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映画のとびら

2019年6月14日

ある町の高い煙突|新作映画情報「映画のとびら」#013

#013
ある町の高い煙突
2019年6月22日公開


©2019 Kムーブ
レビュー
煙害と闘った人々の尽力を描く史実ドラマ

 茨城県日立市の山峰に、かつて全高155.7メートルに達する大煙突が立っていた。当時世界最高を誇ったという煙突はいかなる理由で建立されたのか。この映画はその史実を追った真摯な人間ドラマである。

 物語は1910年、主人公・関根三郎(井手麻渡)の幼少期から始まる。偶然、ノルウェー人の鉱山技師と出会った三郎は、彼から隣村の日立鉱山による煙害が拡大することを告げられる。事実、鉱山から出る亜硫酸ガスは近隣の植物や作物を枯らし、村人の生活をおびやかしていた。30年前に村民のためによかれと採鉱に許可を出していた三郎の祖父・兵馬(仲代達矢)は、村の権力者として事態を重く受け止め、鉱山に掛け合うも、銅の採掘は当時、日本の国策に大きくかかわる重要事業。会社側からは「補償はするが、煙害は我慢してくれ」と返されてしまう。徐々に生活の糧を奪われ、健康を害していく村の惨状を目にした青年・三郎は、外交官にもなれるはずの優秀な学歴を捨て、煙害と対決する道を歩み始めるのだった。

 『八甲田山』『劔岳 点の記』で知られる新田次郎の原作小説を映画化。人物こそ仮名になっているが、実在した人物をめぐる日立鉱山煙害の闘いの顛末が描かれている。主人公の関根三郎とは、実際に茨城県入四間村(いりしけんむら)の煙害対策委員長だった社会学者・関右馬允(せきうまのじょう)のこと。日立鉱山の庶務係にして関根のよき理解者となる加屋淳平(渡辺大)は、日立鉱山の庶務課長・角弥太郎がモデル。日立鉱山の社長・木原吉之助(吉川晃司)は、弱冠36歳で日立鉱山を開業した久原房之助である。

 一種の公害告発劇、集団争議劇ではあるが、重苦しい喧噪だけが描かれているわけではない。互いの悪態をつくような陰鬱な怨恨話でもない。敵同士の煙害被害者側の代表と会社側の窓口がやがて手を取り合い、共に煙害防止に立ち上がるという、どちらかといえば友情劇の側面が強い。しかも、加害企業のトップまでもが良識人であったという事実。彼らが国策に膝を折ることなく、一致協力して解決策を見いだしていくまでの過程が静かな感動を生んでいく。社会悪を訴えているのは確かだが、人間不信の底に落とし込まない。むしろ、信頼と信条に裏打ちされた温かな美談であり、爽やかな人間讃歌であろう。

 三郎役にオーディションで抜擢された新鋭・井手麻渡(あさと)は無名塾出身。同塾の主宰を務める仲代達矢との師弟共演は映画序盤の見どころ。加屋役の渡辺大は持ち前の明るい性根が透けて見えるような好演。社長役の吉川晃司もほどよい威厳を放って適役。劇中には、三郎が加屋の妹に思慕を寄せる描写もあり、そのヒロインにはこれまたオーディションで選ばれた小島梨里杏(りりあ)が清楚な魅力を放った。ささやかながら、大和田伸也&大和田健介という俳優親子の共演も実現していたりする。

 日本の国力増強の背景には、さまざまな人間の努力があり、同時に多くの産業公害も生まれた。その記憶は年を経るごとに薄れていくが、失うには惜しい逸話もある。この茨城の物語もそのひとつ。松村克弥の演出は正攻法で堅実。下手なケレンに溺れない。その誠実な采配が語り継ぐべき史実に鮮やかに映えた。

 有楽町スバル座ほか全国ロードショー
原題:ある町の高い煙突 / 製作年:2019年 / 製作国:日本 / 上映時間:130分 / 配給:エレファントハウス/Kムーブ / 監督:松村克弥 / 出演:井手麻渡、渡辺大、小島梨里杏、吉川晃司、仲代達矢、大和田伸也、小林綾子、渡辺裕之、六平直政、伊嵜充則、石井正則、螢雪次朗、斎藤洋介、遠山景織子、篠原篤、城之内正明、大和田健介、たくみ稜
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(C)2013映画「天心」製作委員会
歴史DRAMA
タイトル 天心
製作年 2013年
製作国 日本
上映時間 122分
監督 松村克弥
出演 竹中直人、中村獅童、平山浩行、木下ほうか、橋本一郎

茨城県にゆかりの映画たち

 映画『ある町の高い煙突』は茨城県の物語であり、茨城の支えがあって生まれた作品である。同じ松村克弥監督作品で眺めるなら『天心』(2013)、『サクラ花~桜花最期の特攻~』(2015)も同様の背景を持つ。前者は、北茨城市五浦(いづら)で晩年を過ごした明治期日本美術界の権威・岡倉天心の半生を、弟子たち(横山大観、下村観山、菱田春草ら)との交流とともに描いた伝記もの。天心役は竹中直人。後者は、太平洋戦争末期、茨城県の神之池基地から沖縄へ向かった桜花乗組員の物語。ほぼ航空機内で繰り広げられる構成で、兵士役は大和田健介、緒形直人、林家三平、三瓶、橋本一郎、城之内正明の面々。橋本の父・役所広司が「語り」を務めた。いずれも『ある町の高い煙突』に劣らぬ史実に材を得た力作であり、単なる「ご当地映画」に終わらぬ気骨の人間ドラマ。機会があれば、目にしておきたいところだ。

 茨城のバックアップで仕上がった映画には『桜田門外ノ変』(2010)という大作もある。文字どおり、井伊直弼大老の襲撃事件を描いた歴史劇だが、襲撃を敢行した水戸藩士側の視点で展開するところがほかにない妙味。主人公の水戸藩士・関鉄之介役には、大沢たかお。監督は『陸軍残虐物語』(1963)、『組織暴力』(1967)、『荒野の渡世人』(1968)、『ゴルゴ13』(1973)、『新幹線大爆破』(1975)など、東映を基盤に数々の話題作を放ち、その後も『君よ憤怒の河を渉れ』(1976)、『人間の証明』(1977)、『野性の証明』(1978)、『未完の対局』(1982)、『敦煌』(1988)、『男たちの大和/YAMATO』(2005)といったヒット作を連発させた名匠・佐藤純彌。佐藤の生涯最後の監督作品でもある。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。