特集・コラム

映画のとびら

2023年3月31日

銀河鉄道の父|映画のとびら #246

#246
銀河鉄道の父
2023年5月5日公開


©2022「銀河鉄道の父」製作委員会
『銀河鉄道の父』レビュー
父を救った銀河鉄道

 第158回直木賞を受賞した門井慶喜の同名小説を映画化。わずか37歳で世を去った岩手の作家・宮沢賢治を温かく見守った家族の姿が感動的に描かれる。賢治の父に役所広司、賢治に菅田将暉、賢治の妹に森七菜、賢治の母に坂井真紀。監督は『八日目の蟬』(2011)、『ソロモンの偽証』(2015)の成島出。

 明治29年(1896年)9月、宮沢政次郎(役所広司)は列車の中で興奮を隠せずにいた。第一子誕生の電報を受け取っていたのである。慌てて家に戻ると、祖父(田中泯)から息子が「賢治」と名付けられたことを知る。成長した賢治(菅田将暉)は、一筋縄でいかない男になっていた。家業の質屋を手伝わせれば、客に同情して法外なお金を渡し、貧しい農民からお金を取るとは弱い者いじめではないかと怒り出す。学校に通い始めると、農業を研究したいと進学を希望。そうかと思えば「人造宝石」を作ることに夢中になり、しまいには実家の浄土真宗とは異なる信仰に傾倒して家を飛び出してしまう。そんなある日、愛する妹トシ(森七菜)が結核に倒れたとの報せが賢治の下宿先に届いた。賢治はトシのために『風の又三郎』を一気に書き上げ、さらに次々と物語を書いては読み聞かせて勇気づけようとするが、その甲斐もなくトシは24歳で夭折(ようせつ)。「トシがいなければ何も書けない」と慟哭(どうこく)する賢治に、政次郎は「私が宮沢賢治のいちばんの読者になる」と背中を押す。やがて、トシとの別れを詠んだ詩『永訣の朝』を書き上げるなど、作家としての道を歩み出した賢治だったが、運命は彼にトシと同じ試練を課したのだった。

 正攻法の人情ドラマである。何のてらいもなく、技巧に溺れることもなく、真正面から親子の情を説いた。避けようのない死別に涙が誘われる。展開がわかっていても、もらい泣きを余儀なくされる。それでいて、最終的には童話的と呼ぶほかない温もりがどこまでも広がる。豊かな抒情が心に染みわたる。堅実にして心洗われるメロドラマの佳作、といっていい。

 宮沢賢治とその家族を描いた作品となれば、過去に神山征二郎監督、新藤兼人脚本による『宮澤賢治 -その愛-』(1996)や、大森一樹監督、那須真知子脚本の『わが心の銀河鉄道 宮沢賢治物語』(1996)がすぐに連想される。この『銀河鉄道の父』(2023)も同じ系譜にある作品だが、題名にたがわず、賢治の父親に重きが置かれた。賢治自身の描写においても、妹思い、農民思いの純朴な兄、指導者という位置づけは変わらぬものの、ヘタな神格化など行っていない。それどころか、露呈させているのは、四方へ迷走する質屋の息子、信仰をめぐる混乱の人という実像である。少なくとも、自らの意志や努力で作家の道を輝かせた人という描写はない。家族の庇護があって初めてその立場を維持することができたという構図、構成が貫かれている。とりわけ、この物語では父親からの叱咤激励がものを言った。

 終盤、岩手弁による両者の象徴的なやりとりがある。

 賢治「俺は、本当はお父さんのようになりたかった。でも、なれねがった。なんじょしても、なれねかったのす。だから、俺は子どもの代わりに物語を生んだのす」

 政次郎「そうが。うん、だからお父さんはお前の物語が好きなんだべな。(物語が)お前の子どもなら、お父さんの孫だ。大好きで当たり前だ」

 妹を失ったあと、賢治にとって最初の読者は父だった。父が鼓舞して、賢治は筆を進めた。そして斃(たお)れた後、父が息子の思いと才能を維持した。どこまでも父に焦点を絞ったあたり、題材的に新しい。

 父の側からすれば、これは息子と娘を失う悲劇の記録である。子を看取る父親の物語、と換言してもいい。なんという絶望だろう。なんというやりきれない現実であろう。

 ラストは列車で締めくくられた。この物語は列車で始まり、列車で終わっている。そんな韻の踏みようは賢治の小説『銀河鉄道の夜』を彷彿とさせて、実に牧歌的かつ詩的。もちろん、ご覧になればわかるように、エンディングのそれは賢治の童話世界に即した幻想エピソード。手塚治虫の漫画『ブラック・ジャック』でいえば、連載最終回の挿話『人生という名のSL』(1978)である。いずれも、そうあってほしいと願う作り手の仕掛けに過ぎない。しかし、その描写があることで、子を思ってきた父が救われる。父を介して賢治にふれてきた観客も救われる。残酷なまでの悲哀の果てに、人生をめぐる悟りの優しさが刻まれた。列車の窓からこぼれる灯りはとみに優しく、美しく、安堵の表情を浮かべる父の姿に、ただ涙が止まらない。

 5月5日(金・祝)より全国公開
原題:銀河鉄道の父 / 製作年:2022年 / 製作国:日本 / 上映時間:128分 / 配給:キノフィルムズ / 監督:成島出 / 出演:役所広司、菅田将暉、森七菜、豊田裕大、坂井真紀、田中泯
公式サイトはこちら
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文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


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