特集・コラム

映画のとびら

2019年7月25日

ブレス あの波の向こうへ|新作映画情報「映画のとびら」#019

#019
ブレス
あの波の向こうへ
2019年7月27日公開


© 2017 Screen Australia, Screenwest and Breath Productions Pty Ltd
レビュー
危険と性に揺れるオーストラリアの中学生グラフィティー

 テレビドラマ『メンタリスト』(2008-2015)で人気を博した俳優のサイモン・ベイカーがプロデュース、監督、脚本、出演の四役を兼ねて作り上げた思春期ドラマ。

 原作は、オーストラリアの作家ティム・ウィントンが2008年に発表し、マイルズ・フランクリン文学賞を受賞した同名小説。この内容に感銘を受けた『レインマン』(1988)のプロデューサー、マーク・ジョンソンがテレビドラマ『堕ちた弁護士/ニック・フォーリン(ヒューマニスト/堕ちた弁護士)』(2001-2002)で仕事を共にしたオーストラリア出身のベイカーに、まず共同プロデューサーとしての参加を要請。準備の過程で、ベイカーが脚本、監督、出演までこなす流れになったという。

 舞台は1970年代の西オーストラリア。少々ワルの友だちルーニー(ベン・スペンス)と日々、遊びを繰り返していた中学生のパイクレット(サムソン・コールター)は、サーフィンの魅力に開眼。中古のサーフボードで波乗りを繰り返すうちに、ある日、流れ者のような元プロサーファーのサンドー(サイモン・ベイカー)に出会い、ルーニーとともにサーフィンを教わる仲になる。ルーニーはサンドーと外国へ遠征に出かけるほどサーフィンの深みにのめり込んでいったが、そこまで乗り切れないパイクレットはひとり家に残されていたサンドーの美しい妻イーヴァ(エリザベス・デビッキ)に徐々に惹かれていくのだった。

 「サーフ文学」とも目されるティム・ウィントンの小説を元にしている作品だけに、サーフ場面の映像描写は念の入った仕上がり。海沿いの町に育ったというサーフ愛好家のサイモン・ベイカーにとっても力の入った要素のひとつだろう。サーフィンが日常の風物になっているオーストラリアのそれとしても見どころは大きい。もっとも、ここでのサーフィンは、あくまで思春期のスリルの象徴に過ぎない。サーフィンから距離を置くことになった主人公パイクレットが元プロサーファーの若妻に心をつかまれていく後半部の展開、すなわち性への憧れ、めざめと同等の位置にある。友情、憧憬、悔恨、別離、喪失……。季節の移ろいが描かれているにもかかわらず、どこかひと夏の物語のように感じられるコンパクトな肌触り、あるいは、やや曖昧模糊とした情感の中、終幕を迎える読後感の哀感、ともにひとりの少年の成長譚としてかぐわしい。これが長編映画監督デビュー作となるベイカーの手腕、絶妙な平衡感覚を放って、なかなかである。

 女性観客には、豊かなヒゲをたくわえたサイモン・ベイカーの大人の魅力もさることながら、パイクレット役サムソン・コールターが青田買いにふさわしい物件かも。これが俳優デビュー作となったサーフィン大好きの少年は、現場では「“演技”をするな」とベイカーに言われ続けたと笑う。機会があれば俳優も続けたいと語っている彼が将来、どういった現実での成長を果たし、独自の個性を獲得していくのか。その記念すべき第一歩を大きいスクリーンで確かめておくのも一興だろう。

 2019年7月27日(土)より新宿シネマカリテほか全国順次公開
原題:Breath / 製作年:2017年 / 製作国:オーストラリア / 上映時間:115分 / 配給:アンプラグド / 監督:サイモン・ベイカー / 出演:サイモン・ベイカー、エリザベス・デビッキ、サムソン・コールター、ベン・スペンス、リチャード・ロクスバーグ
公式サイトはこちら
あわせて観たい!おすすめ関連作品

(C) 1978 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.
青春SPORTS
タイトル ビッグ・ウェンズデー
(原題:Big Wednesday)
製作年 1978年
製作国 アメリカ
上映時間 120分
監督 ジョン・ミリアス
出演 ジャン=マイケル・ヴィンセント、ウィリアム・カット、ゲイリー・ビジー

サイモン・ベイカーと70年代

 サイモン・ベイカーという俳優を知らない人間には、とりあえずテレビドラマ『メンタリスト』(2008-2015)は入門編としてちょうどいい。CBI(カリフォルニア州捜査局)の犯罪コンサルタント、パトリック・ジェーン役はベイカーの一世一代の当たり役。妻と娘を殺した連続殺人鬼レッド・ジョンへの復讐心を背景に、さまざまな犯罪を独特の視点で解決していく姿は、多くの視聴者の好感を得た。

 まさに「ザ・甘いマスク」のベイカーが少なからず業界の注目を集めた最初期の作品が映画『L.A. コンフィデンシャル』(1997)だろう。バイセクシャルとして利用され、惨殺される男性役は、作品の興行的成功も当然あったが、ベイカーの甘い笑顔が強烈だったことに先述の理由は大きかった。

 1969年生まれのベイカーにとって、1970年代は自身の少年期に根ざす時代であり、映画『ブレス あの波の向こうへ』(2017)製作の大きなモチベーションとなった部分だろう。作品のどこか優しい郷愁の正体は、往事の日常風俗の再現のみに理由があるわけではない。劇中、パイクレットが通学バスの中で読んでいる本が、実はジョセフ・コンラッド著『闇の奥』(1899年発表)だったりする。映画の宣伝担当アンプラグド・天野あゆみの指摘があるまで同書の存在に気づかなかったが、『闇の奥』といえばフランシス・フォード・コッポラ監督作品『地獄の黙示録』(1979)の原作である。その70年代を象徴する戦争映画には、場違いな波乗り場面もあった。ロバート・デュヴァル演じるキルゴア中佐がサーフィン好きというトンデモ設定のためだ。なぜ『地獄の黙示録』にそんな場面が存在しているのか。それは脚本家のひとりがジョン・ミリアスだったからである。ミリアスといえば『風とライオン』(1975)、『若き勇者たち』(1984)など、主に戦争と友情をテーマに作品を連打している映画監督兼脚本家だが、同時に米映画界きってのサーフィン愛好家でもあった。彼の初期作『ビッグ・ウェンズデー』(1978)はベトナム戦争の影に色濃く覆われているとはいえ、サーフィンを通じて友情を育んだ心温まる物語。70年代とサーフィン、そして映画『ブレス あの波の向こうへ』をつなぐ作品として観ておきたい青春映画の傑作である。

文/賀来タクト(かく・たくと)
1966年生まれ。文筆家。映画、テレビ、舞台を中心に取材・執筆・編集活動、および音楽公演の企画、講演活動も行う。現在『キネマ旬報』にて映画音楽コラム『映画音楽を聴かない日なんてない』を隔号連載中。

 


*『ブレス あの波の向こうへ』は、TOHOシネマズ海老名、イオンシネマ、ユナイテッド・シネマでの上映はございません。(2019年7月25日現在)