特集・コラム

映画のとびら

2023年3月24日

聖地には蜘蛛が巣を張る|映画のとびら #246

#246
聖地には蜘蛛が巣を張る
2023年4月17日公開


©Profile Pictures / One Two Films
『聖地には蜘蛛が巣を張る』レビュー
イスラム社会の素顔

 第75回カンヌ映画祭で女優賞(ザーラ・アミール・エブラヒミ)を獲得した緊迫の中東サスペンス。2000年~2001年、イランの聖地マシュハドで実際に起きた娼婦連続殺人事件をモデルに、真相究明に全力を注ぐ女性ジャーナリストの姿を描く。監督は、カンヌ映画祭「ある視点」部門グランプリを受賞した『ボーダー 二つの世界』(2018)で注目を集めたアリ・アッバシ。

 ジャーナリストのアレズー・ラヒミ(ザーラ・アミール・エブラヒミ)はテヘランから故郷のマシュハドへと戻ってきた。ここ半年、娼婦ばかりをねらって犯行を繰り返す殺人鬼「スパイダー・キラー」の調査をするためだった。友人の記者シャリフィ(アラシュ・アシュティアニ)に尋ねると、犯行にはパターンがあることが判明する。まず、犯人はヒジャブ(イスラムの女性が顔や体を覆う布)を二重に結んで首を絞めていること。次に、ほぼ同じ地域に死体を遺棄していること。そして、犯行後には記者に対し電話をかけ、声明を残していること。いわく「殺人犯と呼ぶな。これは腐敗に対する聖戦。娼婦を殺すことで町を浄化している」のだと。実のところ、聖職者の中には「娼婦は死に値しない」とまで言い放つ者もいたのである。娼婦に同情を感じていたラヒミは、やがて思い切った手で犯人に近づこうとするのだった。

 女性ジャーナリストが事件を解明するという構図だけを抜き出すなら、これはまさに「探偵物語」である。ただし、通常の探偵ものと異なるのは、犯人の面が割れるのが物語の最終局面ではないことだ。かなり早い段階でその素性、家族関係などが明らかになる。ジャーナリストの捜査と犯人(メフディ・バジェスタニ)の犯行を並列に置きながら、終盤、彼らの接点が描かれていくという構造。真のクライマックスは犯人の捕縛後にあるといってよく、そこにこの作品独自の視点と味わいがにじんでいる。

 そう、これは探偵物語の体裁を借りたイスラム世界の「素顔」を描く物語といっていい。裏返すなら、イスラムの現実があらわになっているからこそ新鮮に輝く探偵物語なのである。

 冒頭、ひとりの女性が忙しそうに身支度をして、眠るわが子を置いて夜の町へと出て行く。「起きる頃までには帰ってくるから」とつぶやいて。女性は娼婦であった。恐らく、金銭的困窮から始めた夜の商売だったのだろう。客を見つけて「仕事」を終えても、残るのは嘔吐(おうと)しそうなひどい気分だけ。メイクを直し、「あと3人は見つけないと」と残すつぶやきが痛い。そして、出会うバイクの男。降ろされた場所で不安を感じた女性は交渉をキャンセルしようとするが、すべては遅かった。「息子がいるの」との懇願も及ばず、彼女は「スパイダー・キラー」の犠牲になっていく。

 イスラムの土地となれば、戒律の厳しさをイメージする人も多いのではないか。この映画はまず派手なヒジャブを頭に巻いて夜の街を歩きだす娼婦を描く。マシュハドはイランで2番目に大きい都市。巡礼場所として有名で「聖地」とまで呼ばれている。そんな場所にも娼婦の姿がある。そして、性描写。さらに、女性が麻薬を路上の老婆からわけてもらう場面へと続く。驚かされる。

 恐らくこれが映画の脚色ではなく現実なのだろうと思わされるのは、監督のアリ・アッバシがイラン出身で現在、デンマークを拠点に活躍をしている監督だからだろう。ジャーナリストを演じた女優ザーラ・アミール・エブラヒミも実は第三者によるスキャンダルの暴露でイランを追われた人物であり、この物語がイランでの撮影を拒絶された背景も理由に加えていい。母国に対して穏便に済ませようとする「遠慮」が見えない。お茶を濁して体裁を取り繕おうとする「逃避」がない。それでいて、この映画は品のない「暴露」に落ちることなく、むしろジャーナリスティックな冷静さで題材をまとめようとする。その凜とした気迫。

 実のところ、「イスラム世界」というフィルターを除くと、どこの国でも起こりそうなお話と事件ではある。そこに新鮮味はない。だからこその普遍性ともいってよく、そこを土台にして、かの国の化粧なしの素顔がスリリングに浮かんだ。ここでの女性ジャーナリストは「弱き性」「弱き立場」を代表する存在であり、娼婦の抱える女性としての苦悩に共感する。自身もまたテヘランで上司からのセクハラ、モラハラで痛め付けられていた。独身女性だとわかると町のホテルにも泊まれない。警察で調査の協力が得られたかと思えば「見返り」を体で求められる。被害者の実家に行けば、家族は娼婦に手を染めた女性を恥に思い、「死んでくれてよかった」とこぼす有様。それらには女性蔑視があり、聖地の道徳概念に潜むゆがみがあった。ヒロインが見つけようとしている「犯人」は、中東社会の現実そのものではなかったか。

 アリ・アッバシは女性の立場を擁護しようとするだけでなく、犯人側の「弱さ」も刻んでいる。スパイダー・キラーもまた社会の犠牲者ではなかったのか。社会の圧力は女性だけに及ぶものではなかったのではないか。そこにも確かな平等性が輝いた。ジャーナリズムの精神が垣間見えた。

 殺人犯をめぐる世論、処遇に何が浮かび上がっているのか。異国には理解を超えた現実があり、正義がある。それを簡単に「悪」と呼ぶのも問題だろう。我々観客も冷静に見つめなければならない。

 4月14日(金)新宿シネマカリテほか全国順次公開
原題:Holy Spider / 製作年:2022年 / 製作国:デンマーク・ドイツ・スウェーデン・フランス / 上映時間:118分 / 配給:ギャガ / 監督:アリ・アッパシ / 出演:メフディ・バジェスタニ、ザーラ・アミール・エブラヒミ
公式サイトはこちら
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文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


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