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映画のとびら

2019年7月19日

アルキメデスの大戦|新作映画情報「映画のとびら」#018

#018
アルキメデスの大戦
2019年7月26日公開


(C)2019「アルキメデスの大戦」製作委員会(C)三田紀房/講談社
レビュー
戦争勃発への警鐘を鳴らす数学者の闘い

 現在も連載が続く三田紀房の同名コミックを実写映画化した人間ドラマ。『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005)、『永遠の0』(2013)の山崎貴が脚本、監督、VFX指揮を担当している。

 1933年、太平洋戦争前夜。ワシントン海軍軍縮条約から脱退した日本では、平山忠道造船中将(田中泯)による巨大戦艦建造計画が進んでいた。航空機の時代を予見していた山本五十六海軍少将(舘ひろし)とその一派はこれを断固拒否するも、彼らが提案する空母の建造費が巨大戦艦のそれより高くつくとの意見を前に劣勢に立たされる。戦艦の建造費には何かからくりがあるのではないか。そう考えた山本は、天才と呼ばれる帝国大学出身の数学者・櫂直(かい・ただし/菅田将暉)に戦艦建造費の割り出しを依頼する。軍隊嫌いの櫂は「戦争回避のためなら」と、これを受けるが、平山一派の妨害工作は熾烈を極めた。

 ここで語られる巨大戦艦とは「大和」のこと。劇中の建造費をめぐる海軍内抗争はフィクションだが、戦艦大和が建造されることは史実。主人公の尽力は徒労に終わっただけなのか。それとも、いかなる意外な逆転劇がそこに潜んでいたのか。数字による正義の立証、および、結果として大和建造に歩んでしまう日本の非業と、その悲愴な覚悟を見つめていくドラマ構成自体はスリリングで見応えがある。

 開戦前の物語のため、戦争描写は少ない。描かれるのは冒頭部分のみ。1945年4月7日、天一号作戦により沖縄に向かった大和の坊ノ岬沖での戦いである。躍起になって建造した巨大戦艦も、最終的にはろくな活躍もせず、海のもくずとなってしまう寂寥感。物語の行く末を暗示する導入部である。無論、映画のスケール感をまとう意味でも必要だった箇所で、沈没の描写はなかなか興味深い。横転、転覆の後に大爆発、というくだりは『戦艦大和』(1953)や『男たちの大和/YAMATO』(2005)でも見られたが、艦首を天に突き上げて海中に没するという、あたかも『タイタニック』(1997)の沈没場面を連想させるような表現は、劇映画としてはこの作品が初めてなのではないか。

 お話そのものは、対抗勢力との駆け引きと会議場面が続くシリアスな内容だが、語り口は重厚さから遠く、どこか軽い。山本五十六像にしても、歴代の戦争映画からは窺い知れない気分がある。現代的と換言してもいい。作り手の個性が如実に表れている部分としてよく、「戦争」という単語が出るだけで背を向けてしまうような観客にも十分、噛み砕きやすい趣向になっているのではないか。少なくとも、戦争勃発への警鐘を鳴らすという作品主題は、娯楽作品という枠の中で堅実にその役目を果たしている。

 全国東宝系にてロードショー
原題:アルキメデスの大戦 / 製作年:2019年 / 製作国:日本 / 上映時間:130分 / 配給:東宝 / 監督・脚本・VFX:山崎貴 / 出演:菅田将暉、柄本佑、浜辺美波、笑福亭鶴瓶、國村隼、橋爪功、田中泯、舘ひろし
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(C)2005「男たちの大和/YAMATO」製作委員会
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タイトル 男たちの大和/YAMATO
製作年 2005年
製作国 日本
上映時間 143分
監督・脚本 佐藤純彌
出演 反町隆史、中村獅童、鈴木京香、松山ケンイチ、蒼井優、渡辺大、長嶋一茂、渡哲也、寺島しのぶ、山田純大、奥田瑛二、仲代達矢

日本海軍史上最大の戦艦を描いた映画たち

 戦艦大和は日露戦争以来の大艦巨砲主義の権化だったかもしれないが、同時に連合艦隊の旗艦として、あるいは太平洋戦争全体の悲劇の象徴にもなっている節がある。大和とともに散った3千人の兵士たちを描くことは、戦争に踏み切った当時の日本の過ちを直視することにほかならない。

 大和を最初に真正面から描いた作品は阿部豊監督の新東宝映画『戦艦大和』(1953)だろう。片道燃料しか積まない無茶な沖縄救援作戦が反対意見を抑えて閣議で決議される場面から始まり、出撃に備える大和乗組員の姿、人間関係を経て、精巧な模型を駆使しての最後の海戦までを描いた。「教導」のクレジットのもと、アドバイザーを務めているのは大和の副長を務めていた能村次郎。近衛十四郎、宮口精二、藤田進といった名優のほか、久我美子、嵯峨美智子らの名女優、さらに若き日の高島忠夫の顔も見られる。

 その『戦艦大和』で応援監督を務めた松林宗惠は元海軍少尉。彼が過去の経験を踏まえて放った渾身の力作が『連合艦隊』(1981)であった。こちらは大和のみに焦点を合わせた作品ではなく、その名の通り、太平洋戦争における連合艦隊、ひいては海軍の戦史をバランスよく追ったもの。もっとも、精巧な大和のミニチュアは素晴らしい出来で、特技監督・中野昭慶による特撮も鮮やか。戦争で恋人や家族を失う一般市民の姿、レイテ沖海戦における空母瑞鶴の悲劇も絡められており、一個の戦争ドラマとして上質の仕上がりとなっている。特攻機搭乗員・小田桐正人役、中井貴一のデビュー作としても見逃せない。

 辺見じゅんの原作をもとに佐藤純彌が監督した『男たちの大和/YAMATO』(2005)も、大和をめぐる反戦映画として見逃せない。およそ6億円を投入して大和の原寸大甲板セットを実現。沖縄特攻を描く海戦は、久石譲の音楽もあいまって、かなり見応えがある。キャスト・クレジットでは反町隆史がトップになっているが、実質上の主演は大和乗組員・神尾役を演じた松山ケンイチ。彼の資質に惚れ込み、抜擢したのは角川春樹である。この映画の興行的成功の後も、角川春樹は『蒼き狼 地果て海尽きるまで』(2006)、『椿三十郎』(2007)と、話題作に松山を起用し続け、現在に至る彼の活躍の後押しをしたのだった。

 ちなみに、戦艦大和を宇宙戦艦に改造して大マゼラン星雲まで旅立たせたテレビ・アニメーションが『宇宙戦艦ヤマト』(1974-1975)。これに『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』(1978)の要素を加えて実写映画化した作品が木村拓哉主演の『SPACE BTTLESHIP ヤマト』(2010)である。後者の監督・山崎貴は「ヤマト」のファンであったが、その根っこに戦艦大和への思いがあったことは疑いようもない。ふたつの「大和(ヤマト)の物語」を手がけた映画人として今後、記憶されるだろう。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。