて、犬が時々立ち止まる。電信柱をクンクン嗅いで、次の場所へ移動する。
その犬を見ていたら、小学生の頃に飼っていた柴犬を思い出した。僕はずっと、リュウ(柴犬の名前)を自分の弟だと信じていた。毎日散歩に連れて行った。いちばんの理解者だった。小6のとき、道路拡張工事のためにマンションに引っ越すことが決まった。犬は連れていけない。どうするべきか家族で話し合っていた週末、リュウは突然いなくなってしまった。僕は路地裏や公園を何日も何日も探し回った。でも結局見つからなかった。リュウは消えてしまった。何か察したのかもしれない。それ以来、僕は犬を飼っていない。

ふと「忘れ物」は忘れた場所を想定できるけれど、「落し物」はいつどこに落としたのか分からないのではないかと思った。僕らは、たくさんの記憶を、落としたことさえ気づかずにどこかに置き忘れながら生きているのかもしれない。記憶はいずれ消えてしまう。でも、思い出すことはできる。おじいさんと柴犬の後ろ姿を見ながら、僕は大事な落し物を拾った気がした。

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